第116話
「へへ、私が一番ですね!」
「……ふん、もう少しまともなアイコンにすればいいのに」
「えー!? 何ですかその態度は!」
こんないい感じなのに……!
嘆きながら画面をつつく彼女のセンスは恐らく今後も理解できそうにない。
この手の物に触れてこなかった私ですら微妙だと思うレベル、きっと今どき小学生でももう少しまともなデザインセンスをしているんじゃないだろうか。
「なぁオレにもくれよ」
「えー……」
こいつの存在を忘れていた。
一体何が彼をここまで駆り立てるのだろう。お前のアカウントをもらうまで張り付くぞと、聞く人によっては完全に不審者扱いで通報されても仕方ないレベルの発言をしながら私の前に陣取り、スマホを片手に握り締めるウニ。
キモイ。
「お前……! 泉都ちゃん、こいつのアカ教えてくれ」
「いいですよ!」
「琉希!?」
ついでに姉貴と剛力さんにも送っておくか。
琉希から受け取った直後、ウニの独り言と共に勝手に拡散されていく私のアカウント。
これが現代社会の闇か。本人の意思とは関わらず勝手に広まっていく、なんと恐ろしいのだろう。
どうしてみんなはこんなやばいものを平然と扱えているのか、私には理解に苦しむ。
「やあ、随分と楽しそうじゃないか」
「みょっ!?」
あーだこーだとスマホの使い方を教わっていたその時、突然背中を突かれ奇声が出てしまった。
一体だれかと思えばそこにいたのは古手川さん、額に汗をかき片手に買い物袋を提げての登場だ。
ギラリと真夏の日差しを反射するメガネ、ひくついた口角と不機嫌そうに顰められた眉。
今までそう何度も話したことがあるわけではない、しかし大体あそこで本を読んでいたのでてっきり
ふむ、一体協会に何の用だろうか。
二週間前の靴の予約をしたときはもう少し明るいイメージ……二週間前……
「……あ゛っ」
そう、今は嘗て彼の店を訪れ靴の注文をしてから既に
『そうかい、了解したよ。そうだな……一週間後に取りに来てくれ』
以前言われた言葉が去来しては何度も木霊する。
うむ、完全に忘れてた。
これ私が一週間待っても来ないから怒ってるんだ、頭から完全に吹き飛んでいたよ。
「まさか忘れてたわけないよね?」
「……そ、そげなことなかとよ?」
「……」
「……えへ、忘れてた」
頬をつねられた。
◇
「どうだい?」
かかとからつま先へと手を這わせ、確かめるように触った古手川さんが尋ねる。
私の足に嵌まっていたのは特に派手なところもない、白をベースとした革製のスニーカー。だがただのスニーカーではない、ダンジョン産の素材を使って作られた耐久性に優れている逸品だ。
「おお……ぴったり」
勿論新品故だろう硬さこそ残っているが、大きさや足裏へぴったりと沿う感覚はオーダーメイドや調整をした結果完璧、むしろ新品でこの馴染み様はちょっと怖いくらい。
寄付されたお古を使うことが多かったのですごい新鮮、前買ったものはあまり戦いで使えるものではなかったし。
私だけの特注品、私だけの靴だ。
「よしよし。
「あ、それなら私『活人剣』で治ると思う」
かすり傷程度なら一撃で治してしまう活人剣。
重症を負ってしまったとかならばともかく、靴擦れなど痛みを感じるより前に回復してしまうだろう。
「ふぅん、変わったスキル取ってるんだねぇ君。あとは成長とかでまた靴のサイズが変わってくるかもしれないんだけど……君なら大丈夫かな」
「手踏んでいい?」
「だめだめ。この黄金の手を踏もうだなんて、並大抵の心臓じゃ出来ないよ」
「あっそうだ。傷は使い続けていれば君の魔力を勝手に吸って修復してくれるけど、面ファスナーは糸くずとか絡まって結着力が落ちるから、時々爪楊枝で剥がしてあげてね」
「わかった」
箱に入れていくかい?
そう赤いリボンと小綺麗な箱を差し出されたが、別に誰かへプレゼントするわけでもないし、それになにより……
「ううん、履いていく」
「了解。じゃあこれ、前回忘れていったポーション」
ガラス質の物がぶつかり合う高音と共に机の下から取り出されたのは、小瓶に詰まったあれ……あの紅い宝石……さふぁいあ? のように綺麗な赤い液体。
ぬらりと輝きを湛えとろみで小瓶の裏へ張り付くその存在は、この世界に存在しなかった力を秘めている魔法の存在、ポーションだ。
とはいっても品質は中程度なのだが。
ああ、そういえば話の流れで靴の採寸をしたから受け取っていなかったか。
ひょいと指の間へ挟み、並べられた
まだ完全に熱気が落ち着いたわけではないが、斜めに差す日差しは次第に景色を琥珀色へ染めていく途中だ――直に辺りも昏くなるだろう。
結構長くなってしまった、一からの手作りというのもあって調整という物は中々時間がかかる。
「ん-……ふぃ、つかれたぁ」
戦っていたわけではないが今日は疲れた、主に精神的な面で。
ぐい、と天へ両手と背筋を伸ばせばビリビリと痺れるような快感が通り抜け、無意識にため息がこぼれてしまった。
折角手に入れた靴、ぜひとも動いてみたいところではあるが今はもう遅い。いつぞやのように急いで戦う必要もないし、今日はホテルに帰ってゆっくり休もう。
夕暮れが私の影を伸ばす。
親連れの子が横を駆け抜け、中学生だろうか、目の前で解散しバラバラの方向へ自転車を走らせる姿を横目に、ゆっくり土手を歩いた。
ああ、私も帰る家があればいいのに。
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