第25話
頭上をゆっくりと旋回する二匹のトンボ、どうやら私の隙を狙っているようだ。
みすみす受けてやるわけにもいかない、しかし何もしなければ緊張で神経をすり減らすだけ。
あちらか、こちらか。どちらかが仕掛けなければ、この膠着が解けることはないだろう。
逃げるか……?
倒した一匹の魔石を回収できないのは残念だが、命を失うよりはまし。
ストライク走法なら、おそらく奴らの飛翔速度も振り切ることが出来るし、ダンジョンの外に逃げてしまえば私の勝ちだ。
ダンジョンが崩壊した場合はこの限りではないが、その場合ダンジョンの様子自体が普段より異なるらしいので、今はあり得ない。
が、その時になって突然、旋回していた二匹のトンボがくるりと回転、そのまま重力に合わせて滑空してしてきた。
槍の様に鋭く素早い。
狙いは当然私、残念ながら逃げ遅れたらしい。
「……っ、『ストライク』!」
ポケットから小石を取り出して上にトス、ゆっくりと落ちてきたそれを『ストライク』で一閃。
全エネルギーを一身に受け急加速した石ころは、吸い込まれるようにトンボの頭へと……当たらない。 翅の角度を変えることで、速度を失うことはなく避けられた。
やはりだめだったか。
苦し紛れで小石を一気にストライクで放出、しかし二匹とも綺麗な曲芸飛行を披露し、全部華麗に回避。
その間に距離をとっていた私に気づき、いったん地面へと接近するも急浮上、また空の上で旋回を始めた。
あいつら完全に、空にいれば攻撃が届かないって分かってる……!
ずるいずるい、私も空飛びたい。
空飛んであいつら叩き落したい。
背中を見せれば、間違いなく襲ってくる。
様子見の段階はとうに超えていて、狩るか狩られるかの二択のみ。
ポケットへ手を突っ込むと、残っているのは手のひらほどしかない、たったひとつの石のみ。
直線上に飛ぶ石ころひとつでは、どうやっても避けられてしまう。
どうにかして広範囲を攻撃するか、隙を着いて攻撃をするしかない。
耐久は低いのだ。どんな小さな一撃でも、当たりさえすれば
ん?
小さな?
急転直下の閃き、だがあまりに不確定。
私の低い物攻で行けるか……? いや、やるしかない。
「ピッチャー、変わりましてレベル43。結城フォリア、結城フォリア」
失敗すれば腕くらい吹っ飛ぶかもしれない、絶対痛い。
やだなぁ、なんでこんなやつら居るんだろう。ナメクジぐらい雑魚ばっかだったらきっと楽しいのに。
恐怖をごまかすように、茶化してカリバーを握る。
ごめん穂谷さん、後で綺麗に水道で洗うから。
彼女からもらったリュックを泥の上に置き、その場から遁走。
ちらりと見れば空から降り、私の背後へぴったりと並んで飛んできているトンボたち。
来い、私を追え……!
「『スキル累乗』対象変更、『ストライク』!」
輝くカリバー。
私のその姿を見て、一瞬で停止しその場にホバリングするトンボたち。
やはりそれはストライクの範囲外で、完全に当たらない範囲を見極めているのが分かる。
バカめ、人間を舐めるなよ。
おりゃ! 『ストライク』っ!」
空を切った……のではなく
バッコォン!
祈りは天に通じた。
『累乗ストライク』の力を受けた石ころは粉々に砕け、まるで散弾の様に破片が一直線に飛んで行っく。
今更慌てて飛んだところで遅い。直列に並んでいたうちの一匹、私に近かったトンボは全身へ破片を受け地面を舐める。
翅までもが穴だらけになっている、効果は抜群といったところか。
『ステップ』で最後の一匹が襲ってくる前に詰め寄り、地に落ちたそいつの頭を叩き潰す。
レベルアップ、これで44レベル。
最後の一匹になろうと相変わらず慎重で、蓮の葉に止まってはこちらを観察している。
これで一対一、カリバーを奴へ突き付けて挑発。
さあお仲間は全員あの世に送ってやったぞ。
次はお前か?
煽りが通じたとは思えないが、一対一の構図になった以上飛び掛かるしかないと判断したのだろう、急加速による肉薄。
こちらも石はすでに尽きている、攻撃を当てるか、当てられるかの二択だ。
真正面20メートルほど、ここで『累乗ストライク』を……!?
右足が……動かない……!?
『ストライク』を打ち込もうとしたのだが、右足が何かに引っ張られているように固く重い。
そのうえ勢いをつけていたからだろう、泥の上に転んでしまった。
蓮の根か石にでも引っかかった……!?
違う。
私の予想したそれらは、どちらも外れ。
足首をがっちりとくわえていた奴は、沼の中に隠れるためだろう、つややかなピンクの金属光沢をもっていた。
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種族 パラライズ・ラーヴァ
名前 ナゴスケ
LV 22
HP 56 MP 32
物攻 82 魔攻 4
耐久 204 俊敏 37
知力 32 運 11
――――――――――――――――
トンボの幼虫、一般的にヤゴと呼ばれるもの。
彼らの下顎は普段折りたたまれているが、獲物を狩るときは実によく伸びる。
マジックアームの様に伸びた下顎で、上下左右自在に伸びては相手をがっしりと捕まえ、そのまま口元へと引きずり込む。
私の足を捕まえていたのは、恐らくこのトンボの幼虫。つまりヤゴだ。
金属光沢をもつ巨大なピンクのヤゴが水中から顎を伸ばし、私の足を引きずり込もうともくろんでいた。
「はっ、はなせっ!」
何度も蹴り上げるが、まるで金属の塊を叩いたような鈍い音。
成虫のトンボとは打って変わって、鈍足だが異常なまでに頑丈。
いくら蹴ってもびくともせず、ずりずりとすさまじい速度で顎を縮め、私を沼の奥底に引きずり込もうとしていた。
しかし敵はヤゴだけではない、こちらに飛び掛かっているトンボもだ。
前門のトンボ後門のヤゴ。
まさか親子で仲良く協力を仕掛けてくるとは、思いもしなかった。
地面をひっつかもうにも下は泥、指を突き立ててもゆっくりと捲れ上がり、何の意味もなさない。
口の中に入り込んだ泥の、嫌な風味と食感。
ああ、最悪だ。どうすればいい、どうすればここから生き残れる。
考えろ、私……!
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