永久なるサヴァナ

ナナハシ

プロローグ 〜サヴァナ〜

 アフリカ東部に広がるサヴァナ平原。

 太古の昔より、その広大な土地の中央に、異世界へと続く門がある。


 それは高さ10m、幅5mの巨大な石の門である。

 潜り抜けた先には、虹色の光壁に囲まれた直径15km程の円形世界が広がる。


 そこに最初のヒト属が足を踏み入れてから、数十万年の時が経過した。

 現在、謎と神秘に満ちたその空間には、人口150万の都市が築かれている。


 天に不死の炎をいただく都市。

 数多の欲望が跋扈するその地ことを、人々は『サヴァナシティ』と呼ぶ。







 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 永久なるサヴァナ


  著:ナガハシ



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆








「――素晴らしい眺め」


 最頂部420m。

 80階立ての都庁舎の最上階、通称『獅子長の間』。

 巨大なガラス張りの一面に映る夜景を見下ろし、一人の老婦人が感嘆の声を漏らす。


「まさに欲望の都……あやゆる願いが叶うべき場所ね」


 都庁舎を中心として広がるのは、高層建築の群れ。

 その周囲に満たされた闇の中にも、卑しき者達の巣食う夥しいスラムが沈んでいる。


「お褒め頂きありがとうございます」


 婦人の隣に立つのは、獅子の獣面マスクを被った男。

 鍛え抜かれた巨躯をダークグレーのスーツに包み、誇らしげにたてがみを靡かせる。

 獣面の奥から発せられる声は、遠雷のように力強く、地の果てまでも響き渡るようだ。


「まだ、開発の半ばではありますが……」

「うふふ、完成の日が楽しみね。頑張って長生きしなければ」

「フェンリルタワーの警備は万全です。医療体制も整っております。最上階のペントハウスにてごゆるりとお過ごし下さい」

「ええ……それにしても不思議な場所。ゲートを通って数日なのに、もう自力で立っていられる」


 そう言って婦人は、己の手の甲を見つめた。

 そこにあったはずの黄疸はすっかり消え去っている。

 末期のがんに侵されてた彼女は、ついこの間まで死の淵にあったが、石のゲートを抜けてより数日で、見違えるような回復を見せている。


「すべては不死の炎――エターナル・フォース――の恩恵にて」


 獅子はそう言うと、婦人とともに夜空を見上げた。

 そこでは翼を閉じて月となった不死鳥が、静かな輝きとともに人々を見下ろしている。


 サヴァナに満ちる神秘の力――不死の炎。


 この地に難病はなく、どのような怪我もすぐに癒える。

 故にサヴァナの民は、その命が燃え尽きるまで、己の意志と欲望を貫くことが出来るのだ。


「本当に、大抵のものはお金で買えてしまいますわ……」


 婦人は見せ付けるようにして、五指にはめた宝石を煌かせた。

 その表情に浮かぶは、抑えきれない優越。


「その通りです、マダム」


 だが獅子は、表情を硬くする。


「サヴァナの本質は力……そして金もまた力。だがその言葉、ここではむやみに口にしない方がよろしい」

「え……?」


 そして手のひらを夜景に向け、もっとよく見るようにと促した。

 すると――。


――グオオオォォォ……!


 突如、眼前に広がる巨大な闇に、無数の赤い瞳が浮かび上がったのだ。


「……ひっ!?」


 まるで都市そのものが獣となり、捕食対象に牙を剥くかのようだ。

 その超常的な現象を前に、婦人は思わず震え上がる。


「長生きをしたければ、不用意に驕らぬことです」

「あああ……」


 厳かに言い放たれる戒め。

 しかしそれを聞き届けることなく、婦人はその場にへたれこんでしまった。


 ここは弱肉強食の都市。

 どんな強者も、いつかは地にひれ伏す場所――。

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