第59話 王宮筆頭魔導師? 武芸師範じゃなくて?

「「……」」


「おおっ! この少年がアルフレッドの弟子で、アンデッド古代竜を討伐した英雄殿であるか! なるほど、その年齢で油断ならない雰囲気ではあるな!」


「(あの……ブランタークさん?)」


「(相変わらず、暑苦しい男だな)」


「(偉い人なんですよね?)」


「(ああ、王宮筆頭魔導師のアームストロング殿だ。前に名前が出ただろう?)」


「(この人が……名前どおり逞し……すぎるくらいですね)」



 みんなで商業街に買い物に出かけた翌日。

 俺はいきなり王宮からやって来た使者と数名の騎士たちによって馬車に押し込まれ、そのまま王都郊外にある軍の駐屯地に連れて行かれてしまう。

 半ば誘拐のような気もするが、騎士たちは陛下からの命令書を持っていたので誘拐ではない。

 なにしろ俺は、事実かどうかはともかく、すでに陛下の忠実な家臣という扱いになっていたからだ。

 突然の上司からの命令に逆らえないのは、サラリーマン時代と同じだな。

 俺が連れて行かれた軍の駐屯地は、いつもは王都駐留軍が訓練に使っている場所らしい。

 簡素な造りの丸太小屋や、見張りのための櫓に、大型のテントと。

 いかにも、ファンタジー世界風な軍駐屯地といった造りとなっていた。

 王国が普段から維持している軍は、昨今の軍縮気運にもめげずに意外と多い。

 なぜなら、仕事がない貴族の子弟たちのための救済処置となっており、軍縮がなかなか進まない現実があるからだ。

 だが、ただ数が多いだけだと無駄飯食らいのレッテルを張られてしまうので、訓練は常に厳しいものとなっている。

 一度に全軍は無理でも、こうやって交代で郊外で野外演習を行うのは王都駐留軍の恒例行事となっているそうだ。

 俺を乗せた馬車は、駐屯地内にある丸太小屋の一つの前に到着した。

 入り口に立っていた衛兵たちに促されて中に入ると、そこにはよく見知ったブランタークさんと。

 もう一人、身長が二メートルを超えたガチムチの中年のおっさんが待ち構えていた。

 しかもこのおっさん。

 筋肉の塊なのに、着ている服はローブだし、手に持っているものはもの凄く大きくてゴツイが杖である。

 つまり彼は見た目に反し、武道家や戦士ではなくて魔法使いであった。

 正直なところ、魔法を使うよりも、その杖で敵を殴り殺した方が早いタイプに見えるのだけど。

 魔法使いの格好をした戦士なんてこともなく、彼が魔法使いである事実は、ここに先に連れ込まれていたブランタークさんによって証明された。

 しかも彼は、前にちょこっと話題に出たアームストロングなる人物で、しかも王宮筆頭魔導師なのだという。

 突然の筋肉武闘派魔法使いの登場に、俺は思わず絶句してしまう。

 師匠とは、まるで正反対の位置にいる人物であったからだ。


「(王宮筆頭魔導師? この人が?)」


「(坊主が言いたいことはわかるがな。アルとはまるで真逆にいる人物だからな)」


「(王宮武芸師範ではないことはわかりましたけど、魔導師って言葉を初めて聞きます)」


 魔法使いと、なにが違うのであろうか?


「(魔導師と魔法使いとの差か。それはな……)」


 魔法使いと、魔導師との差はなにか?

 ブランタークさんによると、ただ呼び方の違いでしかないらしい。

 だが、両者には大きな差が存在している。

 魔導師とは、王国に選ばれて仕える魔法使いの中でも究極のエリートなのだそうだ。

 宮仕えに最大の意義を見出すという価値観がない人間からすれば滑稽は話だが、それでも世間から見れば魔導師ほど社会的信用が高い人間もいない。

 王国貴族でも、閣僚をしている者たちはやはり社会的信用がとても高いが、それよりもさらに一段上と考えられているからだ。

 しかも魔導師は、貴族でなくてもなることが可能だ。

 というか必ず魔法の才能が必要なので、いくら貴族でもそれがなければなれない。

 ゆえに、世間からは尊敬の目で見られるのだそうだ。

 しかも、この目の前のおっさんは王宮筆頭魔導師である。

 その地位と社会的信用の高さは、並の貴族では歯が立つものではなかった。

 たとえ見た目が、ガチムチのおっさんであったとしてもだ。


「ひょっとして、緊張しているのであるか? なあに、どうせすぐにそんなことを考える時間はなくなるのである! なぜなら、某と少年はこれから共に戦うのであるから」


「戦うのですか? 誰とです?」


「王国のさらなる発展のため、長年グレードグランドに占拠されたパルケニア草原を開放するである! 古代竜退治にも負けぬ、とても大切な仕事なのである!」


 パルケニア草原にグレードグランド。

 悲しいことに、前にたまたまエーリッヒ兄さんから事情を聞いていたので、なぜ俺たちが呼び出されたのか、まるでパズルのピースが見つかったかのように理解してしまった。

 しかしながら、今の俺を魔物との戦いに招集するのは反則のはずだ。

 なぜなら、俺はまだ十二歳で未成年なのだから。

 未成年者は、魔物が住む領域に入ってはいけない。

 だからこそ俺たちは、冒険者予備校で訓練と普通の狩りの日々なのだから。


「あのぉ……俺は未成年でして……」


 俺は未成年なのを理由に、グレードグランド討伐を断ろうと考えていた。

 そもそもあの古代竜との戦いだって、自分が乗っていた魔道飛行船ごと自分を守るために仕方なく戦ったのだから。

 正当防衛、緊急避難処置。

 言い方はなんでもいいが、初陣がアレだったので、二度目の竜退治はしばらく勘弁してほしいところだ。

 誰が好き好んで、いきなり呼び出された挙句、王命でドラゴンと戦うというのであろうか。

 少なくとも、俺はそんなマゾではない。


「その心配は、まったく無用であるぞ、少年!」


「あの……それはどういうことなのでしょうか?」


 無意味にハイテンションなおっさんは、俺が未成年でもまったく全然問題ないと言い切った。


「確かに、未成年者が魔物が住む領域に入るのはルール違反である! しかし! 少年は貴族なので問題はないのである!」


「あっ、そういうことか……」


 どうやら、一緒に参加させられるらしいブランタークさんには、なにか心当たりがあるようだ。

 一瞬だけ俺に顔を向け、『可哀想に』という表情を浮かべていた。


「少年は、バウマイスター準男爵家の当主である! 貴族は未成年でも、陛下から命令が下れば従軍しなければいけないのである! 今回のグレードグランド討伐は、陛下より王都駐留軍に命じられた軍事行動なのである!」


「……」


 ガチムチのおっさんが言うことは、王国貴族としてはもの凄く正しいことのようだ。

 まだ爵位を得たばかりの俺からすれば、青天の霹靂でもあったのだが。


「諦めろよ、坊主。俺にもお館様経由で従軍命令が出ているしな」


 可哀想に。

 ブランタークさんにもブライヒレーダー辺境伯経由で命令が届いていて、グレードグランド討伐は断れないようだ。

 

「ブランタークさんも、何気にツイてませんよね」


「坊主の不幸体質が、伝染したのかもな」


「何だろう? 冗談に聞こえないなぁ……」


「半分、本気で言っている」


「……(疫病神扱い!)」


 完全に逃げ道をなくした俺は、ブランタークさんと共に再び竜退治へと赴くこととなる。

 社命と同じく断るわけにいかず、誰か代わって欲しいと俺が願うのは、いけないことなのであろうか?

 

 それにしても、えらいおっさんに目をつけられてしまったようだ。

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