第74話
「その……えっと、ダンジョンが……」
「……? ダンジョンが?」
……崩壊する、かもしれない。
証拠も根拠もないけど、そんな気がするから数日間付き合ってくれ……なんて言って、信じてくれるのか。
頭二つほど高いその先、茶色の瞳が私を見ている。
どう考えても、信じてくれる気がしない。
人間性がどうだとか、信頼関係がどうだとか関係なく、少なくとも私が似たようなことを言われて信じるか、それを考えれば必然的に結論は出ている。
「……ううん、なんでもない。久しぶりに会えてよかった」
「ええ、ええ! これから昼食行くんだけど、フォリアちゃんも来る?」
いいよね?
後ろの二人に彼女が確認を取り、二人も特に嫌がることなく頷く。
昼食、か。
魅力的な提案だ。ここに入ってからまともな食事もしていない、調理されたものを食べたい。
けど
「いや、私はもう少し潜る。ありがとう」
その提案を、今の私は蹴ることしかできなかった。
本当に起こるのか、いつ、どうやって?
何もわからないけれど、やっぱり私はこの不気味な確信から目を逸らすことはできない。
かくなる上は、やはり当初の予定通り、ダンジョン内で崩壊が起こるまで待ち、直後にボスへ突撃して倒すしかない。
「そう、じゃあまた、ね」
「うん、さよなら」
時間がどれだけ残されているのか、できる限り行動を速くしなければ。
◇
協会直営の店でポーションを買い足し、ダンジョンに潜ってから数時間。
ダチョウを倒してもレベルがほぼ上がらなくなり、疲労も大分溜まってきたので、木のうろへもぐりこんで寝てきた時の話だった。
うるさい……
何かが叫んだり、暴れ回っている。
いい感じに眠れていたというのに、これではそうもいかない。殴り殺して寝てやろうか、寝起きで不機嫌なまま鼻を鳴らす。
ひょっこり外を除く、黄色く燃える木々。
だがそこで起こっていた惨劇に、私は思わず口を覆った。
『ケ゛ェッ! オゴッ……コォ……!』
今まで私が戦っていたダチョウ、のはずなのだが、異常に体がデカい。
そして周りにいるのは見慣れたダチョウ。しかしそのすべてが足をバキバキにへし折られ、しかし死んではいないようで僅かにその身を震わせていた。
そして化け物は……周りにいたそいつをひょいとついばみ、丸呑みにしてしまう。
なんだあの化け物は……!?
今まで何度かダチョウの群れと戦ってきたが、あんな奴はいなかった。
あんな巨体見落とすわけない。
――――――――――――――――
種族 ストーチ
名前 ゼノ
LV 5137
――――――――――――――――
「ごせ……っ!?」
名前こそ今までと同じなのに、そのレベルはけた外れ。
遠来の推奨レベルである5000なんて飛び越している、絶対におかしい。
しかも、だ。一匹、二匹と周りのダチョウを飲み込むごとに、そのレベルは数十という単位ではねあがっていく。
まさか、これがダンジョン崩壊の兆し……!?
考えるより先に体が動いていた。
カリバーをアイテムボックスから引っ張り出し、その場から飛び出す。
「スキル対象変更、『スカルクラッシュ』」
着地、疾走。
これ以上肥えられても困る。
刹那の瞬間に肉薄し、跳躍。
サッカーボールほどある巨大な瞳が、キュウと狭まった。
「『巨大化』、『スカルクラ……』!?」
その頭を叩き潰さんと、高々と掲げたはずのカリバー。
しかしスキルを唱える間もなく、その首はぐんぐんと空へ伸びていき、手の届かない位置へと起き上がってしまう。
やっば……!
スキルに導かれ、しかし空を切る。
空中、移動手段は当然ない。
ぐるりと回った体で最後に見たのは、こちらへと振りかざされる暴力的なまでの巨頭だった。
ミチィッ!
「お゛っ……げぇ……!?」
その時、腹へ酷く不快感が走った。
今まで多くのものを殴り飛ばしてきたが、自分がボールのように吹き飛ぶのはなかなか慣れない。
このダチョウ共は私をボール代わりにするのがお気に召したようだ。
土、落ち葉、草。
口の中へ飛び込んできたすべてを吐き出し、空中で二転。
太く硬い木の幹へ着地し、ずり落ちる。
「あ゛ぁ……ぺっ」
ぺろりと服を裏返すと、二本のどす黒く太い線。
嘴がめり込んだのだろう、触るとビリビリとした痛みと共に、膝から力が抜ける感覚が通り抜けた。
巨大ダチョウは動かない。
というよりその巨体に足が埋もれていて、動こうにも動けないのか。
しかし襲ってきた私は敵と認識しているのだろう、しかとこちらを見つめている。
さて、どうしたものか。
見回し、地に伏すダチョウへターゲットを変える。
ここから距離も近く、巨大なあいつからは離れているそいつは、私をじっと見つめ何か言いたそうな雰囲気をまとっていた。
うむうむ、私が君の仲間の仇を取ってやろう。
「『ストライク』」
メキョッと脳天へ一発、苦しむことなく彼は旅立っていった。
残されたのは彼らの羽に似た魔石。君の遺志は私が受け継ぐから、安らかに眠ってくれ。
そういえばモンスターに天国はあるのだろうか。
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