第44話 アンデッド古代竜
魔導飛行船は、内臓された巨大な魔晶石に込められた魔力をエネルギー源とし、見た目が蒸気機関のような装置と、普通の帆船と同じく帆を用いた風力によって動いている。
風力は無料だが、魔晶石に貯め込まれている魔力は適時補充しなければいけないので、それには当然コストがかかる。
そのため、魔導飛行船が経済性を最大限に考慮した航路を外れ、一番燃費のいい巡航速度を無視するということは、それらを無視しても構わない緊急事態が発生したというというわけだ。
「ブランタークさん、どうしましょうか?」
この手の緊急事態の経験がない俺は、ベテランに頼るしかなかった。
会社でも、まずは上司の判断を仰ぐのと同じだ。
「坊主、ついて来い。ブリッジに上がって船長から事情を聞く」
「あの、俺もですか?」
「いいから、来い!」
ブランタークさんに強引に手を引かれた俺は、普段は関係者以外立ち入り禁止のブリッジの入り口に到着する。
するとそこでは、十数名の貴族や大商人らしき人たちが入り口を警備する船員たちに抗議の声をあげていた。
「だから、どうして急に航路を変えたんだ?」
「なにがあったのか説明しろ!」
「こんな、魔導機関の燃費を無視した速度! なにか緊急事態でもいないとおかしいじゃないか!」
「私の口からは、なにも言えないんです……」
「では、船長を出せ!」
「説明くらいして当然じゃないか!」
業を煮やしてブリッジに押し入ろうとする彼らと、ブリッジの中から応援が出て来て数名でそれを阻止しようとする船員たち。
埒があかない状態になっていたが、彼らの目にブランタークさんの姿が入ると、一人の船員が声をかけてきた。
「ブライヒレーダー辺境伯家の筆頭お抱え魔法使いでいらっしゃる、ブランターク・リングスタット様ですよね?」
「そうだが、それが?」
「船長から、相談したい件があると」
「わかった。事態が把握できないために不安なのはわかりますが、ここは私が代表して船長からお話を聞いてきましょう。みなさんは、軽挙妄動を避けてください」
ブランタークさんは、普段俺たちに使うぞんざいな言葉ではなく、筆頭お抱え魔法使いに相応しい口調で貴族や大商人たちに話をしていた。
はっきり言って、まるで別人のようだ。
身分が身分なので、こういうこともできないといけないのであろう。
「このままでは、なにもわからないしな」
「ブランターク殿に任せるとしよう」
「ブランターク殿の言うとおりであろう」
船員たちと押し問答をしていた貴族や商人たちも、ブランタークさんが高名な魔法使いである事実を知って静かに道を開ける。
なるほど、高名な魔法使いは社会的な身分が高いようだ。
大物商人や貴族たちが、素直に言うことを聞くのだから。
「この子は俺の弟子だ。一緒でも構わんな?」
「勿論です」
なぜか俺までブリッジの中に入る許可を貰ってしまい、仕方なしにそのままブランタークさんに付いて行く。
きっと俺も魔法使いだからであろう。
魔導飛行船のブリッジは、普通の帆船と同じような位置にある。
上甲板の上にクルクル回す舵と共にあるが、高速で空を飛ぶので、全体が透明なガラス状の素材でできた半円形のドームによって守られていた。
「わざわざすみません。船長のコムゾ・フルガです」
「副長のレオポルド・ベギムです」
共に三十代後半くらいの、落ち着いた風の中年男性に挨拶をされたが、その返事もそこそこに二人はブリッジの後方を指差す。
透明なドームのおかげで後方もよく見えるが、問題はその後方に見えてはいけない……見えない方が幸せなものが見えていたことであろうか。
「ただの竜じゃないな。この船の幅とさして大きさが違わないじゃないか……」
さらに性質の悪いことに、この竜にはもう一つの特徴が存在していた。
それは、すでにこの竜には皮膚や血肉の類が一切存在しておらず、つまり骨だけで動いている竜であったという事実だ。
そんなボーンドラゴンとでも言うべき巨大な竜が、この船に迫っているという緊急事態。
なるほど、これは他の乗客たちに言えないはずだ。
乗客たちがパニックになってしまう。
「ここは、高名であるリングスタット様に……」
「あんな化け物に勝てるか」
「それは本当なのですか?」
「勝てると嘘をついてから俺が飛び出して負ける。パニックが広がると思うけどな」
勝てないものは、ハッキリと勝てないと言う。
その辺のシビアさは、さすがは元一流冒険者であった。
「ですが、このまま逃げ続けても……」
確かに船長の言うとおりで、逃げるだけではいずれ手詰まりになってしまう。
このまま燃費も無視して逃走を続けても、そのうち魔力が尽きればあの骨竜に捕まってしまうのだから。
かといって、ブランタークさんが勝ち目のない勝負を挑んでも状況は改善しないし、逆に彼が敗北するさまを見た乗客たちが混乱するだけだろう。
むしろ、ブランタークさんをけしかけた件で、余計にあの骨竜の怒りを買ってしまう可能性があったのだから。
「手がないわけでもない」
「おおっ! それはどんな作戦でしょうか?」
藁にも縋る気持ちで、船長たちはブランタークさんの回答を待つ。
「あの竜はアンデッドだ。ならば、『聖』の属性魔法で成仏させるのがいいだろう」
「なるほど。リングスタット様が、聖の魔法で成仏させるんですね」
「いや、俺は聖魔法は使えない」
聖の魔法が使える魔法使いは、かなり少ない。
いくら高位の魔法使いでも、初級や中級の魔法使いよりも習得率が高いわけではなかったからだ。
魔法使いとしての才能と習得率が比例していないため、聖の魔法が使えるだけで貴重な反面、大したことができないという魔法使いも多く、それは余計に『使える聖魔法』の使い手を減らしてもいた。
そういえば、アルフレッド師匠はなぜ俺が聖の魔法が使えるとわかり、それを指導したのであろうか?
今となっては、あの時聞いておけばよかったと後悔するのみであった。
「では、誰が聖魔法を使うのです?」
「そりゃあ、俺の弟子に決まっている」
ブランタークさんは、俺のことを弟子だと言っている。
師匠の師匠なので、孫弟子になるのだから間違いではないのであろう。
つまり……。
「えっ? 俺なんですか?」
「坊主しかいないじゃないか」
「それはそうなんですけど……」
ブランタークさんの言い分はわかる。
あの骨竜を倒すには聖魔法が必要で、それが使える俺が戦うのが理に叶っているのだと。
だが、考えても見て欲しい。
俺はまだ十二歳のガキで、実戦経験など凶暴な熊を相手にしたくらいだ。
そんな俺が、あのバカデカイ骨竜の相手をする。
無理にも程があるというものだ。
「無理ですよ! 俺はまだ魔物と戦ったことすらないのに!」
「人間、何事も初めてがあるよな」
それは事実だが、こんな初めては遠慮したい気分だ。
「どこの世界に、竜がデビュー戦の冒険者見習いがいるんですか!」
「ここにいる! というか、お前が戦わないと全員が死ぬ! 根性をすえて戦うんだ! アルフレッドなら、笑顔で『行って来ます』と言うんだがな」
「その言葉は、卑怯ですよ……」
俺にとって、師匠はその人生すべてを賭けて追いつこうと思う偉大な魔法使いであった。
彼はその才能を生かし切れないまま その若い人生を終えた。
ならば俺は、彼の分まで魔法使いとして生きる義務があるのだ。
ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターには、アルフレッド・レインフォードという偉大な師匠がいたという事実を世間に知らしめるために。
普段はチャランポランでも、ヘタレでも、我が侭でも。
決して、これだけは譲れないのだと。
「あんな骨竜、ちょっと大きな模型みたいなものですよね?」
「ああ、ちょっと材料費が高いな。カラ元気も元気のうちだ。頑張れよ」
「はい!」
こうしてブランタークさんからの発破により、俺は初の魔物との実戦がアンデット化した古代竜という、最悪のデビュー戦を迎えることとなるのであった。
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