閑話49 バウマイスター辺境伯家分家
「なるほど、ここかぁ……。確かに表通りから一本外れた通りの、さらに建物の二階にあって目立たないな。店内の内装もかなり質素な造りだし、一人で作業に集中できるように仕切りまであるのか」
大貴族というのは、世間で思われているほど楽な仕事ではない。
爵位も、領地も、役職も、すべて義務だからだ。
まあ、一部好き勝手にやって世間から白い目で見られている者たちもいるが、そんなのはごく少数だ。
大半の貴族たちは、日々世間に見張られながら多くの義務をこなしている。
たまには一人で遊ぶ……のも時間がなかなか取れないので、せめて一人で仕事をしたい、なんて思うこともある。
貴族は大物になればなるほど、一人になる機会がゼロに近づくからだ。
そんな時、ワシは知り合いの貴族からこのカフェを教えてもらった。
メインストリートから一本奥に入った人通りが少ない通りにある、寂れたレストランの二階にそのカフェはあった。
急な階段をあがって店内に入ると、かなり薄暗い。
内装もボロくはないが非常にシンプルな造りで、よく貴族たちがお茶を楽しむ豪華な喫茶店とはまるで造りが異なっていた。
とても地味で、もし普段ならワシも利用しなかっただろう。
ただ掃除はしっかりとされているようで、店内の環境維持に手を抜いているわけではないようだ。
店内の暗さに目が慣れてくると、このカフェにはテーブル席がないことに気がついた。
すべて一人ずつ座るカウンター席で、隣の人の様子がわからないように仕切りで区切られていた。
「いらっしゃいませ、この店にはテーブル席はございませんが、 よろしいでしょうか?」
「問題ない。ただ同行者たちは席を隣同士にしてくれ」
「畏まりました。席にご案内します」
大貴族が一人で王都を歩けない……バウマイスター辺境伯でも無理だからな。導師くらいか……ので、ワシには護衛と秘書がついていたが、ワシを挟むように両隣のカウンター席に案内された。
「いいか。ワシに話しかけるなよ」
「はあ……」
改めて店内を見渡せば、下級役人らしき男が一人で書類や手紙を書いていたり、仕事で使うのか、専門書 らしき本を一生懸命読んでいた。
ワシのように、両隣の席を護衛や秘書に挟まれつつ、書類仕事に集中している同胞たちが何人かいて、カフェはほぼ満席状態だった。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
すぐに若い男性店員が注文を取りに来た。
「マテ茶を」
「マテ茶ですね。畏まりました」
このカフェ、メニューは少ないが、一人で仕事に集中したい者が利用しているので、そんなことを気にしている者は一人もいなかった。
もし間違って貴族令嬢が入ってきたら、『飲み物の種類が少ない!』、『ケーキが置いてない!』などと大騒ぎしそうだはある。
「クッキーはあるのか。それも一皿」
「少々お待ちください。ご注文は二つなので、ご利用は四時間までとなっております。 滞在を延長したい場合は、二時間で一品の注文をお願いします」
飲み物も、クッキーなどの焼き菓子も、値段が十セントに統一されているのは、このカフェの利用料が一時間で五セントだということか。
正直少々高い気もする……ワシの場合、両隣にいる護衛と秘書の分も払わなければいけないからか。
事前に話かけるなと言ってあるし、仕切りの存在は思ったよりも大きかった。
狭いカウンター席で静かに一人、すでに財務卿は辞しておるが財務関係の仕事がないわけではないし、ルックナー侯爵家の仕事もある。
ゆえに毎日屋敷の書斎で書類仕事をしていたのだが、このところ 集中できなくて困っていたのだ。
長年大量の書類に囲まれていれば、仕事に集中できなくなることがあっても仕方がない。
そう思っていた時、バウマイスター辺境伯の兄であるエーリッヒにこのカフェを紹介された。
『たまにそのカフェで一人で仕事をしたり、本を読んだりすると心が落ち着くんです。少し料金が高いので、あまり頻繁には利用できませんが……』
エーリッヒは男爵になったが、法衣貴族は領地がないので家禄と職禄で家を維持しなければならず、平民たちが思っているほどお金に余裕があるわけではなかった。
ただエーリッヒの場合、たまにバウマイスター辺境伯と一緒に魔の森で狩りをして、意外とお小遣いを持っているという噂を聞いたことはあるが。
彼はバウマイスター辺境伯と一番仲がいい兄で、バウマイスター辺境伯と繋がりたい貴族がよくアプローチをかけてくるので、迷惑料だろうな。
「マテ茶とクッキーです」
すぐに若い男性店員が、注文したものを持ってきてくれた。
カップやお皿は、サロンのお茶会で出したら大恥をかくレベルだが、このところ平民が使う品の品質が大幅に上がっていることだけは確認できた。
バウマイスター辺境伯のおかげで、魔力で陶磁器を焼く魔力窯の性能と運用コストが下がり、王都郊外で品質のいい生活用の焼き物が安く出回るようになったからだ。
お茶もクッキーも同じだ。
値段相応かと聞かれると、場所代込みなのでそれはないが、品質も味も悪くなかった。
「こんな店のどこがいいのだ? と最初は思ったが、確かに悪くない」
とりあえず持ってきた書類のチェックでも始めるが、いつもよりもスムーズに進む。
ルックナー侯爵家の当主であるワシが、屋敷の書斎や仕事場の執務室で一人になれるわけがなく、このお店は唯一それを実現できる場所だと理解した。
「とにかく今日は、必ずこの書類を終わらせないと……」
エーリッヒが、『たまにこういうお店で仕事をすると捗るんですよ。重要な書類は持ち込めませんが、面倒でどうでもいいけどやらなければいけなくて、なかなか手が進まない仕事は最適です』と言っていたが、そのとおりだ。
「『領地の川が氾濫して、畑が水に浸かりました。工事費用を援助してください』だと? そういう時のために、普段から無駄な贅沢をせずに金を貯めておけ!」
と、ストレートに書くと角が立つので、当たり障りがないように手紙の返事を書くことがどれだけ面倒くさいか。
バウマイスター辺境伯がこの前言っていた、『クソどうでもいい仕事』ってやつだ。
「このカフェで、気分転換しながら返事を書いたのがよかったようだ」
思ったよりも早く仕事が終わり、余った時間は本を読んで、四時間でカフェを出た。
「ありがとうございました」
若い男性店員の見送りを受けながら店を出るが、店内の客には見知った顔が何人か……。
お互い一人になりたいのでこのカフェを利用しているのだから、 あえてこちらからは声はかけなかったが、思ったよりもこのカフェの存在は知られているようだ。
「お館様、私は一人で読みたかった本を読んでいましたが、贅沢な時間を過ごせた気分です」
「私は家族への手紙を書いてから、あとはのんびりしていました。家族に手紙を書こうと思うのですが、 自室に戻るとなかなか書けなくて。しかしテーブル席が皆無で、一人での利用が基本なんてカフェは珍しいですね」
「流行っていたので、これから王都で増えるかもしれません」
「そうだな。しかし、誰のアイデア……あっ!」
「お館様?」
「一人だけ、心当たりが……」
多分バウマイスター辺境伯であろうが、しかしあの男は色々な商売を考えつくものよ。
「この貸し店舗ですが、前はバーがあったそうです」
「バーの経営は難しいからなぁ」
前世で、気心の知れた会員客だけ入れる、隠れ家的なバーをやると言って会社を辞めた先輩……。
すぐに潰れて、借金が増えただけだったからなぁ……。
「ええ、ですからあっという間に潰れてしまって……。メインストリートになくて、さらに二階の店舗なので、これまでにいくつものお店が潰れているんです」
「こういう場所が、あのカフェの場所にいいんだよ」
俺は、リネンハイムと一緒に王都の空き店舗を見学していた。
王都下級貴族街近くの裏通り、古い建物の二階に作ったカフェは、多くの一人になりたい客で大繁盛していた。
あの場所なら、役所に勤めている平民と下級貴族たち、そして同じく近くにあるアカデミーの生徒たちが利用しやすいと踏んだが、俺がそう読んだとおりだったな。
あとは、商会に勤めている使用人たちもよく利用しているようだ。
不動産には詳しいが、商売はそこまで詳しくないリネンハイムは、この結果に驚いていた。
「決していい場所ではないのに……」
「メインストリートにこういうカフェがあると、そこを通りかかった上司なり同僚に見つかるかもしれないだろ? だから二階なんだよ」
「自分の部下がサボっていないか、わざわざ確認する人もいませんか」
「見えなきゃ、自分だって仕事で外に出たついでに一~二時間サボれるだろう?」
「なるほど!」
進まない仕事に集中するだけでなく、サボリーマン的な利用者も見受けられるのは、世界が違っても仕事をサボりたい勤め人が一定数存在する証拠であった。
大半の人が常にサボっていっているわけではないので、少しぐらいなら特に問題ないわけだし、元々サボる人は俺のカフェがなくてもサボるからな。
「神官さんのご利用も多いようですね」
神官だって時には一人になりたいだろうし、たまには仕事をサボりたいこともあるだろう。
そんなわけで俺は、コワーキングスペースを兼ねた一人での利用が前提のカフェの経営を成功させた。
とはいえ、俺は立ち上げしかしないから、あとはアルテリオとリネンハイムに任せる予定だけど。
「これで、微妙な立地の空き店舗を有効活用できます」
「ちなみに、かフェを乱立させすぎると客の奪い合いになってしまうから、支店は計画的に出店させないと駄目だけどな」
「そこは重々承知しておりますとも」
そんなわけで、王都の決して立地がいいとは思えない裏通りの店舗や、二階店舗に数百店舗のコワーキングスペースをかねたカフェチェーン店網が完成し、他の王国直轄地や、大貴族の領都へと広がっていった。
「店名もバラバラにしてくれよ。後ろに俺がいるってバレると面倒だし」
経費を節約するため、店内の設計や、内装、設備、メニューは規格を統一するから、見る人が見ればわかってしまうのだけど。
家賃や価格が安い物件で、なるべく経費をかけず、メニューも搾り、店員も最低人数にすることで高い利益率を出す商売なのだから。
「ですが、目敏い方だとすぐに気がつかれてしまいますけどね」
「そういう人たちは表立って口に出さず、自分にも嚙ませろって声をかけてくるから、欲張りさんでなければ、フランチャイズ契約を結べばいいさ」
「ちゃんと利益が出れば、そういう人たちは文句を言いませんからね」
金持ち喧嘩せずなので、変に儲かりすぎる商売よりも、長年安定した収益が望める商売、利権の方を好むのが貴族だからだ。
「ヘルムート王国中で、カフェを入れる物件を探しておいてくれ」
「お任せください」
「じゃあ、俺は領地に戻るから。あとはアルテリオと話し合って、上手くやってくれ」
「お疲れさまでした」
コワーキングスペースを兼ねたサボれるカフェ事業を立ち上げることに成功した俺は、バウルブルクに戻った。
俺は広大な領地を持っているけど、万が一に備えて領地外の利権も徐々に増やしていた。
過去の歴史を振り返ると、どれだけ国に対し功績をあげた者でも、その子孫があっけなく改易されるなど珍しくない。
そこで、貴族であるバウマイスター辺境伯家と、商人、資本家として資産を持つバウマイスター家……姓は変えるけど……を設立しようと思っていた。
俺の子供の誰を初代当主にするかまだ決めていないけど、もしバウマイスター辺境伯家が改易された場合、無理に抵抗して殺されるよりも、素直に受け入れてそちらの資産で生活すればいいと考えたからだ。
「それにしても、よくそこまで備えるものね」
「万が一の話だけど、万が一に備えるのが貴族だから」
「イーナさん、実は同じように備えている貴族は少なくないのですよ」
「それは知らなかったわ」
「わかりにくくするため、姓を変えたりしますので。領地の外に資産や利権を確保して、改易時の領地及び領内の資産没収に備えるんです。ですが……」
「ですが?」
「そもそも改易される貴族が少なく、そういう備えをしている貴族が改易されることなど滅多にありませんから」
「そういう慎重な貴族が、そう簡単に改易されるわけないものね」
「結局そういう結論に至ってしまいます」
こうして俺は、領地の外の資産や利権を管理する分家の設立に奔走し、初代当主は俺の息子の一人が就いたのだけど、結局俺の死後もバウマイスター辺境伯家は改易されなかったので、本当に万が一に備えての存在になってしまったのだけど。
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