第110話冬馬君は久々にバイトする

 ……さて、あれから一夜明けて日曜日を迎えた。


 一先ず、昨日のデートは大成功と言っていいだろう。

 真兄と弥生さんの感じも悪くはなかったし……。

 後は、大人だし放っておいた方がいいよな……。

 もちろん、何か相談されれば力にはなるつもりだ。


 黒野の方も、これで念願が叶っただろう。

 後は、俺らが立ち入るようなことではない。

 その先をどうするのかは、真兄と黒野が決めることだ。

 結果がどうであれ……それは仕方のないことだと思う。



 そして、今日の俺はというと……久々のバイトである。

 朝の開店前から店に来てくれと言われたので、10時半に到着した。


「店長、友野さん、おはようございます。お久しぶりですね」


「冬馬君!久しぶり!いやー!よく来てくれたね!」


「冬馬、すまないな。お前も文化祭を控えて忙しいだろうに」


「いえ、沢山休ませていただきましたから。お陰様で、いい時間を過ごすことができました」


「そう言ってくれると助かるよ〜家内もありがとうと伝えてだってさ。後で、必ずお礼するって」


「いえ、あの人には世話になりましたから……色々と……」


「ハハ……良美は冬馬君には厳しかったからね……」


 店長の奥さんである良美さんは、俺の教育係でもあった。

 元ヤンキーの方で、よく俺と言い合いになったものだ。

 もちろん、全面的に悪いのは俺である。

 俺も当時は荒れていて、そこんとこが上手くやれなかったのだ。

 ちなみに、今は仲は良いかな。


「いえ、アレのお陰で接客業を学べましたから。ところで……良美さんの具合が悪くなったとか……お身体は大丈夫ですか?」


 高校生の俺は、一年で稼げる額に限りがある。

 いわゆる、105万の壁ってやつだ。

 それを超えると、親父の税金が増してしまう仕組みだからなぁ。


 なので本来なら、俺は今月いっぱいまで休みになっていたのだが……。

 昨夜、急に電話がきて『申し訳ないんだけど明日出れるかな?』と言われたのだ。

 綾とデートの予定ではあったが、綾が『それは出た方が良いよ!』と言ってくれた。

 俺も世話になっているので、出たかったから、綾の言葉が嬉しかったな。


「いや〜それがね……」


「店長、時間が……冬馬、まずは着替えてきてくれ。色々報告があるし、今日は新人さんも来るから」


「あっ、そうなんですね。わかりました」


「ご、ごめんね!友野君!見捨てないで!」


「ハァ……大丈夫ですよ。俺はここを辞めませんから」


「え!?ど、どういうことですか!?」


「ほら、店長が言うから……冬馬、まずは着替えてこい。準備をしてからだ」


「は、はい……」


 どうやら、俺が休んでいた一ヶ月の間に色々あったようだな。

 まあ、それも当然の事かもしれない。

 俺だって、この一ヶ月は色々とあったからなぁ……ほんと色々……。



 着替え終えた俺は、衝撃を受ける。


「えぇ——!?に、妊娠ですか!?」


「いやー、いい歳したおじさんがお恥ずかしい……冬馬君に言うか迷ったんだけど……友野君が、平気だって言うから……」


「何言ってんるですか!おめでたい事じゃないですか!俺に何を気を使うことが……店長、俺を見損ないでください。確かに、うちには母親がいません。もう、兄弟も増えることはないでしょう。少し羨ましいのは事実ですけど……世話になっている方々を祝福する方が上回るに決まってるじゃないですか!」


「ほら、店長。怒られちゃいましたよ?」


「うぅー……ごめんよ、冬馬君。僕が勝手に思っちゃって……」


「全く……相変わらずですね。まあ、それが店長の良いところでもありますから」


「冬馬君……!相変わらずいい子……!」


「いい子って……まあ、いいや。で、産休に入るってことですか?」


「そうなんだよ〜本人は『産まれるギリギリまで出る!』って言うんだけど……」


「年齢も年齢ですからね……40歳ですから、母体に気をつけなくてはいけないですよね」


「でしょ!?そう思うよね!?」


「その様子だと……聞かないみたいですね……」


「うん……今日も、朝から大変だったんだ……『冬馬の青春の邪魔しちゃいかんだろうが!!』って……なんだかんだで冬馬君のこと可愛いと思ってるからなぁ〜」


「ハハ……相変わらずヤンママですか……じゃあ、後で俺から電話しておきますね」


「え!?悪いよ!?」


「いえ、お気になさらずに。そんなことで夫婦喧嘩になったら大変ですし、子供達が可哀想です。それに俺のことを気にしていたら、母体にも悪い影響が出るかもしれませんし……」


「店長、冬馬の言う通りですよ。良いんですよ、頼って。それとも……冬馬は、頼り甲斐のない男ですか?」


「いや!冬馬君はいつも頼りになるよ!」


「なら、任せてください」


「あ、ありがとう……うぅー……店長は、いい子達に恵まれています……!」


「はいはい、そうですねー」


「やれやれ、さっさと仕事するか」


「あれ?なんか思ってたのと違う……ここは感動で抱き合う場面じゃ……?」




 その後、店長を無視して開店準備を済ませたが……。

 10分ほど時間が余ったので……恐る恐る聞いてみた。


「あの……さっきのは……?」


「ん?ああ……辞めるとか辞めないとかの話か」


「独立とかですか?」


 友野さんも確か28歳だ。

 腕も良いし、そういうのも考える歳頃だもんな。


「まあ……考えんでもない。だが、まだ良いかなと思っている。なんだかんだでこの店は好きだし、店長の下で働くのは悪くない……いうなよ?調子に乗るからな」


「ハハ……確かに。飛び跳ねて怪我でもしそうですね……もしくは、張り切って仕事をして失敗しそうだ」


「……目に浮かぶな」


「では、どうしたんですか?」


「まあ、一言で言うと……引き抜きってやつだ。別の飲食店のオーナーに、新しい店舗を出すから店長としてやってみないか?ってな」


「すごいじゃないですか!……あれ?でも、断ったってことですか……?」


「……まあな。嬉しかったし、揺るがなかったといえば嘘になる。だが、この店には恩がある。俺は中卒のクソガキで、どこにも就職ができなかった。俺の家族は仲は良いが、金はなかったからな……そんな俺を店長は雇ってくれた……しかも正社員として……お陰で、俺は妹や弟を高校に行かせることが出来た……感謝しかない」


「友野さん……そうだったんですね……」


「だから、少なくとも良美さんが戻ってくるまでは辞めないさ。冬馬……遅れた分しっかり青春を楽しめよ?それはお金に変えることのできない財産だ」


「ええ、俺も出来るだけ力になります。店長のこと好きですから。もちろん、友野さんも。青春……今ならよくわかります。はい、楽しもうと思います」


「ならいい……さて、開店するかね」


「はい!今日もよろしくお願いします!」


「こちらこそだな、頼りにしてる」


 ……ここにも、こんなにカッコいい大人がいる。

 そんな素振りを見せることなく……憧れるよなぁ……。

 俺もこんなカッコいい大人になれるだろうか?

 ……それを含めて、そろそろ将来のことを考えていかなきゃかもな。

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