第92話
「ぺっとしょっぷ……ぺっとしょっぷ……」
歩くたびに消え失せる四角く灰色の建物。
気が付けば小さな公園と街路樹、そしていくつかの家屋だけが並ぶ不思議な通りに私はいた。
妙だ。
ウニの言う通りに道をたどったはずなのに、ペットショップどころか建物すらどんどん減っていく。
これはまさか……
「ウニに騙されたのか……!」
私は絶対に迷ってない。
くそぉ……くそぉ……あいつゆるさん。
大通りを抜けたらすぐだって言ってたじゃん! 大きな看板があるって言ってたじゃん! どこにもないんだけど!
あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、果てには帰り道すら分からなくなりネコは腕の中で居眠りを始める始末。
もういっそ屋根の上でも飛んでいこうか、いや勝手に登ったらやっぱり犯罪になるのかな。
「わっ!」
「ひょおお!? ……りゅ、琉希。どうしてここに……」
突然背後からかけられた大声に跳ねる肩、振り向けばにやにやと笑う彼女。
普段平日だとか関係のない生活をしていて忘れがちだが、どうやら今日は休日らしい。
まだ昼間だというのにも関わらず私服の彼女を見て気付くが、街中で会うのならともかくこうも閑静な住宅街で出会うのはなかなか不思議な事だ。
「どうしてもこうしてもここ私の家の近所ですよ? フォリアちゃんこそどうしてこんなところに……あ、もしかして私に会い」
「丁度良かった、ペットショップってどこにある?」
「あいに……あいに……はい、知ってますよ。一緒に行きましょう!」
「え、いや別に一緒に行かなくても場所さえ教えてくれれば……」
「行きましょう! ね! ね!」
「あびゃああ」
猫と共に世界がかき乱される、奴も逃げようと腕の中で藻掻くがお前も苦しめ。
ぬは、ぬは、ぬははうえええ……き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛……
何が一体そこまで彼女を駆り立てるのだろう、肩をがっしりと掴まれ前後に揺さぶられてしまえばこちらは頷かざるを得ない。
◇
バンッ!
「こんにちはー! もう開いてますかー!」
「それはあけながら言う言葉じゃないと思う」
開けて早々に匂ってくるのは、動物特有の据えた獣臭……かと思いきや逆、それどころかさわやかな花の匂い。
加えて奇妙なことに、動物たちの鳴き声が全くしない。
はて、一体どういったわけか……
「ここはワンちゃんとか置いてないんですよ、店主さんが飼ってるネコちゃんはいるんですけどね」
「あら、いらっしゃい琉希ちゃん。今日も勉強のおさぼりに来たのかしら?」
「あーあーそれはちょっと言っちゃだめです! ほらフォリアちゃん鈴探しましょう! ね! ね!」
「……!? え、ああ、うん」
全く察知できなかった、一人の女性が後ろに居たことを肩に手を掛けられようやく気付く。
閉じているのか開いているのか、一見その判断すら難しいほど目を細めたその女性。
琉希の態度や会話を見る限りどうやら彼女がここの店主のようだ。
気になることはあるのだが琉希にぐいぐいと手を引かれてしまえば振り払うわけにもいかないし、彼女もこちらを引き留める様子がないので店内を進めば、もう夏も近い、軽く汗ばんでいた体にクーラーの利いた店内は心地よかった。
なのだが。
こう……店主の前で考えるのも失礼なのだが、かなり広々としたわりに寂しい店だ。
服やリード、ケージなどは並んでいる、とはいえやはりペットショップなのに動物たちがいないせいもあって空きが目立つ。
一応ショーケースもあるというのにその中は空っぽ、冷たいガラスの奥に真っ白な壁だけが見えるせいで、余計モノ寂しい雰囲気を醸し出していた。
「あ、鈴ありましたよ! どれにします?」
勝手に戸棚をガサゴソと漁っていた琉希が引っ張り出して来たのは、色も形もとりどりの鈴が入ったケース。
昔からあるような金色の爪ほどの大きさをしたものもあれば、魚の形、蝶ネクタイについたもの、変わり種では魚の形をした陶器製のものまであった。
む……これは悩むぞ。
こやつは全身真っ黒、首輪まで黒ときたものだから中々どの色にすべきか悩む。
金ぴかなものが王道だとは思うが、しかしこれでは目立ちすぎな気もするなぁ……いや待て、それならあえて暗い色にするか……?
「ん……えーっと、これとか?」
決めかねて適当に取り上げてみたそれは赤と黒のチェック模様をした蝶ネクタイ、真ん中で揺れる金の鈴がコロコロと音を鳴らしてかわいらしい。
うん、案外悪くないんじゃないかな。
手に取ってみれば不思議と気に入ってしまい、これがベストなようにすら感じる。
まあ適当な性格ってだけかもしれないけど。
足元をうろちょろしてた猫をホールド、試しに付けてみたらやはりしっくりときた……のだが、
『ミ゛ィ!』
「こら暴れるな、落ち着けアホネコ」
着けた瞬間嫌がるように体をうねうねをくねらせ、床に地面をこすりつけて猛烈な勢いで暴れだした。
まるでウナギかなにかのようだ。
いったい何が気に入らないというのか、似合っていると思うのだが……
「鈴の音が嫌なのかもしれないわね、猫って耳いいから」
「……!?」
「確かここら辺に……ほら、これが音の出ないタイプね。これなら嫌がらないんじゃないかしら?」
気付かなかった……この人気配がなさ過ぎて怖い。
またもやいつの間にか背後にいた彼女が引っ張り出して来たのは、見た目こそそっくりだが揺らしても音のしないタイプ。
流石はペットショップのオーナーというべきか、少しばかり嫌がるような素振りをしたがそこまでで、猫も今度はおとなしく首輪を受け入れた。
私は音が鳴る方がよかったのだが……まあいいか。
「うん似合ってる似合ってる、貴女センスあるわ」
「そ、そう……?」
そう言われてみればこっちの方が似合ってるような気がしてきた。
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