閑話34 世界が変わっても、婚活であり得ない条件を出す人はいる(その2)

「まあ、竜殺しの英雄、バウマイスター辺境伯様よ」


「本当に今回のお見合いパーティには、本当に好条件な男性が多数参加しているのね。これで私も素晴らしい男性と結婚することができるわ」


「バウマイスター辺境伯領は田舎だって聞くけど、お金持ちだからそれくらいは我慢しないとね」


「それほどいい男ではないけど、若くてお金持ちだから問題ないわ。私は寛容なのよ」


「ブライヒレーダー辺境伯様よ。ちょっと軟弱に見えるし、もうそれほど若くないけど、顔は悪くないからいいわね」


「アームストロング導師様もなの。少しオジサンだけど、逞しい男性っていいわ。なによりお金持ちだし」


「大分年寄りだし、貴族じゃないけど、ブランタークはお金持ちだから妥協してあげるわ」


「……(辺境伯様、ここは地獄か?)」


「(バウマイスター辺境伯、やはりルックナー侯爵は、某たちに喧嘩を売りたいようである!)」


「(どうしてもと頼んでくるから参加してみれば……。それでいて自分はお見合いパーティーに参加していないというのが、貴族以前に人間としてどうかと思うんですけどねぇ)」


「(お館様、ルックナー侯爵は、このお見合いパーティーの進行役で、年寄りの自分では彼女たちに好かれないので参加を辞退したそうですよ。しかし、どうして貴族でもない俺が、ホラーショーに参加しないといけないんだよ)」


「 (ホラーショーですか……。ある意味、人間というのが一番恐ろしいものだと、我々に教えてくれていることは事実ですね……)」


「(辺境伯様も言うじゃねえか)」





 ルックナ財務卿から、『顔を出すだけでいい!』と言われたパーティー。

 貴族同士で交流するためのものだと思っていたら……。

 しかしそこには、三十代半ばから、最年長は六十歳近いと思われる妙齢?の女性たちがバッチリとメイクを決め、煌びやかなドレスを纏い、豪華なアクセサリーで着飾って、まるで獲物を狙う肉食獣のように俺、ブライヒレーダー辺境伯、導師、ブランタークさんを観察、上から目線で評価する地獄の光景が展開されていた。


「おおっ、バウマイスター辺境伯。ブライヒレーダー辺境伯、導師、ブランタークも、今日は助かった……ちょっ! ワシは会場の進行役なんだぞ!」


 王族や大貴族とその家族が参加するパーティーだが、それほど堅苦しい席ではないし、自分の顔を立てると思って参加してくれ。

 そうルックナー侯爵から頼まれて仕方なしに引き受けたのに、いざ会場に来てみれば、お年を召した……いや、妙齢の女性たちに突然値踏みされるお見合いパーティーだったという結末。

 騙されたことに気がつき、激高した俺が手を出す前に、導師がこちらに挨拶に来たルックナー侯爵を引っ張り、会場の端に連れて行った。

 当然俺たちも、彼らについて行く。

 ルックナー侯爵がどんな言い訳をするか、大いに気になったからだ。


「さて、どういうことなのか説明して欲しいのである!」


「ワシだってこんな真似をしたくなかったのだが、たとえ一組も結婚が成立しなくても、バウマイスター辺境伯たちのような好条件の男性を参加させたお見合いパーティーを開く必要があったんだ。陛下の希望でもある」


 陛下の命令? 

 いや、ルックナー侯爵は『陛下の希望』だと言った。

 つまりは、たとえこの婚約パーティーが開かれなくても、陛下は仕方がないと考えていたはず。


「自分の功績稼ぎに、人を利用しないでくださいよ」


「これだから、王都にいる大貴族は油断ならねぇ。なあ、辺境伯様」


 ルックナー侯爵が、このお見合いパーティを嫌々開催したのは事実。

 だが同時に、あきらかに結婚適齢期を過ぎた妙齢の王族、貴族の女性参加者たちと、俺たちを含む、王族、大貴族の当主、大商人、ブランタークさんのような著名で資産もある魔法使いなどの男性参加者たちを見ると、女性参加者たちの父兄に恩を売るために開催したことがみえみえだ。

 俺たちを犠牲にして、未婚で妙齢?の娘を持つ王族や大貴族に恩を売る。

 俺たちだけでなく、この答えにたどり着いた男性参加者たちの恨みの視線がルックナー侯爵に集まった。


「ブライヒレーダー辺境伯。こんなことでワシが、女性参加者たちの父兄である王族や大貴族に感謝されるわけがなかろう」


「ルックナー侯爵、それってつまり……」


 ブライヒレーダー辺境伯が言い淀んだ。

 彼は気がついてしまったのだ。

 ルックナー侯爵は、最初からこのお見合いパーティーで一組でも結婚が成立するとは思っていないという事実に。


「とはいえ、お見合いパーティーを開けなかった状態より、ほんの少しは未婚の娘を抱える大貴族たちから感謝されるはずです。やはりルックナー侯爵は油断なりませんね」


 お見合いパーティーを開催すれば、しないよりはマシなはず。

 陛下という上司からの圧力に苦慮しつつも自分の家の利益を図ろうとするのだから、やはり王都の大貴族は油断ならない。


「ほんの少しでも王族や大貴族たちに感謝されて、将来のルックナー侯爵家の利益とする。これだから、財務閥の貴族はケチでセコイのである!」


 導師は散々に、ルックナー侯爵を扱き下ろした。

 冷静になって会場を見渡すと、あきからに嫁き遅れなやんごとなき家柄のお嬢様たちが気合を入れて着飾り、俺たちと同じくこの会場に呼び出された、哀れな被害者たちを品定めしながら楽しそうに話をしている。

 一方品定めをされた方は、『一刻も早くこの場から立ち去りたい』と、顔に書いてあるのが丸わかりなほど暗い表情を浮かべていた。


「俺だって、一秒でも早くこの場から逃げ出したいぐらいですよ」


「バウマイスター辺境伯と同じ考えです」


「某、もう酒を飲みに行きたいのである」


「俺、今日は休みだったから、娘を遊びに連れて行く予定だったんだよ。本当、ルックナ―侯爵様は酷いことをなさる」


「そう言わんでくれ……」


 同じ大貴族でも、在地貴族である俺とブライヒレーダー辺境伯なら、こんなお見合いパーティーを主催しろと言われても絶対に断っただろう。

 王都と王城を縄張りとする大物法衣貴族ゆえの悲劇なのか。

 本当、貴族の柵は面倒で堪らないな。


「しかしまぁ、こんなお見合いパーティーを開いたところで、俺たちも含めた男性たちはやる気の欠片も出ませんなぁ」


「ブランターク、そんなことは誰だってわかっているんだ。多分、女性参加者たちの父兄だって心の中ではそう思ってるはずだ。だがな、彼女たちは自分が結婚できない理由を、『チャンスがないからだ』と口にしており、そのチャンスを寄越せと父兄に詰め寄ることもあると聞いた」


「彼女たちの意見も、半分間違ってはいませんか……」


 なぜならこの世界では、身分が高い女性ほど政略結婚をするからだ。

 自分たちが結婚できないのは、結婚相手を見つけてこない父兄が悪いという彼女たちの意見は間違ってはいないと思う。


「だからって、好条件でも結婚が成立しなさそうな男性ばかり、お見合いパーティーに参加させても意味がないじゃないですか」


 彼女たちが適齢期に結婚できなかった件には同情するが、それなら少しぐらい条件を下げて自分と釣り合う男性と結婚してもいいはず。

 そういう努力をせずに、こういうお見合いパーティーに縋るからなかなか結婚できないと俺は思うのだ。


「ルックナー侯爵、彼女たちの父兄はそういうお見合い話を持ってこないんですか?」


 変に格下の相手と結婚させるぐらいなら、一生独身でいてもらっても問題ない。

 そんなふうに考えたからこそ、これまで彼女たちは結婚できなかった?

 貴族の家は当主の権限が強いから、当主がそう考えたら彼女たちが結婚できなかった件に同情すべきなのか?


「(なんか、前世を思い出すなぁ……)」


 俺がしがない商社に勤めていた頃、会社でなかなか結婚できない独身の先輩たちが婚活を始め、お休みの日に婚活パーティーに参加するのだという話を度々耳にした。

 その成果が出て結婚した人たちもいるけど、どういうわけかなかなか結婚できない……いや、理由ははっきりしている。

 なかなか婚活がうまくいかないので、彼ら彼女らを既婚者である先輩たちが飲みに誘って話を聞いたのだけど……どういうわけか俺もその飲み会に参加することになった。俺も結婚に苦労するグループに所属していると思われたようだ……男性も女性も結婚に対する理想が高すぎて、話を聞いている先輩ですら呆れていたほどだった。


『イケメンで年収1000万以上。年下で二十代と三十代前半までを希望。身長は175cm以上で、太ってなくて、 ハゲてなくて、長男は長男は嫌で、私を専業主婦にしてくれる人』


『二十代前半までで、可愛くて、これまで男性と付き合ったことがなくて、専業主婦になってくれて、自分の親を介護してくれる女性』


 と、先輩たちに話す婚活失敗男女(アラフォー)を見て恐怖したことが思い出された。

 そしてこの世界にも同じような考えを抱く女性……今日はいないけど、そういう男性もいるんだろうなぁ……きっと。


「バウマイスター辺境伯、そういう柔軟な考えができる女性はもうとっくに結婚している」


「……ですよねぇ……」


「確かに、家の都合でなかなか結婚することができなかった女性は一定数存在するが、そのあとは割と柔軟に対応する家は多い。少し条件が悪くても、定期的に結婚の話を持ち込む貴族も少なくない。だが……」


 若い頃なら当主の命令は絶対だと考えていた女性たちも、長々と気楽に花嫁修業という名前のモラトリアムを過ごし甘やかされた結果、なんだかんだとケチをつけてお見合いすら断ってしまうケースが多いそうだ。

 同時に親の方も、『この年齢になってしまってはもう仕方がないか……』とお小遣いだけ与えて放置してしまうパターンが……。


「アニータ様とか?」


「バウマイスター辺境伯、その名前を出さないでくださいよぉ」


「ブライヒレーダー辺境伯、このお見合いパーティーのことが事前にわかっていれば、彼女を参加させることもできたのである!」


「……成果がなさそうな割に、その前後に王都で無駄な買い物を沢山しそうなので、もし今回のお見合いパーティーのことを事前に知っていても、伯母上は絶対に参加させませんでしたよ」


 ブライヒレーダー辺境伯の伯母であるアニータ様がこのお見合いパーティーに参加しても、まず成果がなさそうなのが現実だろう。

 むしろ彼女も、夢みたいな男性像を堂々と語って、世間に大恥を晒すだけか。

 そういえば、ブライヒレーダー辺境伯も定期的にアニータ様にお見合い話を持ちかけるそうだが、理想が高いので断られてしまうと聞いたことがあった。


「(理想が高くてなかなか結婚できない人って、どこの世界にもいるんだなぁ……)」


「とにかく、このお見合いパーティーが終わる三時間は我慢してくれ」


「「「「三時間!」」」」


 パーティーなんて二時間くらいで終わるはずなのに、どうして一時間長いんだろう?

 俺たちは、ルックナー侯爵を批難するかのように大声をあげた。


「お見合いパーティーだから、女性たちと話をする時間を長く取っているからだよ。二次会はないから」


「「「「当たり前だ!」」」」


 もしそんなものを計画していたら、俺たち以外のお見合いパーティーに無理やり参加させられた男性たちも暴動を起こすだろう。


「俺はこれ以上、奥さんは必要ないんですよ」


「バウマイスター辺境伯と同じ考えです。家の方針でもあります」


「某が、今さら新しい奥さんと結婚してどうなるのである?」


「俺ももう年だからいいよ。大体、俺の奥さんは若くてまだ亡くなってないんだぞ。無理やり結婚させて、家庭不和の元を作るんじゃねぇよ」


 俺たちはルックナー侯爵に文句を言いつつ、あきらかにヤバそうな面子の揃ったお見合いパーティ―に参加するのであった。

 今日はエリーゼたちも王都に来ているから、時間通り終わらせてさっさと撤退することにしましょうか。

 こんなパーティーよりも、エリーゼたちとデートした方が楽しいに決まっているんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る