大公事件(6/6)

約束

 焼き切れた魔術装置に白煙が纏わり付き、辺りは薄い靄に霞んでいた。風通りが少なく、青臭い刺激臭が辺りを埋めている。時折の火花と小さく爆ぜる音、それに混じって呻き声がする。

 ラエルの声だ。

 エレインはクランにキャスロードを預け、ひと睨みして駆けて行った。顔を押さえて蹲るラエルの前にしゃがみ込む。声を掛け、具合を診る。両目を覆った指の隙間に、血が滲んでいた。

 ラルクは影の黒い霧に触れたせいで、両手が痺れて儘ならない様子だ。それでも、部屋の奥の大公を確かめる。割れた硝子管に身体を埋めたまま、カーディフは動かなかった。

 ラルクはクランに目遣ると、小さく首を振った。ラエルの呻きに顔を上げ、ラルクは介抱の手伝いにエレインの傍に行った。半身を引き摺るようにしているのも、消えた影の置き土産だろう。

 クランはキャスロードを抱えたまま、部屋の隅に蹲っていた。幼い王女は強くしがみついたまま、手を放さない。立つと、そのままぶら下がりそうだ。ラエルには悪いが、しばらく動けない。

 クランは王女の髪を撫でながら、ぼんやりと思案する。

 皆が得られるのは、処罰か、褒章か。例え大公の遺体を深淵に放り込んでも、この状況を隠し通すのは難しい。当人は本望かも知れないが、残された皆は禁忌に触れすぎた。

 因果なことに、この娘もそうだ。望みもしない王印は、これからも敵を呼び寄せるだろう。クランは王女に目を遣やって、そっと頬に触れた。俺はいつまでこの血族に付き合うのだろう。

「そうだな、もし今度、またこんな目にあったら」

 あやすように話し掛けると、見上げる表情が見る間に不安に曇った。その変化があまりに早くて、クランは思わず吹き出しそうになった。こっそりエレインを窺ってから、口早に囁く。

「助けに行くから、泣くんじゃない」

 大きな目から零れ落ちそうな涙を、慌てて拭った。ひとつ、ふたつ啜り上げるキャスロードが落ち着くのを待って、クランは誰にも内緒だと言い聞かせるように、そっと辺りを伺って見せた。蒼い螺鈿の瞳を覗き込む。

「頑張って、頑張って、頑張って、絶対に褒めて貰えると思ったら、本当の名前で俺を呼べ、一度きりだぞ、忘れるな」

 顔を寄せ、クランは耳許にその名を囁いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る