第28話

 だまされた。

 プロテインはポーションじゃなかった。

 掲示板というところでプロテインは普通のポーションより安いと書いたら、皆にめちゃくちゃ馬鹿にされた。

 プロテインも知らないなんて小学生か? だとか、脳が筋肉に侵されて常識的な分別がつかなくなったんだろ、だとか、何もそこまで言わなくていいじゃないか。


 くそぉ……くそぉ……


 四千円もしたのに、このままでは無駄にお金を使っただけになってしまう。

 それだけはあってはならない、お金は大切だ。無駄にすることだけは許されない。

 悔しかったのでプロテインについて調べたら、どうやら単純にたんぱく質の補給として運動後に飲むものらしい。

 探索者はレベルアップで身体能力が上がる、しかし当然ながら単純な鍛錬、つまり筋トレや運動でも身体能力は上がる。


 関節は逆に曲がらないし、無理をすれば身体を壊す。鍛えれば身体能力が上がるのも至極当然であった。


 日々の探索自体過酷なトレーニングのようなものだし、これは普通に飲む価値があるのではないか。

 もしやと思って購入したプロテインの公式ホームページへ飛んでみれば、あの探索者である剛力さんご愛飲などとうたって、ムキムキの禿が力こぶを作っていた。

 というか筋肉じゃないか、お前広告塔までやってたのか。


 というわけでポーションでこそなかったが、プロテイン自体は飲む価値がありそうなので、探索後に一杯ひっかけることに決めた。

 ……ポーションどうしよ。



 ポーションについては諦めた。

 いや、最低品質の物は見つけたし気休めに買ったのだが、性能があまりに低すぎる。

 恐らく使ったところで、傷を取り敢えず塞げればいいところだろう。


 麗しの湿地のボスエリアは、校庭程はあろうかという真ん丸な巨大な蓮の葉だ。

 軽く石を投げてみたが全く揺れることもなく、相当頑丈なので走り回っても問題なさそう。


 大きな石の上に座り込み、どうやってボスを倒すか考える。


 今残っているSPは50、基礎スキルならある程度習得は可能だ。

 しかし初めて先生と戦った時とは異なり、今の私には『鈍器』、そしてそれに付随する『ストライク』があるので今すぐに欲しいスキルがあるわけではない。

 『ステップ』やストライク走法で緊急回避もどうにかなるし、今は温存しておこうか。


 もし、死んでしまったらどうしよう。


 いや、死んでしまったらどうしようもないのだが、ふと足元へ忍び寄っていた恐怖心が背中を撫でる。 つくづく自分の弱さが嫌になる。

 一人でできると何度も言い聞かせているのに、こういった『本番』が近づくとどうしても心が弱ってしまう。


 何度傷ついて、何度倒れて。本当にそんな苦しい道を、ずっと進んでいかなくちゃいけないのか?

 もう何度目か分からない、逃げてしまえという甘え。


 きっとこれはもう治らない。これから先も何度も同じ考えが頭を埋め尽くして、私を楽な方へと誘うのだろう。


 ポケットをまさぐって、ずいぶん少なくなってきた希望の実をつまむ。

 そして口の中へ放り込めば、青臭くて、苦くて、渋くて、酸っぱいこの世の終わりみたいなフレーバーが、ガツンと脳天を叩いた。


「あーあ、生きるって辛いなぁ!」


 リュックのベルトを全身に巻き付け、動き回っても邪魔にならないように。

 岩から飛び降りて泥を散らす。そしてカリバーを握りしめて、ブオンと素振り。

 思えば随分と身体能力も上がった。大丈夫、私は強くなってる。


 私を食おうと狙いをつけていたが、衝撃に驚いたヤゴが慌てて水中へ潜った。


 辛くて、苦しくて、ゴールが見えなくて泣きそうだ。

 それでも選んでしまったから、私は今日もバットを振るう。


 本当、私はマゾかもしれない。



「ほっ……」


 ツンツンと足で軽くつつくと、柔らかくもしっかりとした感触。

 大丈夫そうだ。


 ボスエリアである蓮の葉に全身が入った瞬間、背後に不可視の壁が生成される。

 これでもう出ることはできないし、誰も私を助けに入ることもできない。

 まあ助けてくれる仲間なんていないんだけど。 


 軽くジャンプ、素振り、反復横跳び。


 水上というだけあって若干揺れるし、衝撃が吸収されている気がする。

 斬撃や魔法と異なり私の打撃は衝撃がダメージソース、叩きつけなどが吸われてしまう以上、もしかしたらこのフィールドは相性が悪いかもしれない。


 小さなシミが蓮の中心を黒く染め、けたたましい音を鳴り響かせて着地。

 水も、蓮の葉も、そして私自身も大きく跳ね飛ばされ、そして元の位置へ。

 メタルというからにはつややかな金属調かと思いきや、一円玉の様に少し掠れた銀色。


「わっ……とっと」


 でかい、大型トラック程の体長にそれを越す高さがある。

 校庭ほどある巨大な葉の上だというのに、その大きさは見劣りしない。


 メタルスネイル、『麗しの湿地』に存在するボスは、全身がまるで剣山のようであった。

 鋭利で私の腕程はあろうかという針がその肉をびっちりと覆い、微かに揺れる度しゃらり、しゃらりと擦れ合う。

 その音は凉しげというよりは、悪寒が走るか。

 下手に何も考えず突っ込んでいけば、すぐにでも貧相な生け花が生まれそうだ。


「『鑑定』」


――――――――――――――――


種族 メタルホイールスネイル

名前 クレイス

LV 60


HP 1360 MP 557

物攻 555 魔攻 76

耐久 600 俊敏 39

知力 71 運 11


――――――――――――――――


「なんか種族もレベルも聞いてたのと違うんだけど……」

 

 種族に関しては、ダンジョンによってボスが数種類あるところも存在するので、まあいいとしよう。 レベルは推奨レベルを軽々と通り越し、私と同じ数値だ。絶対おかしいだろ、おいあの本書いたやつ出てこい。

 絶対に殴り飛ばす。

 さらにボス補正もかかっているのか、私を超える耐久にトンボを鼻で笑う物攻、そしてついに越してしまったHP三桁の壁。


 リュックに思いつく限りの対策を詰め込んできたとはいえ、これは死ぬかもしれない。

 カリバーを握っていた右腕が、ぬるりと滑った。

 無意識に荒くなっていた息をのみこみ、覚悟を決める。


 それにしても先生といい、ダンジョンのボスというのは、上から落ちてこなくてはいけない決まりでもあるのだろうか。

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