第81話 入信

「貴様何者だ!何故魔法の事を知っている!」


男達が一斉に少女に銃を向ける。

だが彼女はそんな物などお構いなしに、その顔に笑みを浮かべて中に入って来た。


「何故妾が魔法の事を知っているのか知りたいのか?ならば、力尽くで吐かせてみたらどうじゃ?」


「ガキが!殺せ!」


生意気な子供が勘に触ったのだろうか?

ローブの男が激高して叫ぶ。


「はっ!」


配下の男達が手にした銃を、一斉に少女に向けて発砲する。

だが放たれた銃弾は全て、少女の眼前でぴたりと止まってしまう。

まるで見えない壁がそこにあるかの様に。


「こんな物で、妾を傷つけられると思っておるのか?」


少女は笑いながら、更に歩みを進める。

男達は彼女から感じ取れる異様な雰囲気に、銃を撃つ事を止め後ずさった。


――幼い少女に、屈強な男達が怯えている。


そんな異常な光景に、私は息をするのも忘れて見入ってしまう。


「早く全力でこなければ、本気を出す前に死ぬ事になるぞ?妾もそこまで暇ではないからのう」


少女から濃密な殺気が放たれる。

それにあてられた他の子達は気絶し、その場に倒れ込んだ。


私はぎりぎりそれに堪える事が出来た。

多分、力を得た為だと思う。


「う……うぅぅぅぅ」


「があぁぁぁぁ!」


男達が呻き声を上げる。

筋肉が膨らみ、それに耐えきれないかの様に皮膚が弾け飛んだ。

やがてその姿は人ではなく、異形の化け物へと変貌していった。


私はその様子を黙って見つめる。


悲鳴は上げない。

何故なら、この場で最も恐れるべきなのは化け物かれらではなく、その様子を笑顔で見つめる少女なのだから。

彼女の存在に比べれば、異形の魔物など私にとって些細な存在だった。


「ぐおおおおおお!!」


「があああああ!!」


二足で立つ、鱗を持った爬虫類の様な姿になった魔物達が雄叫びを上げる。

そこに人としての知能や理性は感じられない。


只の醜い化け物。

それが私の感想だ。


リザードマン蜥蜴人間か。雑魚じゃな」


異形の姿を見て、彼女は鼻で笑う。


「調子に乗るな!あの小娘を八つ裂きにしろ!」


リザードマン達が少女に飛び掛かる。

だが――


「トカゲ如きが、王である妾に対して不敬であろう。ひれ伏せ」


突っ込んだ魔物達は突如その足を止め、ひれ伏すかの様に地面に両手を付いた。

何が起こったのかは分からない。

だが間違いなく少女の力だ。


「ぐえぇぇぇ」


「ぎゅぁぁぁぁ」


手をついていたリザードマン達の体が、上から何かに押しつぶされるかの様に地面にめり込んで行く。

そして断末魔の声を上げ、潰れて息絶えた。


「き、貴様……」


「さて、そろそろ魔法を見せてくれんかのう?妾も忙しい身じゃ。路傍の石に、これ以上時間はかけたくないのじゃがな」


「ぐ……ぐぐぐ。小娘が。いい気になるなよ。いいだろう!見せてやる!我が神より授かった至宝と!そして禁断の魔法をな!」


ローブの男が、懐から黒い球を取り出した。

彼はそれを飲み込み、怪しげな呪文を唱え始める。


「我が神よ!我の全てを捧げましょう!どうかそのお力を!」


男の体が黒く変色し、膨張する。


「!?」


急に私の体が浮かんだ。

まるで水に浮くような浮遊感。

そのまま私の体は何かに引っ張られる。


――それが少女の力だと私は直ぐに気付いた。


影響を受けていたのは私だけではなく、倒れていた子供達も運ばれる。

少女の後ろに。


「ぐおおおおおおおお!!」


男の体が周囲の者を吹き飛ばし、巨大な竜の姿へと変わっていく。

もしその場に居たら、私達は踏みつぶされていただろう。


――彼女が助けてくれたのだ。


「自らの命を供物と捧げ、ドラゴンと化したか。面白い事をするのう」


姿を見ただけで震えあがる様な巨体の化け物。

そんな化け物を見て、彼女は楽しそうに微笑んでいた。


普通なら絶望的な状況だ。

だが私には、彼女が負ける姿が想像できなかった。

むしろ胸がドキドキと、五月蠅い位に早鐘を打っている。


恐怖ではない。

彼女がどうやって目の前の化け物を倒すのか、その期待感に胸が高鳴っているのだ。


その圧倒的強者の立ち居振る舞いに、私は魅せられていた。


「があぁぁぁぁぁぁ!!」


ドラゴンが雄叫びと共に彼女に襲い掛かる。

だが少女が片手を前に翳すと、その動きは途中でピタリと止まる。


「お主口が臭いぞ?不快なので近づくでない」


ドラゴンがまるで弾かれる様に吹き飛んだ。

その巨体が壁にぶつかった事で建物が大きく揺れ、天井にまで入った亀裂から瓦礫が崩れ落ちて来る。


私や気絶している子供達の頭上にも、それは容赦なく降り注ぐ。

だがそれらは見えないバリアーの様な物で全て弾かれてしまった。

また彼女が私達を守ってくれたのだろう。


「ふむ、折角だ。あの力を試してみるか」


少女がそう呟くと、急にその体が大きく膨らんでいく。

幼かった少女の姿は、筋肉質な、それでいて女性的な丸味を持った褐色肌の女性へと変貌する。


その額には二本の角が生え、それは人とは異なる異形なる姿だった。

だが先程殺された魔物とも、目の前の巨大なドラゴンとも違う。


――美しい。


圧倒的な強者として全てを見下すその瞳。

暴れるだけの獣とは違った理知を持ちながら、その傲慢なまでの不遜なたたずまいに、私は絶対者たる王を見た。


「さて、では一撃で終わらせてやろう」


彼女が右手を前に突き出すと、手の中から剣が現れた。

血の様に真っ赤な刀身をした、人の身の丈程もある大剣。


彼女はそれを握ると――


「滅びよ!終焉の刃ジ・エンド!」


――剣を力強く突き出した。


そこから赤い――言葉では形容しがたい何かが噴き出し、嵐となってドラゴンを襲う。


轟音が響き、再び建物が揺れる。

それは先ほどの比ではない。

圧倒的な力で、私の視界に映る全てが消し飛んでいく。


私は腕の痛みなど忘れ、目の前で起こっている事をしっかりとその目に――魂に焼き付けた。

その美しいまでの、圧倒的な破壊を。


「さて――」


夕日が周囲を照らす。

建物は大きく吹き飛び、巨大なドラゴンは塵一つ残さず消滅していた。


彼女は振り返り、私の前に立った。

その自信に満ちた美しい顔を、逆光に目を細めて見上げる。


「妾の殺気を受けて気絶しないとは、中々見どころがあるのう。それに能力ギフトにも目覚めておる様じゃな。お主、名は何という?」


「イバーキ・ケイ……です」


「イバーキ・ケイか。少し呼びにくいの。よし、今日からお主は茨城恵子いばらきけいこじゃ。その名を持って妾に仕えよ。良いな?」


「はい」


圧倒的な力と、その自信に満ち溢れた美しさに魅了されていた私に迷いはなかった。


この日、荒木真央様は私の王に――いや、神になったのだ。

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