宮廷講義(3/6)

国家の歴史

 教壇に立つや早々に、クラン・クラインはやる気をなくしていた。

「さて、何を話したものかな」

 マリエルは早くも欠伸を噛み殺し、コルベットは机に突っ伏してにやにやと笑っている。キャスロードといえば相変わらず、悪戯者と対峙した子犬みたいにクランを威嚇して唸っていた。

「この国のことでよろしい、第二史学に相応しい講義にしなさい」

 そも、第二史学とは何かはさて置き、講義室の後ろから、パルディオが大きな穴の開いた助け舟を出した。キャスロードの手前、余計なことを喋らず適当に済ませろ、とは流石に言わない。

「仰せのままに」

 観念したように両手を上げて、クランは生徒に向き直った。積まれた教本を上から開いて、端から順に読み上げる。これで給与が貰えるのなら、と割り切ったようだ。


 リースタン、正確にはリースタン直轄領は、大陸北部の大円孔全域を占めている。その王都ワーデンはリースタンの歴史そのものだ。市環都市の名が表す通り、拡がる街の外周に、絶えず年輪の如く市壁が建造され続けている。

 市壁と共に、この国の歴史は積み重ねられた来た、とクランの棒読み感は半端ない。


 王都ワーデンの中心は、大リースタン湖の南端に築かれた旧王城である。建国八〇〇年の治世を経て、旧王城を中心点に、六つの市環が年輪を描いている。ラスワード王家がある限りこの、

 止めた息を吐き出すように、そこまで読んで、不意にクランは教本から顔を上げた。


 大リースタン湖の別名を、奈落の蒼天と呼ぶのだけれど、理由は面倒この上ないから、機会があれば教えよう。ワーデンの市環は六つとあるが、知っての通り、これは嘘だ。現状、七つが正しい。

 古城壁ゼムス宮廷環アルフは城壁として数えないが、第一市環オーデン第二市環ガウス、その次は第三市環跡アウグ=ラダだ。これを入れると七つになる。だいたい、第四市環レムスまでが内環と呼ばれている。

 ちなみに、護封庁が粛々と管理する 古城壁ゼムスが荒れて見えるのは、遺跡観光の為でなく、内側を防御する形だからだ。それが何故かは言わないでおこう。きっと眠れなくなるからな。


「クラン・クライン」

 飽きて調子を取り戻したクランに、パルディオが声を張り上げた。

 驚いたマリエルが慌てて背筋を伸ばした。コルベットは興味と不信を半々にクランの講義を聴いている。キャスロードは変わらず噛み付きそうな顔をしていたが、好奇心に頬が赤らんでいた。


 ええと。

 現存する市環は内側から順に、第一市環オーデン第二市環ガウス第四市環レムス第五市環クラド第六市環カクタス第七市環ルウム。市環の幅はほぼ一定だが、第二市環ガウス第四市環レムス間のみ他の二倍ある。

 市環の両端は湖に接し、用水を循環、濾過している。壁塔ごとに浄水施設があり、循環、配水、浄水を行っている。上下水道は埋設されているが、内環は今も上水の水道橋を兼ねている。

 市環の建造は国家の一〇〇年事業だ。土木魔術の修練場として、大きな意味を持っている。魔術はリースタンの国威であり財源だ。この事業により、リースタンの魔術は常に先端を行く。


「まあ、巨人ギガスと争うマグナフォルツに取り入って、戦魔術に血道を上げているが」

 クランは小馬鹿にしたように掌を払った。

「長い目で見れば、安定して稼げるのは土木魔術だ」

 クランの補足にコルベットが手を上げた。

「先生、戦魔術は稼げませんか」

 クランは小さく肩を竦めて、コルベットに向かって頷いて見せた。

「戦魔術は短期で稼げる、ただし、いずれ古巨人カルティベータが相手になれば、現代魔術の出番はないし、人間相手なら、なおさらだ」

「人の戦には、だめですか」

「顧客を削る商売だからな、先がないのは目に見えている」

 コルベットが、むふう、と鼻息を吹いた。その遣り取りを横目に眺めて、キャスロードは少し焦ったような顔をしている。ぱん、とパルディオが掌を鳴らした。

「脱線するな、クラン・クライン」

「そうだ、脱線は許さん」

 キャスロードが同意の声を上げる。パルディオが、おお、と嘆息を洩らした。

第三市環跡アウグ=ラダは竜と巨人に壊されたのだ、数えるのはおかしい」

 そのままクランに噛み付いた。パルディオの頸が、かくんと落ちた。今その話ですか王女殿下、と潤んだ視線が訴えている。勿論、キャスロードは気づきもしない。

「魔竜戦争の話は面倒だから他で教えて貰え」

 クランは面倒くさそうに、ひらひらと手を振る。

「殿下、それには諸説が」

 消え入りそうに挿んだパルディオの声は、やはりキャスロードには届かない。クランの態度が癇に障ったのか、キャスロードはいっそういきり立っている。

「コルベットには答えたではないか、贔屓は許さん」

「なら、先生と呼べ」

 キャスロードは耳から湯気を吹かんばかりに真っ赤になった。どうやら、それだけは譲れないらしい。

「ぜ・っ・た・い・に、嫌だ」

 クランとキャスロードが子供のように言い争い、パルディオは俯いたまま何事かぶつぶつと呟いている。


 当然の如く、講義はそこで中断してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る