依頼がきました

 異常気象に感謝しなくてはならない。メールを確認すれば、この暑さのお蔭で需要が高まったと思われる《水トカゲのよだれ》の収集依頼だった。


 ーーー四方山メイジさま。先日、《月写しの清水》を「メルオク」にて注文させていただきました

 忍’s☆hartというものです。

 前回の商品、無事届きました。発送も早く、大変高品質で、満足です。ありがとうございました♫

 澄んだ夜色のガラス瓶がとても落ち着いた雰囲気で、本当に魔法のアイテムみたいですーーー


「本当に魔法のアイテムなんじゃが……」

 フギンはスマートフォンの液晶を食い入るように見ていたが、気になる所でこちらを振り返る。

「本当に魔法のアイテムなんだけどね……」


 メイジのメルオクのHOME画面には「国家試験をパスした資格(とんがり帽子)持ちです」と「本格」と謳ったコピーを配置しているのだが、フレーバーテキストだと受け取るお客も少なからず居た。


 魔法というものは現代の生活にすっかり根付いているし、インフラや公共事業にも魔法が介在する事はもはや当たり前の常識だ。しかし、「魔法使い」という家業で飯を喰っている人はまだ少ない。なぜならば魔法を使うのは遺伝的な素質が大きく関わっていて、実数がそれほど多くないからだ。


 SNSの普及や魔法使いタレントの露出で、ようやく社会の表舞台に出る機会が増えてきたが、このお客さんーー忍’s☆hartさん(HNのセンスには触れないでおこう)ーーには、「ファンタジックな世界観のなりきり店」だと思われたらしい。メイジがすいすいと画面をスクロールさせると、続きの文章が下から現れた。



 ーーーその瓶の中で月の魔力の粒がキラキラと金色に光っていてとてもキレイです★ サイズ感も、部屋の出窓に飾るのはちょうどよく、どのインテリアにも合わせやすいと思いました。また、手書きのメッセージを添えていただいて、ありがとうございましたーーー


「せっかくの月の魔素が、出窓なんぞに置いて日の光に当てたら、相殺されて消えてしまうぞ」

「まあまあ、買った人の使い方は自由だよ〜。ちゃんと瓶も可愛いしさ」


 フォローしたが、フギンは少し不満そうだった。まぁ、そうだろう。魔法使いに仕えて、魔法使いの仕事として郵便局までお使いに付き合わされ、やっと配送したものが、インテリア小物と使用されたら……。私はこの手の落胆には、もうすっかり慣れた。慣れたので、インテリア小物としても通用するように、魔法の世界感を思わせるデコラティブで華奢なガラスの小瓶を大量に仕入れている。クローゼットの中は様々なデザインの瓶が入ったダンボールが積み上げられているのだ。

「おっ、儂が思いついた、手書きのメッセージは好評だぞ!」

 フギンはうれしそうに尾羽根を振った。そう、そういう小さい気遣いをされると、お客さんは嬉しいものだ。私もがんばって、不慣れなガラスペンとインクでそれっぽくお礼状を書いたかいがあったというものだ。

「いつの時代も、真心は通じる物だな」

 自分の常識だって通用するのだ、と喜ぶ鴉が可愛くて、ほっぺたを撫でてあげた。フギンは鳩胸な胸をふわふわに膨らませて、ビシっと脚を広げた。


 ーーーさて、今回はメールで改めてご依頼をさせていただきます。

 メイジさまのほうで、《水トカゲの涎》というアイテムはご用意いただけないでしょうか。

 もしよろしければ、一度入手してみたくご連絡いたしました。

 ご予算は3万円でいかがでしょうか。よろしければ代引きにて対応させていただきます。

 ご検討の程お願いいたします。

 忍’s☆hartーーー


 依頼のメールは以上だった。私は三万円という具体的な金額に釘付けになる。確かに相場通りの金額だったし、「メルオク」にはこちらの提示した額から値切ってくる悪質な客も多いというのに、この人は支払いの意欲がある良客のように思えた。この依頼は、受けるべきだ。


「フギン、《水トカゲ》って知ってる?」

「ウム、おまえのじーさんと、何度か裏山で見たな」

「やった!!」

「ずいぶん前の話だがな……、手記が在るんじゃないのか」

「……手記、書斎!!」


 フギンは一足先に二階に飛び立った。自分も、その後を追うように階段を一段抜かしで駆け上がる。二階の中央の部屋のドアを開けると、むわっとした蒸し暑い空気が流れ込んできた。部屋は古い本が本棚ぎっしりに詰め込まれ、古い机には調合道具とメモが所狭しと並んだままになっている。この部屋は何度も掃除機をかけてはいるけれど、いつも埃っぽい匂いがした。


 私は、じーちゃんの手記ーーシミだらけで付箋だらけで、皮が表紙の分厚い手帳だーーを机の上に見つけ、開いた。ごわごわした紙を繰ると、『八面山はちめんざん(夏)』の付箋のページに《水トカゲ》の名前を見つけた。日に焼けて黄ばんだ用紙には、万年筆で描かれた大きなトカゲの姿もがあった。ワニと呼ぶには顎が小ぶりであり、トカゲと呼ぶには大型犬よりも大きい。そして全身に鱗があり、しっぽがニュルンと長かった。もし自分に命名権があるなら「トカゲ」ではなく「水オオイグアナ」と名付けていると思う。が、きっと生物学的にはトカゲの一種なのだろう。


「『九合目の滝にて、1968年』ってスケッチが描いてある。生息してるのは間違いなさそう!」

「お前さん、1968年の手記を信じるのか」

「うっ……」


 たしかにフギンの言う通り、ざっと50年も前のメモである。メイジが生きてきた短い年月でも、自然環境は目まぐるしく変わっている。夏は目に見えて酷暑になり、ゲリラ豪雨も増え、果たして《水トカゲ》がいまもその川で生態を維持しているかは全く未知数だ。私は、えへへと曖昧な笑顔を浮かべた。


「だから実施調査にマメに行けとあれほど」

「う、うるさいなあ……! 私も色々忙しいの!」


 私は掃除洗濯調理などの家事もやって、家庭菜園の手入れもやって、梱包や納品だってしてるんだ。たまのお休み時間には部屋でちょっとばかりゲームをやったり、ささやかにガチャを回したり、漫画を読んだりして何が悪いというのだろう。こんな勤労苦学生はそういない。褒めてもらいたいくらいだ。

「それに私だって、ちゃんと手記をつけてるよ」

 ほら、とスマートフォンを取り出すと、先日森で見つけた小さい《野いちご》の写真を見せつけた。スワイプすると、地図の画面が現れて、地図上に赤いピンが刺さる。


「“すまほ”とやらは便利だなぁ。」

「《水トカゲ》の情報も見つけたら、アプデしよ」

「ウム」

「ひとまず、『九合目の滝』を目指そう!」


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