異世界チクショー ~コウメ太夫で笑ったら即死亡チート~

春海水亭

チート能力かと思ったらチートイツ揃ってませんでした


街の喧騒が、今は千夜ちや 智太ちた一人のために注がれている。

意味のない悲鳴、噂話、電話をする声、カメラのフラッシュ音、

それらは全て、トラックに撥ね飛ばされた智太のために向けられたものだった。


野次馬は彼を遠巻きに見つめ、救急車が呼ばれているのかどうかもわからない。

最も、呼ばれていたとしても間に合わないであろうことは、

本人が一番自覚していた。


身体が操る者を失ったマリオネットのようにあらぬ方向に曲がっていた。

とめどなく血が流れ、流れた血と一緒に意識が道路に染み付いていく。


首を曲げることすら出来ず、智太は冗談みたいに青い空を見ていた。

自分が命がけで助けた子どもがどうなったかもわからない。


かつ、かつ、と音がした。

野次馬から抜け出して、こちらに向かってくる靴の音だ。

だが、それが誰であろうとも助かることは無いだろう。


「畜生……」

智太が最期に絞り出した言葉は、それだけだった。



死は眠りによく似ている。

しかも、目覚めるところまで眠りに似ていた。

死とは永遠ではなかったのか、

それを気にする間もなく目覚めた智太は視界に一人の少女を捉えていた。


「おはよう、智太さん」

「……お、おはよう?」


智太の目覚めた場所は小学校の保健室によく似ていた。

智太が寝ていたものを含めてベッドは2つ、

仕切りに覆われているが、誰もいないことはわかる。


本棚には人体に関連する本が並んでいて、それらは全て日本語だった。

体重計や身長計、視力検査表、

他にも何に使うかわからないような器具が並んでいて、

しかし、部屋に薬のようなものは何一つとして無かった。


「はじめまして、智太さん。

 私、死を司る女神キノウガルドの眷属……ヨイジューレと申します」

ヨイジューレと名乗った少女がぺこりと頭を下げる。

凹凸のない低身長の身体を白衣で包んでいて、

少々大きいメガネが頭を下げた時にずれた。

現在の保健室と合わせて小学生のコスプレのようにしか見えない。


「死の女神の眷属って……まさか、冗談だろ?

 車に轢かれそうな子どもを庇って、

 爆走するトラックに突っ込んで俺が死んだわけじゃあるまいし」

「バッチリ現状を把握していますねー、そうなんですよ、智太さん。

 アナタ死んじゃったんです、んで、異世界に転生してもらおうかなって……」

「生き返れないのか?」

「すいません、アナタの肉体、もうぐっじゃぐじゃで……駄目ですねぇ」

「……そっか」


死という言葉に現実味はなかった。

残された家族よりも、

来週のジャンプであるとか、見ることの出来なかった映画、

そんなことが気になってしまった。


「んで、異世界に転生って……」

「最近小説とか漫画で流行してますよねー、

 死んだ俺が異世界で英雄にとか、スローライフとか、そういう奴ですよ。

 ホントなら同じ世界でぐるぐるーって魂を回していくんですけど、

 第廿八世界……あ、アナタが過ごしていた世界って結構特異点で、

 魔法も神の加護も無いのに、人間が発展してて、

 他の世界に刺激を与えるために、一度他の世界を経由してもらってるんですよー」

「なるほど……」

「まぁ、転生って言っても、記憶は持ち越しですし、

 ある程度成長した肉体も用意しますし、

 智太さんが死なないように凄い能力だって授けちゃうんですよ」

「凄い能力って……」

「智太さんが理解しやすい言葉で言えば、チートですかね」


異世界に行きたいかと言われれば否であった。

漫画の知識によれば、ジャンプも無ければ映画もない。

当然文明の利器も存在しない。そして、家族もいない。

だが、チートと言われれば智太の心も踊る。


「チートって、楽して最強とか、美少女に愛されまくるとか」

「そうです、そうです、人生を素敵にしちゃうヤツなんですよー」

「俺、どんなん貰えんの!?」

「ふふふ……それはですね」


ヨイジューレが満面の笑みを浮かべた。

自分が薦めるものに絶対の自信を持つ商人の笑顔である。


「コウメ太夫のネタを披露して笑った相手を即死させる能力です」

「殺してくれ」

「えぇっ!?」

ヨイジューレは思わず叫んだ。

その顔は芸術家が目の前で最高傑作を叩き割られる表情によく似ていた。


「コウメ太夫ですよ……勘違いしてませんか!?あのコウメ太夫ですよ!!」

「あのも、どのも、コウメ太夫は1人しかいねぇよ!!

 コウメ太夫が2,3人出てみろ、エンタメ界隈の破滅やぞ!」

「いますけどね、2,3人」

「えっ?」

「あっ、知らないならいいんですけどね。

 でも、コウメ太夫ですよ?もしかしてコウメ太夫を知らない……?」

「知っとるわ!知っとるから言っとるんじゃ!!」

「いやいやいやいや、嘘ですよね……コウメ太夫を知っててそんなことが!?

 あの大爆笑芸人コウメ太夫を……?」

「コウメ太夫が世に出るまで檻で育ったんか?」


さて、コウメ太夫を知らない読者がいらっしゃるのならば、説明しておこう。

コウメ太夫とは、

芸者の格好をして踊りながらステージで「チャンチャカチャンチャン」言った後、

あるあるネタや怪文書を披露して、最後に「チクショー」と叫ぶ芸人である。


世間の評価としては、面白くない芸人に位置づけられるが、

テレビ番組がコウメ太夫の使い方を理解し始めたのか、

絶対に笑ってはいけない状況でコウメ太夫を披露させたり、

コウメ太夫を相方に漫才を披露させたり、コウメ太夫にモノマネを披露させたり、

いじられることに特化したやり方で笑いを取っている。


「コウメ太夫の……あの、ふふっ……

 チャンチャカチャンチャン……って奴……うふふ……あれがほんと面白くて!!」

「本題に入ってチクショーで笑えよ!」

「だから……ふふっ……コウメ太夫という最強の能力があれば、

 異世界でも大丈夫かなって思うんですけど」

「コウメ太夫をワールドワイドで捉えるな!!しかも披露する俺素人やぞ!!」

「いや……でも……チャンチャカチャ……ふふっ……チャン……ふふ……駄目……

 もう、コウメ太夫の格好でチャンチャカチャンチャンやってるだけで、

 もう大爆笑間違いなしですよ!!」

「芸人を舐めるな!!そしてコウメ太夫を信頼しすぎるな!!」

「チャンチャカ……ふふっ、ぐふふ……でも、コウメ太夫が駄目なら、

 もう天国だって埋まってるし……

 転生先の候補がもう、暗黒大魔死滅領域しか無いんですよね……」

「俺コウメ太夫で笑い取るか、暗黒大魔死滅領域行くしかないの!?」

「まぁ……そうですね」


そして、ヨイジューレは着物、かつら、白粉、扇子の四点セットを智太に渡した。

智太は何も言わず、着物を纏い、かつらを身に着け、顔を白く塗った。

どうやら、コウメ太夫に着替えるにあたって、

そのような知識がインストールされているらしい。


扇子をくねくねと動かしながら、智太は踊った。

「チャンチャカチャ……」

「アハハハッ!!!!チャンチャカチャンチャン……ってチャンチャカチャンチャン……グバァ!!!!」


ヨイジューレは血を吐いて死んだ。


「チクショー!!!!!!」


心の底から、智太は叫んだ。

かくして、智太の異世界転生ライフが始まったのである。

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