第77話 理不尽

私の生まれた村は貧しい場所だった。

満足する程の食事を摂れずにお腹を空かす事も多かったし、物心ついた頃には仕事を手伝わされていた。


教育なんてものは、村で生きていくための最低限だけを周囲から与えられる状態。

当然、そこに学校なんて物はなかった。


何もない。

ないない尽くしの厳しい生活。

だが私には、その生活に対する大きな不満は無かった。


それ以外を知らなかったというのもあるが、そこには笑顔があったからだ。


何もかも足りないから、そうしないと生きていけないから、だからこそ村全体で支え合う。

そこにあるのは、間違いなく家族としての輪だ。


決して楽な生活ではなかったが、そこには確かに笑顔があった。


だから私はその生活に大きな不満は無かったし、幸せだった。


だがそんな幸せも、ある日突然終わりがやって来る。


それは夕食時の事だった。

村では、夕食は皆で集まって食べるのだ。


父親達が仕留めた獲物を捌き。

母親達がそれで料理を作り。

私達子供がそれを運ぶ。


さあ食事を――となった所で、そいつらは現れた。


手には黒い物を握って。


パーンと乾いた音が響き、突然私の横で父が倒れた。

何が起こったのか分からず私が呆然としていると、乾いた音は何度も鳴り響き。

その度に大人達が倒れる。


本当に、何が起こっていたのか分からなかった。

私は唯々、目の前で起こっている事が理解できず――そして、近づいてきた男に殴られて意識を失った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「夢……」


ジェット機の機体が揺れた事で、私は目を覚ます。


「トウタン……」


のぞき窓から見える外の景色。

それを見て、私は小さく呟いた。


――ここは私の生まれ故郷。


全てを失ったあの日から6年。

私はかつての故郷に帰って来た。

仕事のために。


「降りるわよ」


同乗者に声をかけ、私はジェット機から降りた。

ここからはバギーに乗って移動する。


「どこだここは?」


同乗者ばかが口を開く。

教えた所でこの男が知っているとは到底思えないが、無視するのもあれなので答えてやる。


「日本の南西にある、トウタンという小さな国よ」


「知らんな」


でしょうね。

むしろ知っている国の名前を挙げて欲しいくらいだ。

きっと知ってる数より、知らない数の方が遥かに多い事だろう。


「ここが目的地なのか?」


「まだよ。目的地へはここからバギーに乗って向かうわ」


バギーに乗って、ここから更に6時間ほどの場所が目的地だ。

敢えて時間は伝えない。

伝えると、ぐちぐち不満を言って来るのは目に見えていたから。


「バギーか。乗り心地は悪そうだな」


「我慢しなさい。仕事の為よ」


「いいだろう」


まさか乗り物自体に文句をつけて来るとは……イラっとしてついに睨みつけてしまったが、本人はどこ吹く風だ。

この男は自分の立場がちゃんと分かっているのだろうか?


こんなオツムの弱い男に力があるというのだから、世の中は理不尽だ。


私にもっと力さえあれば……


まあ嫉妬しても仕方がない。

私は私の仕事をするだけだ。


全てはあの方の為に。

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