第5話
「スライム倒してきた」
合計107個、小指の爪程しかない大きさのスライムの魔石を袋に詰め、カウンターに乗せる。
スライムのは濁った灰色だが、より強い敵に成程鮮やかに、各属性の色を宿す様になり高価だ。
とはいえスライムの魔石も沢山拾えて使えば消滅する電池みたいな扱いで、一個20円で買い取ってもらえる。
ダンジョンが生まれて三十年ほど、魔導力学の発展は目覚ましいもので、既に電力であった半分は魔力で補われていた。
「あら……一人で頑張ったの?」
「頑張った」
最初に小学生扱いしてきた女、園崎さんが目を丸くする。
昨日までは何度もスライムをカリバーでしばいて漸く討伐、一時間で数匹狩れればいい程度だった。
当然カウンターの彼女もそれを知っていて、私の成長速度に驚いているようだ。
ふふん、まあ余裕だったね。
2140円、今までのなかでもぶっちぎりの稼ぎだ、これなら今日もネットカフェに泊まることが出来る。
この前筋肉に貰ったお金と、自分で稼いだお金でなんとかネットカフェに泊まっていたが、すっからかんだったので助かった。
レベルが上がるほどスライムを倒す速度も、散策する速度も上がっているので、明日はもっと稼げるだろう。
だが今日はここで直行するわけではなく、やらなくてはいけない調べ物があった。
◇
「うー……!」
勉強は苦手だ。
文字を読み進めるたびガンガンと痛む眉間を抑え、しかめっ面でページを捲る。
読んでいるのはここら一帯に存在するダンジョン、そのボスや適正ランクについてだ。
協会には探索者を支援するため図書室があり、こういった本が充実してその上無料で読むことが出来る。
ダンジョンは大まかにGからAまでランクが割り振られているが、その実同ランク内でも適正レベルは上下、Aの上位となればレベル50万超えの探索者でも歯が立たない。
まあ私がいる花咲ダンジョンは雑魚オブ雑魚なので、適正ランクは1から10らしいが。
そう、10が適正ランクの上限……つまり今の私と同じだ。
でもこれ、多分パーティ組んだ時の話だよね……?
ボスの部屋に入ると、なんと閉じ込められて倒すか死ぬまで扉が開かないらしい。
俊敏と耐久が高い代わり攻撃力が低く、攻撃スキルもない私。もし攻撃がまともに通らなければ、体力が尽きて死ぬまで全力のシャトルランをする羽目になる。
「どうした、本なんて抱えて唸って」
「あ、筋肉。花咲のボス、入っても大丈夫なのかって」
突然筋肉が現れ、私の手元を覗いてきた。
筋肉はここのトップだと聞いたが、もしかしたら暇なのかもしれない。
レベル10になったのでボスに挑戦するか迷っている、素直にそう伝えると彼は肩の筋肉をぴくぴくとさせ、『鑑定』していいかと尋ねてきた。
『鑑定』はスキルや称号以外のステータスを無許可で見ることが出来る、無言で他人を鑑定するのはマナー違反だ。
きっと私の話が本当か疑っているのだろう、勿論ここはおっけー、彼は頷き『鑑定』を行い、私の話が本当だったと驚き喜んだ。
「凄いじゃないか! たった一日でここまで上げるなんて、滅多に出来る努力じゃないぞ」
「ねえ筋肉」
「ん?」
筋肉は良い奴だ、もし筋肉に『スキル累乗』や『経験値上昇』の話をしたら、色んな相談に乗ってくれるだろうか。
私は頭も悪いし、一人だといつか致命的な失敗をしてしまうかもしれない。
ふと、弱気な自分が覗いてしまって、慌ててそれを掻き消す。
他人は信じないって決めた。
筋肉は良い奴かもしれないけど、良い奴が約束を守ってくれるとは限らない。
それに筋肉は協会の人間で、たった一人の、しかも孤独で住所不定な人間の平穏なんかより、組織全体の利益を求めるのは当然の事。
二つのスキルは私がもっと強く、誰かに何かされても跳ね除けられるくらい強くなってから、その時に相談しよう。
誤魔化す様に口角を引っ張り上げ笑う。
「ボス、倒せるかな」
「おぉう……無理やり作った笑顔がなかなか下手くそだな。っと、ちょっとその本貸してみろ」
私の笑顔に引きつつ手を伸ばす筋肉。
本をペラペラと捲り何度か頷くと
「まあ、行けるだろう。鈍器スキルは持ってるのか?」
「持ってない、でもSPは10ある」
「そうか、今後も打撃武器を使うなら取っておけ。ここのボスはスウォーム・ウォールだからな」
その太い指が差す写真は、いくつものスライムが重なって茶色くなっている壁。
表面は硬く、中はスライムが詰まっているらしい。
刃物だとうまくダメージを与えられないが、打撃などで壁を壊し、中身を引きずり出せば後は普通のスライムと変わらない。
本にはここまで詳しい戦い方が載っておらず、特徴だけ軽く羅列されているだけだった。
筋肉は筋トレではなく、モンスターにも造詣が深いようだ。
すごい。
「筋肉ありがとう!」
「気にすんな、お前は放っておくと直ぐに死にそうだからな」
直ぐに死にそうというか、もう一回死んでいる。
すくっと立ち上がり、彼は仕事があるからもう行くと告げ、背中を向けた。
が、扉の前でくるりとこちらを向き
「無理に笑顔作るより、最後の方が似合ってたぞ」
ハゲ頭を光らせて、立ち去ってしまった。
笑顔……?
良く分からない、筋肉は時々頭がおかしくなる。
ぐにーっと両頬を人差し指で押し、彼が最後に言った言葉の意味を暫く考える羽目になった。
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