第75話 狂信者

「俺を見張ってたみたいだけど……あんたら何者だ?」


仮面をつけている様な奴に聞いても無駄だとは思うが、一応聞いてみる。


因みに俺は一々名乗らない

学園から後をつけて来た時点で、間違いなく此方の素性は知っているだろうからな。


「私は偉大なる神の信徒にして、世界を導く者の一人だ」


「世界を導く?宗教家か?」


宗教を啓蒙する輩は、大体2パターンに分かれると俺は思っている。

凄く敬虔な人物か。

とんでもない狂信者かだ。


魔物なんて物を従えているこいつは、間違いなく後者だろう。


しかし魔法といい。

魔物といい。

一般的に知られていなかっただけで、どうやらこの世界にもちゃんと存在していた様だ。


「その様な低俗な呼び方はしないで貰いたい。我ら創世ジェネシスはただの夢想家でなく、真に世界を導く者だ」


創世ジェネシスか……確か、世界を生み出すとかそう意味だったはず。

うさん臭さが倍増する名前もいい所だ。


そもそも新たな世界を生み出すって事は、裏を返せば今ある世界を滅茶苦茶にするって事でもある。

そんな物を標榜している以上、やはり危険思想の集団と考えて間違いないだろう。


創世ジェネシスねぇ……それで、その世界を導く者が俺になんの様だ?魔法の事か?」


ぱっと思いつくのは魔法関連だった。

あいつは最初に報告通りと言っている。

つまり、俺が魔法を使う事を知っていたという事だ。


魔法の事は理沙にしか話していないが、彼女が情報源である可能性はないだろう。

ペラペラ人の秘密をしゃべるような口の軽い奴じゃないからな。


となると……やはり闘祭か……


荒木真央との決勝戦で、俺は魔法を使っている。

煙幕で隠していたとはいえ、魔法を扱える者なら近くで発動すれば容易く感知できてしまう。


人込みならともかく、武舞台には俺しかたっていなかった――荒木は空を飛んでた――以上、俺が魔法を使ったのはモロバレだ。


つまり、情報源は闘祭の観客の誰かという事になる。

そうなると、特定するのはまず無理だな


まあわざわざ探す事を考える必要はなか。

何故なら――目の前の男をボコボコにして吐かせればいいだけだし、な。


「ほう、察しがいいな。貴様、神の御業たる魔法をどこで身に着けた?」


「生まれつきさ。天才なもんでね」


「ふん、どうやら真面に答える気はなさそうだな。どうやって手に入れたのかは少々気になる所だが、貴様の様なけがれた輩が我が物顔で神の力を行使するのは我慢ならん。ここで死んでもらおう」


穢れとか流石に心外だな。

清廉潔白を謳うつもりはないが、魔物を引き連れているような奴に汚れた奴呼ばわりされる謂れはない。


男の殺気に反応するかの様に、軽快な動きでオーク共が俺の周囲を囲う。

オークは人より二回りは大きな巨体をしており、豚の様な頭部を持つ魔物だ。

その手には逆L字型の鉈が握られていた。


「ぎゅおおおおぉぉ!!」


何とも言えい奇妙な雄叫びを上げ、俺を取り囲んだオーク達が一斉に切りかかってくる。


奴等はでっぷりと太った腹部から一見鈍重そうなイメージを受けるが、そんな事は全くなかった。

むしろ人間などよりも余程軽快に動く。

その上パワーや生命力も高いため、雑魚っぽい見た目に反し、魔物としてはかなり上位に分類されている。


直接見た事はないが、聞いた話だとオークの集団はドラゴンすらも狩るそうだ。


ま、それでも流石に俺の敵じゃないけど。


鉈を手で捌き、抜き手で奴らの腹を次々とぶち抜いてやる。

如何に強靭な魔物とは言え、腹に人間の拳大の穴が開いてしまえば戦闘不能だ。

心臓や頭を狙えば即死させる事も出来たのだが、少し気になる事があったので殺すのは止めておいた。


「さて、残すはお前さんだけだぜ」


「……」


男は返事を返さず、黙って俺を見つめている。

その瞳に怯えはない。

今の俺の動きを見ても、勝つ自信があるという事だろう。


まあそれよりも――


「ところで一つ聞くけど。こいつら、人間だよな?」


俺をつけていた奴らの気配は、いきなり消えてしまっている。

そしてそれと入れ替わる様に現れた魔物の気配。

その数は消えた人間の数と全く同じだった。


なら考えられる答えは一つだろう。


周囲で腹を押さえて蹲る魔物オーク達は、人間だという事だ。

まあこの状態から人間に戻れるのかは知らないので――元人間と評した方がいいのかもしれないが。


「彼らは人ではない。我らが神に全てを捧げ、人を捨てた殉教者だ。人間などという下らない括りで纏めるのは止めて貰おうか」


人を捨てた……ね。

って事は、やっぱり元には戻れないわけか。


俺も強くなるためなら、どちらかと言えば手段を択ばない方ではある。

だが流石に人間を止めて不細工な魔物になる気にはならない。

その辺りの螺子セーフティーが外れてる辺り、完全に狂信者の集団だな。

こいつらは。


「殉職者ねぇ……まあ何にせよ。お前さん達には聞きたい事が色々とある。ボコボコにして――ん?殉職者?」


殉職って、確か死んだ奴らの事を刺すよな?

周りの奴らは、魔物になってはいるものの別に死んではいない。


「おいおい……トロールかよ……」


腹をぶち抜いたはずのオーク達が次々と立ち上がってくる。

その腹部に空いた深い傷は殆どが癒えている状態だ。


その回復速度は、まるでトロールと呼ばれる魔物の様だった。

奴等は腕をもいでも、物の数十秒で再生する程の回復能力を持つ。

当然オークにはそこまでの回復力などない訳だが……


まあ人から変異した魔物を、異世界の魔物と同じだと思うのが間違いか。


「さあ!捧げるのだ!」


仮面の男が上空高く飛びあがり、声高に叫ぶ。

起き上って来たオーク達は鉈を捨て、自分の胸元に手を突っ込んだ。


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


そして引っ張り出す。


真っ赤にうごめく自らの心臓を。


「やべっ!」


取り出された心臓は、大気に触れた瞬間赤い光を放ちだした。

それは危険な色だ。

そしてそこに込められたエネルギーから、それが自爆だという事を俺は察する。


回避は無理だな――


全身にプラーナを巡らせ、その上から闘気で覆ってガードする。

次の瞬間赤い閃光が炸裂し、全身に強い衝撃が走った。


「おおっと」


吹き飛ばされない様、俺は足を踏ん張りそれに耐える。

だが急に全身を浮遊感が襲う。


どうやら衝撃で床が抜けてしまった様だ。

俺は階下の駐車場へと着地し、上から落ちて来る瓦礫を回避する。


幸い下の階に人の気配はなかったので、救助を気にする必要はなかった。

流石にここの床まで抜けていたら、そうはいかなかっただろうが。


「ったく、いきなり爆発すんなよな……あと、いい逃げ足してやがる」


仮面の男の気配は既にない。

俺を倒せないと見て、速攻で気配を消して逃げ出してしまった様だ。


「なんだかなぁ……」


オークは自爆して全滅。

仮面の男には逃げられ。

駐車場の屋上は倒壊。


別に戦いで負けたわけではないが、流石に少しモヤっとする。


「ま、しょうがない」


今回の件は何かとイレギュラー尽くしだ。

こういう時もあるさと切り替え、俺はとっととその場を後にした。


ここにいると、俺が爆破したと疑われかねないからな。

色々と面倒くさい事になりそうなので、こういう時はとっととおさらばするに限る。


「そういうのは先に言え!」


ショッピングモールの外で理沙と合流して――気配を探って見つけ出した――事情を説明すると、いきなりぶん殴られてしまった。

どうやら心配させてしまった様だ。


まあいきなりいなくなって、挙句に大爆発だからな。

当たり前っちゃ当たり前か。


俺の強さを信頼してくれているとは思うが、それと心配しない事は別物だ。

俺は素直に手を合わせて理沙に謝った。


「悪い!」


「ったく。今回だけだぞ。今度買い物に来る時は、竜也に奢って貰うからな」


「ああ、任せとけ」


駐車場で爆発があった以上、今日の買い物はこれまでだ。

穴埋めという訳ではないが、次に来るときは飯だけじゃなく、理沙の要望の物を買ってやるとしよう。


混乱の中。

何食わぬ顔で俺達は学園に帰ったわけだが、俺は大事な事を忘れていた。


――腕に着けてるバンドの存在を。


これの位置情報のせいで、俺がかかわってる事が見事にばれてしまう。

お陰で、荒木真央に後々呼び出しを食らう羽目になってしまった。


なんというか……今回は下手打った感が本当に凄い。

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