第四章 元第二王子とヒドインの子は魔犬と再会する。

第1話


 


 魔の国で行われたセインの成人を祝う祝賀会の話は、すぐに人の国の国王トールの耳に入った。


「この件、いかがしますか?」

「まだ正式に連絡は入っていないのだろう。しばらく様子を見ることにする。会議で取り上げるのはしばらく待て」

「畏まりました。……陛下。陛下自身はどうお考えなのですか?」

「どういう意味だ」


 トールの情報を伝えたのは、宰相のステファンだ。

 ステファンは、第三王子だった頃からの側近であり、即位してからその手腕を見事に発揮している男で、まぎれもない彼の右腕だった。

 

「もし、人の国へ戻りたいと希望した場合、王子と名乗っておりますが、現時点で彼は平民に過ぎない。城に迎えるつもりはないですよね?」

「何を馬鹿な。私に子がいない以上、彼が第一王位継承者だ。城に迎えるに決まっておるだろう」

「ですが……」

「お前の懸念はわかる。きっと、彼は私を恨んでいるだろうしな」

「それでは……」

「兄上、カイルは私に助けを求めた。が、私は何もできなかった。その埋め合わせをしたい」

「それは陛下の落ちではございません。門番が確認すべきだったことでしょう。あえて言うならば私の落ち度ともいえましょう。ミエル殿が殺され、カイル殿下が何をするか、わかっていたはずなのに、私は動かなかった。だからこそ起きた悲劇。まさか、魔の国へ連れていかれているとは予想外でしたが……」

「お前の落ち度は、私の落ち度でもある。魔の国で祝賀会が開かれるほどだ。ぞんざいには扱われていなかっただろう」

「そのようですね。魔王から特別扱いを受けているようですから」

「今はこちらが動くときではない。だが、得られる情報は可能な限り集めておいてくれ。わかったな」

「はい」


 宰相は頭を下げると、王室を出て行く。

 扉が閉まる音とともに、王室の奥の扉が開いた。


「……ジョセフィーヌ。盗み聞きとは行儀が悪いな」

「たまたま聞こえていただけですわ。トール様」

「たまたまな」


 妻の子供っぽい笑みに、トールは苦笑する。


「セインが生きていた。もし城に戻りたいというのであれば、私は受け入れるつもりだ。どう思う?」

「もちろん、大賛成ですわ。ケリルも喜ぶでしょう」

「ケリルか……。最近お前はケリルのことばかりだな」

「だって、可愛いんですもの。まさに娘のようですわ」


 ジョセフィーヌの幸せそうな様子に目を細めながらも、トールは苦言を漏らすのを忘れなかった。


「記憶を取り戻したら、ケリルはきっと牙をむく。気をつけろ。事情を知っている侍女を傍に付けているが、心配だ。フェンデルが適任だが近衛兵団長なのでいつも傍におくわけにはいかぬからな」

「覚悟しておりますわ」

「ジョセフィーヌ!」

「何ですの?」

「そんなこと言わないでくれ。あの女が殺されたこと、カイル、兄上が死んだことは君の責任ではない」


 トールはどこか悟り切った妻に慌てて言うが、ジョセフィーヌは何も答えなかった。


「おかしなことはするな。頼むから」

「トール様。ご安心ください。私はそこまで愚かではございません」

「愚かなどとは思ってはいない。ただ君が心配なのだ」

「わかっております。トール様」


 ジョセフィーヌが頷いて見せるが、トールの心中は穏やかではなかった。



「さて、これを届けてくれ」


 魔王ザイネルは書簡を伝達役に渡す

 伝達役の多くは馬の魔族で、移動の際は馬に姿を変えて疾走した。彼はザイネルに敬礼して謁見の間から出て行く。


「さて、どれくらいで返事が来るかな。早ければいいんだけど」


 セインの復讐心とメルヒを助けたいという気持ちを、15歳の誕生日までと我慢させてきた。

 祝賀会の翌日から、彼からの催促は続き、ザイネルも少し面倒に思っていた。


「仕方ないな。ヴァンにお守りを押し付けるか」


 人の国の王子という立場になったため、以前よりも彼は簡単にザイネルに会うことができた。黒頭巾として魔王の配下だった時は、ザイネルが求める時のみ会うことができたのだが、今は異なる。


「さて、今は彼はどこにいるかな」


 ヴァンの行方は、蜥蜴の魔族に担当させていた。それを呼び出し、行方を探らせ、セインにヴァンを追わせるつもりだった。


「セインくんは喜ぶかな。それとも……」


 ヴァンの行方について聞かれたことが何度もあった。その度にザイネルははぐらかせてきた。

 自分で行方を探っているということ、この間遂に再会したことを間者から聞いている。

 彼がまだヴァンを恨んでいるのか、ザイネルにはわからない。


「まあ、精々。楽しませてもらいたいところだけど」


 ザイネルは代々の魔王がそうであるように楽しいことが好きだった。セインがヴァンを恨んでいることも、彼にとってみれば座興の一つに過ぎない。

 メルヒを救出することなど、正直ザイネルはどうでもよかった。彼が王になり、大樹の力を得るための過程として、または彼に対する餌の役割を果たしてもらおうと、メルヒのことを口に出したまでだった。


「あ、でも。メルヒは面白いことになっているね。それはそれで楽しめるかもしれない」


 間者の蜥蜴の魔族が目前に現れるまで、ザイネルは記憶を失ったメルヒとセインが対立する様子などを思い浮かべ、暗く愉しんでいた。


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