第49話 言語チート

「よ!ストリーキンッ――グェッ!?」


清々しい朝。

泰三の言葉を遮り、無言で挨拶こぶしを叩きつける。

何度もぶん殴られてるってのに、本当に学習しない奴だ


「くっ!朝っぱらからそれが親友にする事か!」


「朝一で人の悪口を言おうとしてるお前に言われたくねぇ」


「俺は偉大なキングを称えようとだな……つか、お前の正式な二つ名なんだからもう諦めろよな!」


「陰で言う分には構わんが、正面から揶揄からかうのは許さん」


一度広がった二つ名わるぐちを消すのは難しい。

だから陰で言われるのは仕方ないと諦めている。

だが、正面から揶揄って来るのなら話は別だ。


これまで何人かの生徒に、俺は男女関係なく鉄拳制裁をお見舞いしている。

まあ女子でそれを俺に堂々と言ってきたのは、新聞部の上田位の物だが――取材と称して揶揄ってきたので遠慮なくぶん殴った。


「おっはよう!原田っちにキング」


教室に入って来た空条が、ニコニコと手を上げる。

ストリーが付いていないので、ギリギリセーフだ。


まあそもそも彼女に俺を揶揄う意図はない。

単に呼びやすい渾名として言ってるだけだからな。


「なんだ。また鏡をからかったのか?」


続いて岡部が入って来る。

泰三の頭の瘤で、何があったのか察した様だった。

俺達は同じ寮で生活してはいるが、朝待ち合わせして校舎に向かうなんて気持ち悪い事はしていないので、登校時間は基本バラバラだ。


「ふん!俺は暴力には屈しねぇ!友として真実を告げる事こそ、俺の使命だ!」


泰三が胸を張り、フンスと荒く鼻息を噴き出す。

言葉だけ聞けば素晴らしいが、内容が只の悪口の慣行かんこうなので行動と全く釣り合っていない。

取り敢えずもう一発ぶん殴って、黙らせておく。


「ぷぎゅう」


「自業自得だな」


岡部がグロッキー状態の泰三の襟首を掴み、席に引きずって行く。

時計を見ると、じき予鈴がなる時刻だった。


「よっす」


予鈴が鳴る。

と同時に教室に滑り込んできた理沙が、軽く挨拶して俺の隣に座る。

彼女は朝の飼育があるので、やってくるのはいつもギリギリだ。


「毎日熱心なこった」


「手伝いに来てもいいんだぜ?そしたら私も余裕持って登校できるし」


「嘘つけよ。余裕があっても、どうせギリギリまで世話する癖に」


「へへへ、まあな」


理沙は本当に動物好きだ。

毎日勉強しつつ――獣医師になる為の――学校で飼われている動物達の世話まで頑張っていた。


目標を持って充実した生活を送るその姿は素晴らしい。

理沙を見ていると、俺も負けてられないと言う気分になって奮い立つ。


――大会優勝から一か月。


あれからも、俺は毎日厳しい訓練を自らに課している。

荒木真央との勝負は俺の勝利に終わっているが、それが完全に実力による物かと言われると、正直運が良かっただけというのが本音だった。


奴が俺の強化魔法を待つ事なく、アレを落としていたら――


地中に潜めた髪の毛にもう少し早く気づかれたいたら――


それ以前に、大技の後奴が地上に下りて来なかったら――


そう考えると、本当に運が良かったとしか言いようがない。

そしてもう一度戦えば、その時は間違いなく俺が負けるだろう。

悔しいが、奴と俺の間には大きな実力差が開いていると言わざるを得なかった。


今の俺の持つ学園最強の肩書は、所詮張りぼてに等しい。

だから強くなる。

肩書を恥じないで済む様――荒木真央より強くなって見せる。


「皆、席についてね」


桜先生が教室に入って来て、背後に委員長と宇佐田が続く。

その両手には、大量の小冊子の様な物が抱えられている。

二人がまだ来ていないとは思っていたが、どうやら先生の手伝いをしていた様だ。


教壇に冊子を置き、二人は自分の席に向かう。

委員長はわざわざ席に着いてから、起立、礼、着席を行なった。

相変わらず生真面目な事だ。


俺や泰三なら、わざわざ席には座らず起立をやっていた事だろう。


「それじゃ、今から冊子を配るわ」


前の席から、桜先生の配った小冊子が回されてくる。

その表紙には、優しいギリシア語講座と書かれていた。


「桜ちゃん。これ何?」


「はい、良い質問です」


泰三の質問に、桜先生がパンと手を叩いた。

これは話をちゃんと聞く様にの合図だ。

この学園に編入してから結構立つので、そろそろ俺もその辺りは理解できている。


「実は来週から1か月間、ギリシアから短期留学生がこのクラスにやってきます」


「え!マジで!?」


「ええ。留学生の子達は日本語を学習して来るそうだけど、円滑なコミュニケーションの為に、皆にも最低限のギリシア語を頭に入れておいて欲しいの。これから一週間はその小冊子を使っての授業があるから、くれぐれも無くさない様に」


留学生か……わざわざこの学園にやって来ると言う事は、そいつらも能力者なのだろう。

一体どんな奴らがやって来るんだろうか?


「なあ、留学とかって多いのか?」


「いや、あたしの知る限り初めてだよ」


頻繁に交換留学でもやってるのかと思い横の理沙に尋ねるが、彼女も初めてだと言う。

まあここは普通の学校とは違うので、留学なんてポンポンある訳ないか。


「さて。これからギリシア語の授業をする訳だけど、この中に少しでも喋れる人っているかしら?」


英語や中国語ならともかく、ギリシア語を齧っている人間と言われると……

当然桜先生の言葉に、クラスメート達の中で反応する者はいない。

俺は配られた冊子をペラペラとめくって確認し、それから手を上げた。


「鏡君ギリシア語が出来るの!?」


桜先生が驚く。

恐らく話せる人間がいるとは思ってなかったのだろう。

まあだったら、なんで聞いたんだって話ではあるが。


「ええ、まあ」


「おいおい竜也、英語じゃねーんだぞ?」


勿論分かっている。

だが問題ない。


俺は異世界に転生した際、言語に関するチート能力を女神様から与えられている。

この能力がないと、転生して直ぐ詰む事になるからな。

そしてその力はこの世界の言語でも有効だ。


さっき小冊子の中身に目を通したが、書かれている文字をハッキリと読む事が出来た。


「疑う訳じゃないけど、確認させて貰うわね。ティーカネテ(お元気ですか)」


桜先生は冊子を開き、たどたどしく言葉を口にする。

どうやら彼女もギリシア語が堪能という訳ではない様だ。

まあ日本人なのだから、馴染みのない国の言葉は当たり前か。


「元気です――カラ、エフカリストー」


俺の言葉が勝手に変換され、周囲の人間にはギリシア語として伝わる。


「あってます…………では、今日からギリシア語の授業は鏡君にお願いしますね。先生も手伝いますから」


桜先生は助かったと言わんばかりに、にっこりと微笑む。

まあ知らない言葉を教えるのが難しいのは分かる……だがそれでいいのだろうか?

まあ千堂先生の様に投げっぱなしにしないだけましか。


「お前凄いな!?」


理沙がバンバンと俺の背中を叩く。


「まあな」


まあいってしまえばズルに当たる訳だが、俺の能力には違いないので、胸を張ってドヤ顔しておいた。

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