第79話 殺し
「初めまして王喜さん。案内人の中村といいます」
目的地。
魔物の住処とやらから少し距離のある場所でバギーは止まり、一人の男が合流してきた。
金色に髪を染めた――アジア人顔なので地毛ではないだろう――軽薄そうな男だ。
「問題がないようなら早速向かいましょう」
そいつに案内され、俺達は木立の連なる丘を徒歩で移動する。
バギーから降りたのは見つからない様にするためだろう。
こそこそするのは性に合わないが、これも仕事だと割り切って黙って俺はそれに従う。
しばらく進んだ所で、急に中村が身を伏せて俺達にも同じ事を求めた。
「奴らの拠点です」
奴は低い姿勢から、遠くを指さす。
「あそこがか?本当にあんな場所に魔物とやらがいるのか?」
目を凝らすと、大きな建物が見えた。
立派とはいいがたいが、ある程度しっかりした造りに見える。
とても魔物の住処とやらには見えないのだが……
「どうぞ」
中村から双眼鏡を渡されたので、それを覗き込む。
建物の周囲を、銃を持った奴らがうろついている。
もちろん魔物などではなく、普通の人間だ。
「周囲の人間は、全て魔物ですよ」
「言っている意味が分からんな?」
どこからどう見ても人間にしか見えない。
二人して俺を担いでいるのだろうか?
だが何のために?
理解不能すぎる。
「そのままの意味よ。人の様な姿をしているけど、あれは仮の姿。彼らはとっくに人間を捨ててしまっているわ」
「人間を捨てた?」
「すぐにわかるわ。私が先に仕掛けるから、後から付いてきなさい」
そういうと、茨城の体が急に地面に沈む。
正確にはその足元の影の中に。
茨城の
それは影を操る能力だった。
しかも影を自在に操るだけではなく、その中に潜んで移動する事さえも出来た。
まさに隠密行動向けの能力と言っていいだろう。
「ふん、いいだろう」
俺の返事と共に、彼女の影が移動する。
本体がないにもかかわらず何故影が存在できるのかは謎だが、まあギフトは物理現象を無視する能力なので気にしても仕方がない。
俺は少し離れる形でその後に続いた。
「なにも――」
影に潜んでいる茨城はともかく、迷彩服を着ているだけ――途中で着替えさせられた――の俺は、当然ある程度近づいた所で見張りに気付かれてしまう。
だがそいつが何かするよりも早く、茨城の潜んだ陰から伸びた――影で出来た黒い――針が男の頭部と胸元を貫いた。
「容赦ないな……」
それを見て思わず俺は呟く。
人が死ぬのを見るのは初めての事だ。
ましてやそれを行ったのが知り合いで、自分も同じ事をしなければならないのかと考えると少々憂鬱になる。
「よく見なさい」
死体から目をそらしていると、影の中から茨城に注意される。
大穴の開いた遺体などあまり見たくはないのだが、今の俺は彼女の配下だ。
仕方がなくその指示に従う。
「――っ!?これは!?」
死んだ人間の死体。
その筈だった物が形を変え、まるで蟻の様な姿に代わる。
「本当に……魔物だってのか……」
「言ったでしょ。魔物だって」
やがてその魔物の体はぐずぐずに溶けて消えていった。
「悪い夢でも見ている気分だ」
だが、お陰で気兼ねなく敵を殲滅出来る。
こいつらを殺しても、人殺しにはならないからな。
「行くわよ」
茨城の入った影が音もなく動き出す。
俺もその後に続いた。
「侵入者だ!!」
俺の姿を見つけた男が声を上げる。
だが次の瞬間には、茨城の針で串刺しになって崩れ落ちる。
だが今度は周りの奴らに異変を察知されてしまった様だ。
まあ大声で叫ばれたのだから、当然の事ではあるが。
「ワラワラ寄ってきやがる」
「彼らの相手は貴方がして。私はあの建物の中に向かうわ」
影が一番大きな建物を指すと、茨城はそのまま行ってしまった。
俺をいきなりおいて行くとか。全くとんでもない女だ。
「撃て撃て!」
寄って来た男達が、此方に向かって銃を乱射する。
当然そんな物は通用しない。
俺の肉体を覆うプラーナが、奴らの豆でっぽうを弾く。
「俺を舐めて貰っては困るな」
「く!こいつ能力者だ!仕方ない!」
男達がもう用無しとばかりに、手にしていた銃を投げ捨てた。
一見すれば、それは降伏行動の様にも見える。
実際、さっきのアレを見ていなかったら俺もそう勘違いしていただろう。
だが――
「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
目の前の男達の皮膚が裂け、中から硬質的な黒い表皮が姿を現わした。
更にわき腹から腕が二本追加され、顏も触角をもった黒い物へと変貌していく。
先ほど見た物と同じ。
蟻の化け物だ。
彼らは地に手を突き、雄叫びを上げながら物凄い勢いで突っ込んできた。
――人とは思えない様な速度。
だが天才である俺の敵ではない。
「ふ……消えろ雑魚ども!」
俺の足元から、尖った杭の様な物が地面から突き出す。
茨城の針と同じ様な要領だ。
但し数は違う。
地面から咲いた剣山は、突っ込んできた魔物達を瞬く間に串刺しにした。
そしてその地獄絵図ともいうべき様を見て、俺は確信する。
自らが天才であると。
「そう……俺は――うっぷ……おええぇぇ……」
格好よく決めようとして、思わず吐いてしまった。
魔物を倒しただけだというのに、何だと言うんだ。
相手は人間ではない。
魔物だぞ?
だが血の気が引き、手の震えが止まってくれない。
「くそっ……」
情けない。
俺は震える体を引きずる様に、茨城の向かった建物へと向かう。
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