193話 葛藤

ひとまず結衣を説得した俺が、カグラ達の元に向かうと……。


「主人殿!」


「やったんですねー」


「勇者は?」


「……すまないのだ」


「逃げられちゃいましたねー」


「そうか、仕方あるまい。オルガは……来たか」


こちらに歩いてくるのが見える。

どうやら、みんな無事なようだ。


「主君よ、申し訳ありません。奴を逃してしまいました」


「いや、気にするな。ハロルドは強い。それを抑えてくれたなら上出来だ」


「いえ、次こそは仕留めます——僕に任せてくださいますか?」


「……わかった。俺は手出ししないから、お前に任せよう。だが、やるからには——勝つことを約束しろ」


「御意」


今のオルガなら、任せても平気そうだ。

俺は俺で、やることがある。


「アレス〜!!」


「ぐはっ!?」


気がつくと、後ろから羽交い決めにされていた!


「ひ、ヒルダ姉さん!? 無駄に気配を消さないでください!」


「いやよ! アレスの驚く顔が好きなんだから!」


「ええぇ……なんですか、それ」


「それより、良くやったわね。流石、私の弟ね」


「ええ、どうにか。ですが、これからが問題です」


どうして良いか分からず、オロオロしている結衣に視線を向ける。


「結衣、ここにいる連中は信用して良い。今世での、俺の大切な人たちだ」


「そ、そう……」


「あぁー……すまんが、皆」


俺の言葉に黙って頷き、みんなが先に歩いていく。


「気を遣わせちゃった……言わなくてもわかる人たちなんだね?」


「ああ、そうだ……ん? 何か違和感がある……」


「だ、だって、貴方は和馬さんの生まれ変わりなんでしょ? なら、見た目はともかく年上じゃない」


そうか……俺が知っている結衣の喋り方になったのか。


「なるほど、それは言えてるな」


「中身は全然違うけど。和馬さんは、二股とかしないもん。いや、三股? それに、女の子ばっかり」


「ぐっ……それを言われると痛いなぁ」


結衣に異世界の常識を教えたところで、その気持ちが解消されるわけでないし。

俺自身も、最初の頃は悩んでいたし。


「だから……貴方は和馬さんじゃない」


「ああ、それだけは間違いない。和馬はあの時……結衣をかばって死んだんだ」


「うん……でも、一言だけ言わせて——和馬さん! あの時私を助けてくれてありがとうございます!」


「……ああ」


俺の中の和馬が、激しく揺さぶられる。


何故、今すぐに抱きしめに行かないのかと。


だが、それはだめだ。


アレスである俺が、結衣の人生を縛ってしまうわけにはいかない。


彼女には、帰るべき場所があるのだから。


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