第4話

 鳥、軽やかではなく、騒がしい鳥の声でセインは目を覚ます。

 窓を見ると、大型の鳥、恐らく魔族が変化したと思われる鳥が飛んでいる姿が目に入った。


 15歳の誕生日の、祝賀会から与えられた客人用の部屋。


 魔族にも色々は生活習慣がある。

 人型で過ごすのを好む者は人と同様の生活習慣をしている。食事も人と変わらない。またヴァンのように獣に変化しない魔族は、完全に人のような生活をしている。

 メルヒは犬型ーー獣で生活するのを好むほうだったのだが、セインを拾ってから、かなり人型で生活をするようになったようだ。それでも食事などは作れず、もっぱら、果実を食べたり、狩った獲物を簡単に解体して焼くだけだった。


 魔の国の城、魔王に仕える魔族の多くは人型を好み、セインに与えられた部屋も人の国の城を同様のつくりをしている。代々の魔王には装飾品に拘る者がいたりして、部屋の内装はとても美しかった。

 セインはそういうものに興味がないのだが、美しいことは理解していた。


「……城か……」


 体を起こして自身が完全に城に戻っていることを理解して、セインは記憶を探る。

 そして最後の記憶がヴァンに殴られたことに気が付く。

 彼に殺意はなく、終始懐かしい思いで溢れていた。だからこそ、苛立ちが余計募って突っかかるだけだった。それこそ子供のように。


「ヴァンが連れてきてくれたのか。くそっ」


 ヴァンを殺すという気持ちがすでに揺らいできており、こんな風に優しくされると、それこそセインはあの裏切りのことも忘れてしまいそうになる。あれほど悲しく悔しかったのに。

 そんな自身が情けなくて、拳を握って彼は気が付いた。


「魔法陣がなくなってる」


 彼に切り裂かれたことも思い出して、唇を噛んだ。

 魔法陣を描いた手袋をセインにくれたのは、魔王ザイネルだった。セイン自身は魔力を蓄え、魔法陣を通して風や火を起すことしかできない。以前、同じ手袋を作れないかと思って、布に魔法陣を真似て書いてみたのだが、まったく効力はなかった。

 店にもそのような手袋は置いておらず、彼はザイネルに頼まないといけないかと気が重くなった。

 ヴァンが城に送ってくれたのか、また誰かを介したのかわからないが、セインがヴァンに助けられたことをザイネルが知っているのは確かだった。

 ――絶対に馬鹿にされる。

 そう考え、大きな溜息をつくが、昨日の経験でセインは自分の未熟さを悟ることができた。

 人や一般的な魔族には剣術だけでも勝てると自負していた。けれども昨日の経験から魔法を使えても不利な事に気づかされた。


 ーーもしかして、ザイネルはそこのことを気づかせるため?いや、絶対にそんなことはない。


 彼の思いやりみたいな行動を想像してみたが、セインは直ぐに首を振った。


「セイン様。起きましたか?陛下がお待ちです」


 一人で苦悩していると扉が叩かれて、小間使いが部屋に入ってきた。その手にはご丁寧にも新しい着替えが用意されており、セインは少しだけ溜息をついた。

 この城に住むようになって、彼の服装はそれこそ王子仕様だ。食事の際も、何かとザイネルから注意が入る。これも、王子として人の国で行動しやすいようにと言われ、セインは仕方なく彼に従っていた。

 謁見用と言われ新しい服に袖を通して、そのレースの多さに眉を潜めた。

 襟裳や、袖口がレース状になっており、これは男性用かと聞き返したくらいだった。

 小間使いは当たり前ですと、冷たく答え、セインはそれ以上聞き返すことはできなかった。

 着替えを済ませ、人形のように着飾った自分を見てげんなりしながらも、彼はザイネルの元へ訪れた。


「おお、似合うね。段々と王子様が板についてきたみたいだね。さあ、食事をしよう」


 案内された場所は王室で、そこにはすでに二人分の食事が用意されていた。

 

「昨日はお疲れ。死ななくてよかったね」

「……おかげさまで」

「ヴァンにもお礼を言わなきゃね」

「ヴァンはあんたの敵じゃないのか?」

「そうだね。まあ、敵かな。今は邪魔しないみたいだから味方かもね」


 相変わらずよくわからないザイネルの返事を聞いていると、彼は気様にナイフで肉を切り分け、フォークで刺して口の中に入れる。美味しそうに唸っていたので、セインも急に食べたくなった。ザイネルを見倣い、同様に皿に盛られた肉を切り分ける。


「あ!」


 切った勢いで肉が皿から飛び出して、ザイネルが笑い出す。


「これは練習が必要だね」

「練習?」

「君はよい王子を演じないといけない。油断を誘うためにね。君もわかっただろう。どんなに相手が弱くても多勢では太刀打ちできない。君に護衛として魔族をあてがう予定だけど、城に入れるのは数人だ。数人で城を攻略するのは難しい。第一強力な魔法使いの王妃がいる」

「王妃?」


 セインはテーブルに散った肉をかき集めて、皿に戻しながら聞き返した。 

 王妃と言えば、彼の仇の一人だ。

 父の元婚約者。父が先に裏切っているのだが、結果的に父を城から追い出すことに加担した。

 それが魔法使いという話は初めて聞いた。


「そう。彼女は強いよ。まあ。もしかしたら……だけどね」

「どういう意味だ?」

「別に。というわけで、君は人の国の礼儀作法を身に着ける必要がある。しかも王子らしいね。私は教える時間がないから、君には先生を紹介してあげる。早くメルヒを助けて、復讐を遂げたかったら、早く習得することだね」


 ザイネルに言われ、セインは面倒だと思うしかなかった。けれども多勢に無勢というのは昨日の経験で嫌というほど身に染みた。なので、頷くしかなかった。

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