第7話

「そりゃ! 『ストライク』!」


 輝くカリバーがスウォームを強かに打ち据え、既に感覚がない腕はそのままに、足だけは勝手に前へと進む。


 だがこれで終わりじゃない。


 此方へにょいと伸びてきた棒をかちあげ、そのまま二度、三度と殴打。

 こりゃたまらんと戻っていくそれだが、今度は深追いせずに撤退。

 壁に近付くほど棒と接触する可能性は上がり、複数本出されれば回避が間に合わないかもしれない。


 戦い続ける中で分かった事がいくつかあった。

 伸びてきた棒にもダメージが通るという事と、調子に乗って棒を叩き続ければ手痛い反撃を喰らうという事。

 まるで初心者にヒットアンドアウェイの基本を教え込むように、スウォームはそれを繰り返していた。


「『鑑定』……!」


――――――――――――――


種族 スウォーム・ウォール

名前 ジャマイカ

LV 5

HP 52/200 MP 37


――――――――――――――


 残り四分の一、ここまでくればもうゴールは間近だ。

 黒光りしていた表面、しかしいつの間にか随分とボロボロに剥げ、中でスライムが蠢いているのが分かる。

 安全を重視して叩きやすいところを狙っていたが、あそこなら攻撃もきっと通りやすいし、次の『ストライク』はあそこを狙おう。


 一方私のステータスと言えば


――――――――――――――


結城 フォリア 15歳

LV 10

HP 9/28 MP 35/50


――――――――――――――


 一撃喰らってから、あまり変わっていない。

 ただ一つ、残念な話がある。

 スウォームが非常に硬いからなのか、ストライクを打つたびにちょっとずつダメージを喰らっているらしい。

 掌は摩擦と衝撃で真っ赤だし、腕はもう感覚が全くないのだ。


 これ以上長引くと、もうカリバーを振るうことが出来ないかもしれない。

 ……ストライク連打で、身体が拒絶反応を起こす前に決めよう。


 沈黙を保つスウォームへ全力ダッシュ、棒の射程距離に入ったタイミングで

「『ストライク』!」


 スキルに導かれるようにして、本来は慣れていても難しい、走りながらのぶん殴りを両立。

 だがこれで終わりじゃない。今の一撃で壁の一部がより崩れ、カリバーをねじ込める程度には隙間が生まれた。

 横を駆け抜けた瞬間方向を反転、勢いを足のばねで逆転させそのまま振りかぶり……


「『ストライク』……!?」


 ガンッ!


 突然スウォームが赤銅色に輝いたかと思うと、返ってきたのは今までの衝撃とは比ではない、金属同士ぶつけ合ったような痺れ。

 スキルだ、スウォームはスキルを隠し持っていたのか。


 突っ立って驚いている暇はない、その瞬間が命取りになるから。

 そのままカリバーを胸に抱き、勢いに任せ地面を転がり距離を取る。

 そしていつもの射程距離外へ辿り着き、回りすぎて吐きそうな口を抑えつつ立ち上がった。


 一体何が起こったんだ……!?


「おえ……『鑑定』……」


――――――――――――――


種族 スウォーム・ウォール

名前 ジャマイカ

LV 5

HP 23/200 MP 0/37

物攻  魔攻 11

耐久 161 俊敏 4

知力 7 運 11


――――――――――――――


 ああ、冗談は本当に勘弁してほしい。

 先ほどまでの耐久が50、しかし今は161。

 引いて111、MPのええっと……いち、に……三倍分きっちり増加しているじゃないか。


 要するにこれが彼の隠し玉というわけか、何とか追い詰めた初心者も白目を剥く、凶悪な奥義だ。

 今の感覚からして、恐らく二度目のストライクはまともにダメージが入っていない。

 二度ストライクを使って、残りの私のMPは25。五回発動したとして倒し切れるかどうか、反動でそもそも私が死にそうだが。


 どうする……?


 お昼ごはん用に希望の実はいくつかあるし、あれが切れるまで待つか?

 でもどれくらい時間がかかるか分からない、もしかしたら永遠に切れないかもしれない。

 それにもし相手のHPが自然回復したら……今、やるしかないよね。


 でも通用するような一手なんて……あっ


「ステータスオープン!」



――――――――――――――


結城 フォリア 15歳

LV 10

HP 7/28 MP 25/50

.

.

.


 スキル累乗 LV1

 パッシブ、アクティブスキルに関わらず、任意のスキルを重ね掛けすることが出来る

 現在重ね掛け可能回数 0


――――――――――――――


 これだ!

 経験値上昇に使ってばかりで、他の使い道を一切考えていなかったが、『スキル累乗』は『アクティブスキル・・・・・・・・』にも使えるんだ!


 私の残りHPは5、もしかしたら反動で死ぬかもしれない。

 どこもかしこも痛いし、実は結構涙が出てる。

 だがこれこそがきしめん爽快の一手だと、私の本能が告げていた。

 ……やろう。うだうだ悩んでいたって、永遠に終わらないんだから。


 若干凹み始めた相棒を握りしめ、しかと前を向く。

 ただ黙し続ける黒い壁、だが私はこいつに奇妙な親近感を覚えていた。


 何も言わず、淡々と、しかし大切なことをいろいろと教えてくれる、まるで先生みたいだ。

 私の小学校の頃の佐藤先生はニコニコと表面上は優しくも、髪の色で虐められても何もしてくれなかったが、スウォーム・ウォール先生は厳しくも素晴らしい先生なのかもしれない。


「いくよ……先生。『スキル累乗』対象変更、『ストライク』」


 疾走、肉薄。

 迫りくる太く黒い棒を寸前で避け、カリバーを顔の横に構える。

 果たしてこの動きはスキルによるものなのか、それとも私の意志がそうしているのか。


 どうでもいい。


 この一撃を、この一撃に私は全力を注ぐだけなんだ。


「うわああああっ! 『ストライク』ッ!」


 無意識に死を恐れているようで、ちょっと情けない叫び。

 だがいつもより輝きを増したカリバーは的確に振られ、吸い込まれるように割れ目へその身を滑りこませ


 ドッ……ゴォンッ!


 その壁を、爆散させた。


――――――――――――――


結城 フォリア 15歳

LV 10

HP 3/28 MP 15/50


――――――――――――――


 視界の端に映っているのは、HPはレベル1の時より下になった、他人に小突かれれば死んでしまいそうなそれ。

 だが勝った、私は賭けに勝ったんだ。

 感動の雄たけびを上げるのもおっくうなので、凹んだ相棒をぶん投げ、地面へ大の字に寝転がる。


 私の先生はゆっくりと姿を溶かし、最後に残ったのは薄い茶色の魔石。

 あ、ちょっとまって。

 経験値が入ってくる前に、『スキル累積』の対象を『経験値上昇』へ戻しておく。

 危ない危ない、感動で忘れるところだった。


『レベルが上昇しました』

『レベルが上昇しました』

『レベルが上昇しました』

.

.

.


 鳴り響く無機質な電子音と、無感情な女性の声。

 だがそれが何よりも最高な勝利のファンファーレで、土と若干鉄臭い地面の上で、私はその酩酊感に暫し酔いしれた。

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