第34話

 その後の流れを端的に記すと、ネットカフェを抜けて協会近くに建てられた、探索者向けのビジネスホテルへ泊まることになった

 契約だのなんだので、部屋を借りるのは私一人では大変。

 それに探索者は上に行くほど儲かるが、その代わり命をかけて戦う職なので、結構偏見の目が根強く残っている。

 その苦労を無視できるのだから、高くついてしまったとしても払う価値があるだろう。


 剣崎さんは保証人になろうかと言ってきたのだが、出会ってまだ二度目だというのに、あまりに甘すぎるのが怪しく感じてしまった。

 いや、勿論彼女を心の底から疑っているわけではないのだが、どうにも他人を心底信じることが出来ない。


 それにアパートだのマンションだのを借りるとして、家電や水道、ガスなどの契約もあるし、正直面倒だ。

 勿論アパートなどを借りた方が安いのは分かっているが、『スキル累乗』を駆使して戦っていけば、きっと私はもっと強くなれる。

 お金だって稼げるし、それならすでに全部準備されているホテルを借り続けた方が楽だ。

 何より隣近所のあれこれを気にする必要があるし、そういうのは避けたい。


 そしてホテルのロビーにて。


「まあ、あんまり無理しないでね。なんなら大学に来てくれれば、寮とかこっそり転がり込んでもいいし」

「うん。でも大丈夫、私は強くなるから」

「……はぁ、心配だわ」


 太陽が頭上に上がるころ、私は剣崎さんと別れた。

 心配され何度かやはり止められはしたが、彼女にユニークスキルの話をするわけにもいかないし、どうにか押し切ることで済ませる。 



 靴を脱ぎ部屋に上がり、リュックを端へ下ろす。

 小さなテレビ、電気ポット、一人用のベット。

 冷蔵庫やクーラーまでついている、借りたホテルは一泊一万円もするだけあって、かなり設備が整っていた。

 探索者向けのビジネスホテルらしく、入り口近くには汚れを落とす水道なども設置されている。


 真っ白なシーツの敷かれたベットへ手をのせれば、ゆっくりと沈みこんで柔らかい。


 生唾を飲み込む。


 今まである程度柔らかいとはいえ、設置された椅子の上で寝起きしてきた。

 施設で寝るときは布団だったし、ベットなんてずっと昔に使ったきり。

 本当にここで寝ていいのか? 寝たら永遠に動けなくなったりしないよね?


 ポスン、と身体を投げ出す。

 微かに反発するがふんわりと身を包み、柔らかくて暖かい。

 いいにおいがする。 

 ホテル凄い、ネットカフェとは全然違う。

 こんな気持ちいい物知らなかった、もっと早くに借りていればよかった。


 正直長期滞在プランがあるとはいえ、一日おおよそ一万円もするなんて高すぎる気もしていた。

 だがその考えは撤回だ。

 これは借りてよかった。それこそもっとお金をためて一軒家を持つとかでなければ、お風呂まであるし、洗い物だけコインランドリーで済ませればいいのだから。


「さいこぉ……!」


 柔らかな布団に包まり、天井へ勝利のこぶしを突き上げる。


 よくよく考えれば賃貸なんぞ借りても、探索者として色んなダンジョンへ潜るのならただの足かせでしかない。

 その時々に合わせてホテルを借りる、そうすれば各ホテルの特色も楽しめるし、完璧な選択じゃないか。


 頑張って戦ってよかった。

 私は探索者になって初めて、心からそう思った。



 しばし布団でごろごろしていると、くうと腹が鳴る。


「あ……」


 そういえば今日はいくつかの希望の実と、剣崎さんと一緒に食べたミルフィーユくらいしかない。

 希望の実も随分と在庫が減っている。

 花咲ダンジョンで相当量拾って帰っていたのだが、麗しの湿地のはピンクの沼にずっと浸かっていたであろうしあまり食べたくないので、拾っていないからだ。

 一食分はあるが……折角だし、外食をしよう。


 うん、これは仕方のないことなのだ。

 希望の実の在庫が心もとないのだから、外へ食べに行くのは至極当然のこと。


 別に誰からか責められるわけではないのだが、ポケットに一万円だけを突っ込み、部屋を抜ける。


 何を食べよう、温かいものが良いな。

 春もだいぶ深まってきたとはいえ、短パンにシャツだと夜はやはり寒い。

 穂谷さんから不細工な猫の描かれたパーカーをもらっていてよかった。一応持ってきたそれを羽織ると、だいぶ寒さがましになる。


 ポケットへ手を突っ込み、あてもなくぶらぶらと夜の街を歩く。


 ふと目に飛び込んできたのは、ずいぶんとレトロなリヤカーに真っ赤な暖簾。

 らーめん、と手書きで書かれている。

 今時まさかこんな、それこそ教科書に載っているようなものが出てくるとは思いもしなかった。


 しかし丁度いい。

 ラーメンなんて学校の給食で妙に伸びた奴か、施設で出てきたちゃちい物しか食べた記憶がない。

 今日の夕飯はこれにしよう。

 見たことのない過去の情景が脳裏に浮かび、無意識のうちに頭上の暖簾を、意味はないが押しのけ席へ座る。


「ラーメンください」

「へいらっしゃい! 味は?」

「えーっと、じゃあ醤油で」


 若い男の人だ。

 ちゃっちゃかと茹で上がった麺のお湯を切り、あっという間にラーメンを作り上げていく。

 ナルト、ネギ、メンマ。そして分厚いチャーシューが一枚……


「これはおまけ。お嬢ちゃん可愛いからね!」

「え……いいの?」


 しかし正面からさらにもう一枚、チャーシューが追加された。


 本当にいいのか、視線を向ければニカリと白い歯を見せ笑う青年。

 いい人だ。

 無意識に笑みがこぼれる。


 醤油の香ばしい香りと、てらてらと水面を揺蕩う油。

 熱い湯気が立ち上り、夜風に冷えた頬をやさしくなでれば、唾液が口内にあふれる。

 胸いっぱいに良い匂いを吸い込み、ぱきっと割った箸を早速突っ込もうと


「おう、チャーシュー麺くれ!」

「よぉ、鍵一じゃねえか! 協会の仕事はどうだよ!」

「まあまあだな。危なっかしいガキがいてさ、心配で見てらんねえんだわ」


 したところで、横に既視感のあるやつが座ってきた。

 いがぐりの様にツンツンととがった頭、目つきの悪い三白眼。


「げっ、なんでお前ここにいんだよ!」


 こっちのセリフだ、ウニ。

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