第77話
果たして、そこにいたのは……穂谷。
昨日フォリアと出会ってからこんな事態になり急いできたものの、彼女の姿が見当たらず場を仕切っていた警官へ声をかけたのであった。
「金髪の子、見かけませんでしたか? こう……バット持ってて、いっつもフラフラしてる子なんですけど」
「はあ……金髪の子ですの……? それって……」
金髪……ふと思い当たる安心院。
関係があるにしては、件の少女と随分年齢が離れているように見えるなと、目の前の女をいぶかしげに睨む。
脳裏に過ぎるのは一人の少女。
いないのなら逃げただけじゃないのか。そう口に出そうとした安心院であったが、ダンジョンに入り込んだ者がいないか確認のため、逆再生で早回しされていた監視カメラの映像に、ちらりと映ったその姿を見て絶句する、
「今のって……」
「まさか……」
夕方から明朝分の再生を終え、現状確認できた探索者は彼女一人……出てきた様子はない。
より大型のダンジョンに潜る場合大量の食糧を準備し、数日かけて潜ることは当然ある。しかしながら『炎来』は森とは言え、さほど大きなものではない。
何故そんな時間から潜っているのか不明だが、おそらくダンジョンに潜っているのは彼女一人。
崩壊が起こった時、ダンジョン内のモンスターのレベルがどれほど上がるかははっきりしていない。
GランクダンジョンがDやCに匹敵することもあれば、ランクが1段階上がるだけで終わることもある。
しかしながら一概に言えることは、普段の適正ランクほどしかない探索者では太刀打ちできないことが多い、ということだ。
数日前、安心院がフォリアと初めて出会ったとき、彼女は安心院に『炎来』の場所を聞いてきた。
それはつまり、今の今まで炎来に潜ったことがないということ。彼女の年齢からしてDランクを大きく飛び越えるほど経験を積んでいるとは考えられない。
Dランクの壁は大きい。一般的にCランクへ手をかけるのには年単位、どんなに早くても半年はかかるだろう。
はっきり言って、フォリアの生存は絶望的であった。
「……っ! 私先に突入してますわっ!」
「馬鹿ッ! おい待て安心院っ、もう侵入から半日以上経ってる! 生存は絶望的だ……ああっ、クソッ! おい! 俺と
手配されている拳銃を片手に、安心院が真っ先に飛び出す。
手を伸ばした伊達であったが当然声は届かない。人々をかき分け門に飛び込んだ彼女を追い、同僚へ適当な理由を告げるとその場を立った。
治安維持のため時には探索者の相手をする警官。
魔石を使う拳銃での対応をすることもあるが、基本はその身一つでの鎮圧であり、一定以上のレベルを上げることは必須であり、戦闘能力は並みの探索者を凌ぐ。
「それなら私も……!」
「心配してるところ悪いがアンタはバリケードに回ってくれ!」
渋い顔。
しかし現状それが一番なのを穂谷は理解し、物憂いげに頷いた。
実際のところ、普段パーティを組んでいない人間同士が緊急時に協力するというのは、途轍もない疲弊が伴う。
またDランク以上のモンスターがダンジョンから溢れたとなれば、たとえ一匹でも甚大な被害になるのは間違いがない。
その上自身にもパーティメンバーがおり、勝手に行動するのは迷惑がかかる。
穂谷自身歯がゆくはあったが、この緊急時、苦いものを飲み込んで二人にここは任せるほかなかった。
◇
蒼く燃え上がる木々、普段は穏やかな森が狂い悶えているようにも感じれた。
安心院がこの街に配属されて一年。今まで見たことのない異様な光景は、浮世離れして幽雅であり、しかしどこか空恐ろしいものがある。
武者震いか、それとも本能的に命の危険を悟ったのか。安心院はぶるりと身震いをし、こぶしを握り締めた。
彼女は小柄。
異変に気付きさえすればその身をどこかに隠し、うまく生き延びている可能性だってある。
しかしどうやって探したものか。発信機なんてもの彼女についているわけないし、一人で端から端まで探すのは骨が折れるだろう。
いっそ大声で呼びまわるか……
「待て安心院、一人での行動は危険だ! 俺も同行する!」
「っ! 伊達さん……」
その時背後から走ってきた伊達が、彼女の肩を叩き冷静になるよう諭したことで、安心院はハッと我に返った。
何も考えずに飛び出してしまったことで、先輩である伊達が尻拭いをするように追ってきてしまったのだ。
こういった状況で一番失ってはいけない冷静さ。それを真っ先に放り投げ、人々への指示や避難誘導等の職務も放棄し、一人この場にきてしまった。
警官失格だ。
ああ、ダメですわ。
大見得を切って家を出てきたというのに、結局物事を知らない間抜けな女のまま。お兄様に嘲笑われた通りですわね……
「申し訳ありません! ですが」
「……一時間だ。一時間捜索して見つからなければ速やかに撤退、入り口で待機して突撃部隊と合流する。いいな?」
「……っ! はい!」
「んじゃこれ持っとけ」
突き出された箱の中にはいくつかのポーションと、拳銃の詰め替え用に手配された魔石。
思えば自分はそれを持ってきていない。本当に何も考えずに飛び出してきてしまった事に、再び恥じ、顔を赤らめる。
勿論徒手空拳での
安心院はニヤリと笑った男にしかと頷き、箱を受け取った。
「お前緊急時なんだし、いい加減その口調どうにかならねえのか」
「いやその……幼少期から染み付いてて、気を付けてもなってしまうのですわ……です」
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