第13話 アルフレッドの憂鬱 

「アルフレッド、君の心配は杞憂だったようだな。我が自慢の軍勢の前に、惰弱な魔物たちはもはや近づきもいないではないか」


「お館様、そうと決め付けるのはまだ早計かと思いますが……」


「いざとなれば、アルフレッドが派手な魔法で『バーン!』と吹き飛ばせば済む問題だ。それよりもだ……あの男を呼べ」


「あの男? 魔法薬問屋の従業員でしたね。ブライヒブルクにある」


「どの素材がどのような病でも治せる秘薬の材料かわからないのでな。見つからなければさらに奥に進むわけだ」


「これ以上奥に進むのは危険だと思われます」


「アルフレッド、この中で一番偉いのは誰だ? まさか君ほど敏い男が気がつかないわけもあるまい」


「……お館様の命令に従います」


「うむ。目的のものを手に入れて無事にブライヒブルクに戻ったら、君に相応の地位と報酬を与える。ワシは家臣の働きには必ず報いる男だよ」


「ところで、バウマイスター騎士爵家諸侯軍も行動を共にさせるのですか?」


「ワシとアルフレッドの会話に割り込むな!  向こうがなんと言おうと、バウマイスター卿から指揮権を預かっているのだ! 従士長風情に文句など言わせん!」


「しかしながら、彼らは魔の森の一部外縁だけでも開放されなければ、事前の話とは違うと言い始めるはずです」


「そんなもの、魔の森に兵を進める方便よ。ダニエルの病を治す魔法薬の材料さえ手に入れば、必ず連中にも大きく報いる。今は我慢してもらうしかない」


「わかりました……」


「お館様、私は他に仕事がありますのでこれで」


「うむ、もう少しの辛抱だ。アルフレッドも理解してほしい」



 子を思う父親の愛情か……。

 赤ん坊の頃に捨てられて親の顔すら知らず、子供もいない私には理解できない感情かもしれない。

 浮世草な冒険者稼業を引退して大貴族のお抱えとなってみたが、宮仕えにはまた別の苦労があるというわけだ。

 お館様は私を気に入り重用してくださるが、今回の出兵は止められなかった。

 普段のお館様は冷静な判断ができるお方なのだが、跡取りのダニエル様が不治の病に倒れてからというもの。

 その病を治せると聞けば怪しげな魔法薬を高額で購入してみたり、偽神官による高額な祈祷に大金を払ってしまったりと。

 病に倒れられている当のダニエル様や、その弟であるアマデウス様にまで諌められる始末。

 それでもお館様は、強硬にダニエル様の病を治す方法を探し続けていた。

 するとブライヒブルクで魔法薬を取り扱う問屋の主から、もしかしたら魔の森に秘薬の材料になる未知の薬草や素材があるかもしれない、という話を聞いてきた。

 そしてお館様は、それに賭けることを決断した。

 怪しげな霊水、謎の民間療法と。

 これまで藁にでも縋るかのように、ダニエル様に対し様々な治療を施してきたお館様であったが、その病状は悪化するばかり。

 ついにはダニエル様自身が、弟であるアマデウス様に『お前が跡を継ぐしかない』と常々話すくらいだったのだから。

 それでも諦められないお館様は、寄子であるバウマイスター騎士爵家に対し魔の森への道案内と援軍を要請したわけだ。

 たとえ寄親と寄子の関係とはいえ同じ貴族同士、どちらかがどちらかに命令をするなどということはあり得ない……というのは建前で、騎士爵が辺境伯に逆らえるわけがなく、わずか人口八百人ほどのバウマイスター騎士爵家は百人も兵を出す羽目になっていた。

 しかも彼らは、事あるごとにブライヒレーダー辺境伯家の家臣たちからバカにされたり、小間使いのような扱いを受けたり。

 これも小貴族の悲哀というわけだ。

「仕官しなかった方がよかったのかも……」

 実は仕事なんて大嘘で、そもそも大分時間に余裕を持たせて終わらせていた。

 一人になりたかった私は、野戦陣地の端でぼーーーっっとしていたのだ。

 すると私と同じく、ため息をつきながら考え事をしている老人が視界に入る。

 確か彼は、バウマイスター騎士爵家諸侯軍を率いる従士長だったはず。


「(あちらも悩みは多いだろうな)」


 若い働き手ばかり、百人も領地から連れ出してしまったのだから。

 もし辺境に領地があるバウマイスター騎士爵家でなければ、ブライヒレーダー辺境伯家は大いに批判されていたはずだ。


「……お悩みですかな? アルフレッド殿」


「ええ、宮仕えというのは大変ですからね」


「特に今は大変でしょう。子を思う親の気持ちが、多くの人間を死に追いやろうとしているのですから」


「……」


「答えられませんか? ですが事実でしょう。確かに魔物たちは、一度大軍によって駆逐されました。ですが、魔の森に住む魔物たちの数があんなに少数のわけがありません。すぐに反撃しなかったのは……」


「しなかったのは?」


「次は、さぞや派手な大攻勢になるでしょうな」


「あなた方には、逃げるという選択肢もありますが……」


 いくら寄子でも、バウマイスター騎士爵家の人間がブライヒレーダー辺境伯家の愚行につき合う義理はないのだから。


「いいえ、我々はここで全滅するしかないでしょう。もしブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍が全滅したのに、バウマイスター騎士爵家諸侯軍が犠牲も出さずに 撤退できたなんて事実が世間に知られたら……」


 先に逃げたとみなされたバウマイスター騎士爵家の評判は地に落ちてしまう。

 たとえ無謀な軍事作戦でも、当主の命令がなければ撤退もできない。

 そしてバウマイスター卿の命令は、この老人には届かないのだ。


「家は……最悪本家の息子の誰か……次男のヘルマンあたりが婿入りすれば残ります。本家の連中はそれを狙って、私と息子たちを死に追いやったと領民たちから疑われるでしょね」


 そこまで読めてしまうのかこの人は。

 バウマイスター騎士爵家では、その才能を生かせなかったようだ。


「その疑惑を晴らして差し上げたらいかがですか?」


「もしそれをして、機嫌を損ねたブライヒレーダー辺境伯なりその跡継ぎが商隊を送ってくれなくなれば、我が領もっと多くの犠牲が出てしまうかもしれない。今回は不運だったのでしょう」


「不運……ですか」


 立地のせいで、ブライヒレーダー辺境伯家の援助がなければ存続が難しい小貴族の悲哀というわけか。


「バウマイスター騎士爵家が将来大貴族になれればいいのですが、我が甥とその嫡男では難しいかな」


「答えいにくいですね……っ!」


「どうかしましたか?」


「どうやら、あなたが恐れていたことが起こったようです」


 突然、おびただしいほどの数の魔物の気配を感じた。

 まだ距離はだいぶ離れているが、この動きからすれば、魔物たちは我々を包囲殲滅するつもりのようだ。


「魔物のくせに知恵が回りますね」


「ブライヒレーダー辺境伯様に撤退を進言するのですか?」


「……無駄とわかっても、念のために言っておかなければ」


 ここで、お館様が退くなどあり得ない。

 ダニエル様の死病に効果がありそうな秘薬の原料が見つかるまでは、意地でも撤退するとは言わないだろう。


「私は、バウマイスター騎士爵家諸侯軍のことがあるので。では……」


 可哀想に。

 なまじ軍人としての才能があるばかりに、自分たちの末路がわかってしまうなんて……。

 しかしそれは私も同じか……。


「もしかしたら、お館様は聞き入れてくれるかもしれない」


 一縷の望みに賭け、私はお館様の元へと急いだ。


「駄目だ! ここで退いたらまた一からやり直しではないか! まだダニエルの病に効果がありそうな魔法薬の材料見つかっておらぬのだ!」


「しかしながら、迫ってくる魔物の数があまりにも多すぎます! ここは一時撤退を!」


「奥に進まねば必要なものは手に入らないのだ! 食料や水の問題もある! だいたい、最初にここに入った時には簡単に撃退できたではないか。それもあれだけの数をだ」


「魔の森の端にいる魔物と、今集結してる魔物とでは強さが違いすぎます!」


「アルフレッド! なんのためにお前を雇ったと思っているんだ! バーナードとアンサンを連れて魔物の群れを焼き払え!」


 説得は無駄だった。

 お館様は、ここで退いたらダニエル様の病を治す魔法薬の材料を手に入れられなくなると言って、意地でも撤退を認めなかったのだ。


「次の機会もありましょうに」


「ダニエルにそんな時間はないのだ!」


「……」


 そうだった。

 ダニエル様は、あと半年持てば奇跡と言われるほどの重病人だったのだ。

 ここでみんなを見捨てて、私は冒険者に戻ろうか……。

 それができる性格ならよかったのだけど…… 私も意外とお人好しだったようだ。

 二千人以上の兵士たちは、私がいなければ全滅してしまう。

 見捨てることはできなかった。


「せめて一人でも多く逃げ延びることができれば……それが私の最後の功績というやつか……師匠、クリムト……」


 さあ始めようか!

 ヘルムート王国にその魔法使いありと言われた、アルフレッド・レインフォードの最後の魔法を存分に味わわせてくれよう。




「……なぜ意識が……私が生きている? まさかな」


 私は、お館様と一人でも多くの兵士たちを逃がそうと、次々と襲いかかってくる魔物たちを次々と倒していたが、ついに力尽きたところを攻撃されて死んだはずだ。

 それなのに……そうか!


「語り死人……になったのだな」


 私には未練があったから……そしてその未練とは……。


「私の魔法を伝える弟子を探す……」


 だが、語り死人となったばかりの私はまだ体がよく動かない。

 それはそうだ。

 私の肉体はかなり壊れてしまっているのだから。

 語り死人になれば回復するが、それは再び肉体が崩壊してゾンビになってしまうスタートでもある。


「時間を有効に使わなければ……まずは動けるようになり、お館様たちの生存を確認。北上して優れた資質を持つ魔法使いを探さなければ……」


 大分北上しなければ、人が生活しているバウマイスター騎士爵領には辿り着かないし、そこに優れた資質を持つ魔法使いがいる可能性は低い。

 

「だが、もしリーグ大山脈を越えてしまえば……」


 ブライヒブルクにいる神官たちによって浄化されてしまうだろう。

 そんなことされてしまったら、私は未練を残してあの世に旅立つことになってしまう。


「まずはバウマイスター騎士爵領に辿り着く……時間がかかりそうだ」


 思ったよりも回復に時間がかかる気がしてきた。

 それに、この魔の森の中で確認しなければならないこともある。


「時間はないが、焦ることは禁物か……」


 ゾンビになるのは嫌だが、魔法を伝える弟子が見つからないことはもっと嫌だ。

 今は焦らずに、やれることからやっていくしかないな。

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