第114話

 ちゃっちゃらー

 わたし は すまほをてにいれた!


 時刻は既に正午。

 バカみたいに暑くアスファルトの上は揺らめくほどだというのに、夏休みというのもあって子供たち身長あんまり変わらないが元気に横を駆け抜けていく。


 長かった、すごく長かった。

 初心者には不親切極まりのなくよく分からない長い単語を連ねられたり、いろいろ大きな敗北を喫したような気がしないでもないが、何はともあれようやくスマホを手に入れることが出来た。


 まだ現実感がない、本当にこれがすまほなのか……? スマホっぽいチョコとかじゃないよね……?


 契約中に充電してもらっていたスマホが映し出すのは、初期設定だというあぷりがいくつか、ネットカフェでも使っていた検索するやつが二つほど並んでいるだけの寂しい画面。

 テレビとかで映し出されるスマホの画面と比べればアイコンの数が一桁は足りない。

 ならば何か入れてみるかとストアを覗いてみたはいいものの、こういった類をしたことがあまりない私からすれば、どれもこれも意味の分からない物ばかりなので無言で閉じた。


 何はともあれほしかったものが手に入ったのだ。

 ほしいものが手に入れば持っているだけでうれしい、特に使う予定はなくとも。


「あ、ひまわり」


 わざとらしい電子的なシャッター音が鳴る。


 大輪をした黄色と黒のコントラストが青空に映える、初めて撮るにしては中々綺麗に撮れた写真だ。

 そういえばこの機種はカメラが三つもついていて上手い事調整してくれるとか言っていた気がする。見た目ちょっと気持ち悪いとか思っていたけど、割かし悪くない選択だったのか。

 はやく終わらせたくて適当に返事していたのがいい方向に転がったようだ、頷きすぎて首が痛い。


 うむうむ、お前なかなか気に入ったぞ。

 


 軋む入り口の扉を叩き開けると噴き出す熱風、うだるような暑さに溶けたウニがこちらを見る。


「ただいま!」

「お……結城か。結構早かったな、どうだった?」

「買えた! やるじゃんウニ! チョコミントあげる!」

「何様だお前は……ほら、SNSかメアド寄越せ」


 ちょいちょい。


 こちらへ渡せと差し出される腕、片手にはポケットから取り出したであろうスマホが握られている。



「……? なんで?」



 普通に初めてがこいつとの交換なんて嫌だ。


「おまっ、普段表情大して変えねえくせに、なんでこういう時だけそんな嫌そうな顔すんだよ!」

「いやだって……いやじゃん……」

「そこまで言うことないだろ! おらっ! 寄越せよ!」


 制服を翻らせ凄まじい形相で私のスマホを奪いにかかるウニ。

 海でもそもそと海藻を貪っていそうなあだ名にあるまじき勢い、全身からして確実に奪い取るという意思を感じる。


「やだ! お前に初めては渡さない!」

「いいだろ! 大体オレが教えてやらねえとお前スマホ永遠に買えなかったんだからな! 少しは年長を敬え!」

「やだー! たすけてー! ウニに初めてを奪われるーっ!」

「おまっ……! 人聞きの悪いこと言うな! ちょっと貰うだけだろ!」


 ビニール袋と重い中身が落ちる独特の乾いた衝突音。


『ん?』


「けんちゃん……今の話ほんまなんか……?」

「いぃっ!? あ、アズ……!?」

「え、誰?」


 入り口で唖然とした表情を浮かべていたのは、艶やかな黒髪をした一人の女性だった。

 年齢は私よりいくつか上、大学生くらいだろうか。


 彼女が取り落としたであろうビニールの中から炭酸のペットボトルが転がり、こつんとウニの爪先へぶつかり止まる。

 だが誰もこの状況に対応しきれず、拾い上げることすらためらわれてしまい動けない。 


 けん……確かウニの名前が鍵一けんいちだったか……どうやら反応からしても二人は顔見知りらしい。


 いつまで止まっているのか、動いていいのだろうか。

 沈黙のだるまさんが転んだを最初に辞めたのはウニ、慌てた様子で彼女の腕へ縋る。


「ちっ、違うんだよアズ! こいつが……待って! 帰らないで聞いてくれ!」

「……いけずやわぁ、手をつなぐのに熱心すぎさっさと手を放せやせぇへん? 鍵一はんはえらい懐の広いお方誰でも構わず手を出すやったんどすなぁ、子供にも優しいロリコンなんて素敵やわぁ」

「ああああああ違う! 違うんだって! おい結城! お前もなんか言えよ!」


 よく分からんけどとりあえず乗っておくか……


「たっ、助けてお姉ちゃん。この人が、この人がぁ」


 ウニの知り合いらしき人の脚へひしりと抱き着く。

 見知らぬ人ではあるが彼の知り合いなら悪い人ではないだろうし、まあ大丈夫だろう。


「はぁ!? 糞みたいな演技で何言ってんのォ!?」

「鍵一はんえらい元気やなぁ、お外でも走り回ってきたらどうやろか?」



「なんや、冗談やったんか」

「最初からそう言ってるじゃねえか!」

「あ、あては最初から気付いとったで?」

「嘘つけ!」


 そこそこ楽しんだので勘違いを解くと、彼女は安堵したように相貌を崩し机に突っ伏した。


「ごめんなぁ。あて・・たちばな 亜都紗あずさって言います、このツンツン頭の幼馴染なんよ」


 大通りの方で両親が古物商やっとるからよろしゅうな。


 古物商、何やら強そうな響きだ。

 それにこの大阪弁? 京都弁? もここらじゃあまりいない、かなり独特の雰囲気があった。


 互いに自己紹介を終え、さて、食事にでも行こうかと考えていた時。


「グーテンターく! 魔石の清算お願いしまーす! あとこれが拾ったアイテムで、あっ、これとこれも!」


 横をすり抜け、清算台へアイテムや魔石をどっさりと乗せていく一人の少女。

 また彼女の後ろを二人の女性がだべりながらついていった。


 このうだるような熱気の立ち込める昼間に協会へ訪れるとは珍しい。

 だがこの大量のアイテムを見れば頷けるという物、夜まで潜っていても全て拾い集めることが出来ないのだろう。

 数えきれないほどのモンスターを倒して来たのか、それとも単純に運が凄まじく良いのか……どちらにせよ素晴らしい稼ぎになることは間違いない。


「あー疲れたー! 歳かなぁ、紅葉あとで肩揉んでー」

「ああ、構わんぞほーちゃん。おい園崎弟、仕事の時間だ」

「ウイッス」


 こちらへ来いと顎でこき使われ、しかし慣れた様子でカウンターへと戻っていくウニ。

 だれであろうと呼ばれたら働かないといけないのだから大変だ。


 静かだな……さっきまで私の周りが一番五月蠅かったのに。


 一体どうしてしまったんだ。ちらりと横を見れば暫し前までの顔つきはどこへやら、橘さんは表情を崩しウニを見ていた。

 ただただ、じっと見ていた。

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