第71話
気分一新、探索を進めよう……としたのだが……
「……っ! もう! また!?」
気に張り付いて休んでいたのか、ひらひらとこちらへ舞ってくる蛾、蛾、蛾!
何匹殺したのか覚えていない、絶滅させる勢いで潰しているというのに、次から次へと絶えることなく飛んでくる。
いい加減うんざりだ、そのオレンジの身体は見飽きた。というか視界に映るものどれもが燃えていて、物凄い精神が疲弊する。
めんどくさい……もういいや。
げんなりとした気分。
後ほど使う予定であったが、リュックに詰め込んだ石ころを一つ握りしめ、全力でぶん投げる。
これが上手くクリーンヒット、その太く大きな胴体ど真ん中を打ち抜き、ふらりと地面へ叩き落される蛾。
勿論レベルは上がらない……一応『経験値上昇』に『スキル累乗』をかけているのだが……。
その上必要であるとはいえ、『経験値上昇』を上げてしまった影響で魔石も落ちないので、全くもって何の喜びもない。
もしかして奥から来た金髪の彼女も、これにうんざりしてぐちゃぐちゃに殺したのかも知れない。
いやそれにしたって物凄い形相であったが。
「あーもうだめだめ、作戦変更」
ポケットに突っ込んでいた地図を引っ張り出し、……結構くしゃくしゃだったので、ちょっと引っ張って……、地形を確認。
多分ここらへんだろうか、いや、もう少し右……? まあいいや、何とかなるだろう。
どこにいるのかよく分からなくなったので、もう一度ポケットに突っ込みなおす。いや、私は悪くない、門の場所くらいしか書いていない地図が悪い。
深く息衝き、両手で顔を覆ってしゃがむ。
蛾が多すぎる……!
いつからこの森は昆虫博物館になったのか。昆虫博物館としても品ぞろえが悪すぎる、文句言いたいから館長を呼べ。
レベルも相応に上がってきたし、もう面倒だから垂直に外周へ向かおう。
進行方向をぐるっと九十度回転、とはいっても視界はやはり燃える木々なのだが。
五分、十分と慎重に探索を続けたが、本当に先ほどから視界に変化がない。
そう、火の粉を散らす炎の花、風もないのに揺らめく真紅の木々、そして多少開けた場所で、こんもりと盛り上がった落ち葉の塊達……誰が掃いているわけでもないのに、森の中で落ち葉の塊……?
『ケェッ?』
『ケェッ?』『ケェッ?』『ケェッ?』
『ケェッ?』
最初の鳴き声に反応して、一つ……二つ……いや、数えきれないほど沢山。
落ち葉の山だと思っていた
「お……?」
『ケエエエエエエエエッ!』
「んもっ!?」
気が付けば視界いっぱいに飛び込んできたのは、私の拳程はある極太の爪。
避けられない……!?
雄々しく太いその足から繰り出されたのは、ガツンと身体を吹き飛ばすほどの強烈な蹴り。
ギリギリ顔の前に差し込めたカリバーごと空を舞い、認識したときには地面をボールの様に転がり、どうにか体勢を立て直して目の前を睨みつける。
最初の印象はダチョウだとか……ええっと、うん、ダチョウっぽい巨大な鳥。
それが何匹も地面に寝転がり落ち葉に擬態していたようで、次から次へと立ち上がっては、私の動向を見ている。
けれど地味なそいつらの羽とは違って、赤を基調とした目が痛くなる極彩色の羽は、やはりこの森では保護色となるようなもの。
私がいたであろう場所の土が吹き飛んでおり、一匹だけ群れから離れてそばにいる辺り、どうやらとんでもない勢いで蹴り飛ばされたようだ。
開けた場所は、このダチョウっぽいナニカの巣、もしくは会合場所? のようなものだった。
初めてのモンスター、その上群れに出くわすとは運が悪い。
魔法じゃなくてよかった……
爪が掠めて切れたのだろう、額に垂れる血を拭い胸を撫で下ろす。
痛みには最近慣れてきたところではあるが、魔法で焼かれた痛みはまた一味違って、ちょっとだけ、いや、結構堪えがたいものがあった。
その上こちとら頑丈さにかなり自信があるのだが、魔法攻撃にはとことん弱いステータスをしている。
もし今の速度で顔面に魔法を叩き込まれていたら、今頃昨日の焼き戻しの様に痛みへ呻く羽目になっていただろう。
「『鑑定』」
――――――――――――――――
種族 ストーチ
名前 イッソ
LV 3700
HP 8324 MP 3221
物攻 7087 魔攻 5432
耐久 9085 俊敏 15432
知力 2654 運 55
――――――――――――――――
全体的に高水準、その上かなり俊敏も高い。
人によっては初手のキックで終わっていたかも……本当に運がよかった。
壁に投げつけられたトマトを想像し、無意識の身震い。
私を蹴っ飛ばしたのは群れの中でも体格がよく、レベルもその分高いのだろう。
とはいえ後ろにいる奴らも当然雑魚ではない。このダンジョンにいるのだからステータスは生半可なものではなく、気を抜けば代償を支払うことになる。
ここは……
「『ステップ』! 『ストライク』!『ステップ』!」
先制を仕掛けて、出来る限りダメージを与えよう。
蹴り飛ばされ一度は大きく空いた空間であったが、ストライク走法にかかれば大した距離ではない。
群れのど真ん中に高速で飛び込むと、まさかここまで堂々と殴り込みに来るとは思っていなかったと見えて、動転した鳥たちは一斉に跳躍、私を取り囲むようにあたりへ散った。
静寂、睨み合い。
屈強な足でにじり寄り、次第に縮まっていく円。
傍から見れば私は自分から飛び込み、勝手に追い詰められた八方ふさがり……かもしれない。
「……スキル対象変更、『ストライク』」
でも最悪の時は最高のチャンスであると、以前ネットカフェに合った漫画に描かれていた。
まあ言ってた人ラスボスだったけど。
そもそもこれはわざとやったので、ピンチでも何でもない。
以前私が『巨大化』を使った時、重さによろめき、まともにに振るうことが出来なかった。
これは力が足りないわけではなく、どうやら体重が軽いせいで大きくなったカリバーの重さとつり合い、うまく踏ん張れなかったからだ。
じゃあ、もし私の体重を何かで補ったら?
そう、例えば……リュックに石を詰め込むとか。
『ケェエエエエエエエッ!』
「『巨大化』! 『ストライク』ッ!」
身を屈め、かの敵を蹴り潰そうと一斉に飛び立ったダチョウ共。
けれどそれをただ見ているだけなわけもなく、手に握った相棒は既にすらりとその身を伸ばしていた。
およそ5メートル。
斬馬刀もかくやというほど長く伸びたカリバー、元は子供用とはいえ質量も当然跳ね上がっている。
「ふ……ぬぅぅぅぅっ!」
馬鹿みたいに長い鉄の棒。それを『累乗ストライク』で周囲へぶん回すのだから、モンスターだって食らえばもんどりうつだろう。
ぶちぶちと色々ダメそうな音が聞こえ、その直後、捉えた鳥どもを殴りつける無数の衝撃か腕へ伝わる。
それでも身体は止まらない。
一度発動してしまったスキルは、たとえ体がどうなろうと、基本的には勝手に動き続けるのだ。
舞う無数の羽毛、続く重々しい打撃音。
「ほげっ」
視界いっぱいの真紅。
ついでに叩ききれなかった鳥に蹴り飛ばされ、再度空を舞う私の身体。
喉元への猛烈な蹴りに一瞬昏倒し、背中に走る衝撃で覚醒。
「……っ! ゲホッ、コホッ」
忘れていた呼吸を思い出し、胸いっぱいに酸素を吸えば口内に広がる鉄臭い風味。
口の中を噛んでしまったようだ。
そりゃ全部倒すのは無理だよね。
上手くいくと思ったんだけどなぁ……
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