第65話

 地面に広がった落ち葉すらも燃え上がる道を、ひたすらサクサクと進んでいく。

 『炎来ダンジョン』は森といってもかなり見通しがいい、木々が鬱蒼と生えそろっている訳ではなく、整備された山道の様にも感じられた。


 しかし問題が一つ。

 いくら見通しがある程度いい森とはいえ、私の行く先を導くような道も、ましてや案内してくれるような人もいない。

 つまり、どこがゴール……つまりボスエリアなのか分からない。


 あー……入り口にやっぱり『落葉』と同じで地図とかあったのかなぁ。

 というかあんまり進み過ぎたら永遠に戻れない気がする、どうしよう。

 落ち着いて見回していれば良かったと思うが、過ぎてしまったことはどうしようもない。


「お」


 門を中心として見落とさぬよう、ぐるりと円を描くように探索をしていると、目の前に一匹のモンスターが現れた。


 まるで風に舞う様に、私程ある巨体の重さを感じさせない、ふわり、ふわりと空を舞う蛾。

 小さな蛾などは不快感が勝ってしまうだろうが、ここまで大きく、しかも全身にビードロ状の、しかし柔らかそうな赤橙色の毛が生えていて、どこかマスコットキャラのように抜けた感覚さえ覚える。

 ともすれば目立ちすぎな気がする橙色の羽、しかしこの森ではきっと保護色なのだろう。


 もしかして……ちょっと光ってる……?


 いや、本体が光っているのではない。

 羽ばたく度に飛び散っている辺り、鱗粉?のようなものが、まるで火花の様に輝いているようだ。


 それにしても全く敵意を感じない。

 穏やかな昼間の波の様に静かで、全くこちらを倒そうという気概が感じられなかった。

 今まで出会ってきたモンスターは、どいつもこいつも殺意に満ち溢れていたので、こんなに何もしてこない相手は不思議な気分だ。


「『鑑定』」


――――――――――――――――


種族 モスプロード

名前 イリス


LV 1200

HP 4324 MP 3221

物攻 386 魔攻 4551

耐久 1377 俊敏 1201

知力 2654 運 67


――――――――――――――――


「もすぷろーど……」


 二の腕をぽりぽりと掻きながら、モスプロードなるこの巨大な蛾のステータスをじっくりと観察する。


 見た目からもわかる通り、物理的な攻撃はさほど強くなさそうだ。

 ステータスからして魔法型……といっても何か魔方陣だとか、魔法をぶっ放してくるような気配もない。

 謎だ。


 それにしても手や足が痒い。

 さっきまで・・・・・こんなに痒くなかったのに、次第に強くなってる感じがする……!?


「……っ!」


 喉奥に引っかかったような違和感に、両手を突き出し目を見やる。

 肌の上にきらきらと、煌々と輝く木々の光を受け、小さな何かが光を反射した。


 違う! 攻撃をする気がないんじゃなくて、もう攻撃は始まっていた・・・・・・・・・・・だけだ!


 慌ててその場から飛びのき、蛾から距離を開ける。

 私の腕に突き刺さっているのは、きっとこの蛾のきらきらと輝く体毛か、羽から飛ばしている鱗粉。

 目に見えないほど小さく細いそれが風に舞い、私の露出していた四肢に突き刺さっていたのだ。


 何がマスコットだ、こんな凶悪なマスコットが居てたまるか。


 よく見まわしてみればその鱗粉は風に乗り、きらきらとそこらへ浮遊している。

 特に空気の淀んで溜まった場所には、大量のそれが集まって、空気が薄い黄色に見えるほど集まっている。


 どうする……?


 あれに近づくのは得策ではないだろう、どう考えても全身に針が突き刺さる。

 けれど遠距離攻撃用の魔石も、石ころですら今日は用意していない。

 自分の備えの悪さに臍を噛む。


 かゆみでうまくまとまらない頭を振り、出来る限り接近しないような攻撃を考える。


 もっとカリバーを伸ばして、遠距離から叩く?

 無理だ。それには取り囲む木が多すぎて、あれに届くほど伸ばして振り回すことはできない。

 それに今も私が感付いたことに警戒して、相当高くまで舞い上がってしまっている。


 しかしこのままにらみ続けているだけでは、攻撃なんてまともに当てられそうにないぞ……

 このまま背を向けて逃げるのも悪くないが、何も倒せず帰るのはちょっと面白くない。


 と、その時、木々の隙間に不気味な音が響いた。


 カチ、カチ、と、規則的な音。

 それは天高く、私を見下すように空を舞う蛾の、背中から。



 ドンッ!!



「お゛……げ……っ!?」


 肺を巨人に無理やり握りつぶされ、空気がすべて絞り出されるような吐き気。


 その灼熱と衝撃は、確かに何もいなかったはずの背後から。

 背骨から伝わって全身を打ち砕くような爆発。

 天と地がぐるりとねじ曲がり、ゴムボールの様に私の身体は吹き飛ばされ、幻の炎が広がる地面を舐めていく。


 なにが、おこって……!?


 痛みすらまだ到達しないほど混乱した脳内。

 しかし私が現状を確認する前に、頭を守るように丸くなって飛ばされた身体は『淡黄色の空気』の中へ転がっていく。

 無数の小さな針が腕へ、足へと突き刺さって痛痒感を伝える。


 ああ、もうっ!

 動けば動くほど針が突き刺さって、苛立ちを掻き立てて止まない。


 だが体中の痒さは直後、強烈な熱と激痛へ変わった。



 ドンッ!!!



「ぎいいいぃ……っ!?」


 死にかけのセミが絶叫するより醜悪な声が、喉から捻り出される。


 今度の爆裂は、私の身体ごと飲み込むようなもの。

 腕が、足がちりちりと灼熱を伝え、針が燃え盛って肉の裏から神経を殴りつける。

 痛みに視界が虹色に点滅して、流す気もないのに涙がとめどなく溢れた。


 痛い、いたい、いたいっ!


 喘ぎ、声が絞り出され、天を仰いで罪人が処刑人に慈悲を乞う様に、赤く爛れた両腕を突き出す。

 しかし彼はゆらり、ゆらりと空を踊り、いっそ残酷なまで冷静に、私が力尽きるのを待っていた。


 毛か鱗粉か、もしくはそのどちらもが大変良く燃えるようで、相手に突き刺した後爆発に誘導して、その肉ごと焼き尽くす。

 そんな蛾の攻撃方法を今更理解したところでもう遅い。

 この戦い、出会った時点で終わっていたらしい。


 ああ、最悪だ。

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