第74話

「その……えっと、ダンジョンが……」

「……? ダンジョンが?」


 ……崩壊する、かもしれない。

 証拠も根拠もないけど、そんな気がするから数日間付き合ってくれ……なんて言って、信じてくれるのか。


 頭二つほど高いその先、茶色の瞳が私を見ている。


 どう考えても、信じてくれる気がしない。

 人間性がどうだとか、信頼関係がどうだとか関係なく、少なくとも私が似たようなことを言われて信じるか、それを考えれば必然的に結論は出ている。


「……ううん、なんでもない。久しぶりに会えてよかった」

「ええ、ええ! これから昼食行くんだけど、フォリアちゃんも来る?」


 いいよね?

 後ろの二人に彼女が確認を取り、二人も特に嫌がることなく頷く。


 昼食、か。

 魅力的な提案だ。ここに入ってからまともな食事もしていない、調理されたものを食べたい。

 けど


「いや、私はもう少し潜る。ありがとう」


 その提案を、今の私は蹴ることしかできなかった。


 本当に起こるのか、いつ、どうやって?

 何もわからないけれど、やっぱり私はこの不気味な確信から目を逸らすことはできない。


 かくなる上は、やはり当初の予定通り、ダンジョン内で崩壊が起こるまで待ち、直後にボスへ突撃して倒すしかない。


「そう、じゃあまた、ね」

「うん、さよなら」


 時間がどれだけ残されているのか、できる限り行動を速くしなければ。



 協会直営の店でポーションを買い足し、ダンジョンに潜ってから数時間。

 ダチョウを倒してもレベルがほぼ上がらなくなり、疲労も大分溜まってきたので、木のうろへもぐりこんで寝てきた時の話だった。


 うるさい……


 何かが叫んだり、暴れ回っている。

 いい感じに眠れていたというのに、これではそうもいかない。殴り殺して寝てやろうか、寝起きで不機嫌なまま鼻を鳴らす。


 ひょっこり外を除く、黄色く燃える木々。

 だがそこで起こっていた惨劇に、私は思わず口を覆った。


『ケ゛ェッ! オゴッ……コォ……!』


 今まで私が戦っていたダチョウ、のはずなのだが、異常に体がデカい。

 そして周りにいるのは見慣れたダチョウ。しかしそのすべてが足をバキバキにへし折られ、しかし死んではいないようで僅かにその身を震わせていた。

 そして化け物は……周りにいたそいつをひょいとついばみ、丸呑みにしてしまう。


 なんだあの化け物は……!?


 今まで何度かダチョウの群れと戦ってきたが、あんな奴はいなかった。

 あんな巨体見落とすわけない。


――――――――――――――――


種族 ストーチ

名前 ゼノ


LV 5137

――――――――――――――――


「ごせ……っ!?」


 名前こそ今までと同じなのに、そのレベルはけた外れ。

 遠来の推奨レベルである5000なんて飛び越している、絶対におかしい。

 しかも、だ。一匹、二匹と周りのダチョウを飲み込むごとに、そのレベルは数十という単位ではねあがっていく。


 まさか、これがダンジョン崩壊の兆し……!?


 考えるより先に体が動いていた。

 カリバーをアイテムボックスから引っ張り出し、その場から飛び出す。


「スキル対象変更、『スカルクラッシュ』」


 着地、疾走。


 これ以上肥えられても困る。

 

 刹那の瞬間に肉薄し、跳躍。

 サッカーボールほどある巨大な瞳が、キュウと狭まった。


「『巨大化』、『スカルクラ……』!?」


 その頭を叩き潰さんと、高々と掲げたはずのカリバー。

 しかしスキルを唱える間もなく、その首はぐんぐんと空へ伸びていき、手の届かない位置へと起き上がってしまう。


 やっば……!


 スキルに導かれ、しかし空を切る。

 空中、移動手段は当然ない。

 ぐるりと回った体で最後に見たのは、こちらへと振りかざされる暴力的なまでの巨頭だった。


 ミチィッ!


「お゛っ……げぇ……!?」


 その時、腹へ酷く不快感が走った。


 今まで多くのものを殴り飛ばしてきたが、自分がボールのように吹き飛ぶのはなかなか慣れない。

 このダチョウ共は私をボール代わりにするのがお気に召したようだ。


 土、落ち葉、草。

 口の中へ飛び込んできたすべてを吐き出し、空中で二転。

 太く硬い木の幹へ着地し、ずり落ちる。


「あ゛ぁ……ぺっ」


 ぺろりと服を裏返すと、二本のどす黒く太い線。

 嘴がめり込んだのだろう、触るとビリビリとした痛みと共に、膝から力が抜ける感覚が通り抜けた。


 巨大ダチョウは動かない。

 というよりその巨体に足が埋もれていて、動こうにも動けないのか。

 しかし襲ってきた私は敵と認識しているのだろう、しかとこちらを見つめている。


 さて、どうしたものか。


 見回し、地に伏すダチョウへターゲットを変える。

 ここから距離も近く、巨大なあいつからは離れているそいつは、私をじっと見つめ何か言いたそうな雰囲気をまとっていた。


 うむうむ、私が君の仲間の仇を取ってやろう。

 

「『ストライク』」


 メキョッと脳天へ一発、苦しむことなく彼は旅立っていった。

 残されたのは彼らの羽に似た魔石。君の遺志は私が受け継ぐから、安らかに眠ってくれ。


 そういえばモンスターに天国はあるのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る