第2話


「抵抗したのですが、無事捕縛できました」

「よくやったね。助かるよ。黒頭巾」


 魔の国の城、謁見の間にてセインは魔王ザイネルに報告する。

 魔王は公式の場でセインの名を呼んだことがない。彼のことも魔族の一人として扱っており、セインが人間にあることを知っているのはごく一部だ。

 その性別すら、初めは女性ではないかと疑われていたのだが、十三歳くらいから声が変わり始めて、黒頭巾は男であると認識されたくらいだ。そのおかげで女性好きの魔王のお手付き説は消えたが、未だに特別扱いは続いており、今度はおかしな噂が出始めていて、セイン自身は顔を顰め、魔王は面白がっていた。

 魔族は人間より寿命は長いが、その成長速度は15歳までは同じだ。それから魔族は3年毎に年を取っていく。

 現魔王の外見は人間の20代、実際年齢は40歳ほどだった。


「黒頭巾。君の誕生日は確か、1か月後だよね」

「……はい」


 ふいに場にそぐわない話題を問われて戸惑うが、あることを思い出してセインは頷く。


「1か月後、盛大に祝おう。後で私の部屋にくるように」

「はい」


 ザイナルに問われ、セインは浮き立つ心を押さえながら返事をした。


 彼の15歳の誕生日。

 それは特別な意味があった。

 やっとメルヒを助け出して、復讐ができる時だ。

 4年前、魔王に下ったセインはすぐにメルヒを助け、復讐を遂げたいと願った。けれども、ザイナルは力づくでそれを止めた。そして反発するセインに、15歳の誕生日を迎えたらと約束した。

 15歳、それは人間にとっても魔族にとっても成人を意味する年齢だ。

 魔族はそこから年のとり方が変化して、人間は大人の仲間入りを意味する。

 王族にとっては、それは即位できる年齢に達することと意味しており、神が宿る大樹、リグレージュから神託を受けることができる年齢だ。

 例え王太子であったも、15歳未満のものは即位できない。成人するまで前王の血筋に近い者を代理に立てる。そして王太子が成人すれば、彼が即位し、リグレージュから神託を受けるのだ。

 ザイネルは、メルヒが大樹(リグレージュ)にとらわれていること、助けるには彼が15歳を迎え、リグレージュに助けを請うことが必要だと説いた。

 理解はできたが気持ちが焦り、魔法や剣の訓練の合間に、何度かザイナルに力づくで迫ってみたが、全て返り討ちにあっていた。

 そうして、待ちに待った15の誕生日がやってくる。

 誕生日……。

 セインの誕生日の思い出は、たった一つ。

 それは母が買ってくれた小さなケーキ。蝋燭は一本しか立てられないほどの小さなケーキ。願いは結局叶うことはなかった。


「メルヒを助けて、トールとジョセフィーヌを殺す。この手で……」


 この4年で、セインは技量だけでなく、自信も付けていた。ザイナルにはまだ敵わないが、人間には負けない自信あった。


「その前に、ヴァンを探して殺す。僕を裏切ったヴァルを」

 

 ザイネルに聞いても埒が明かず、セインは自らヴァンの行方を追っていた。彼と旅をした5年間の記憶を頼りに虱潰しに当たる。魔の国にいるのは確かで、その足取りを追い、彼の背中を取ったこともあった。

 裏切った理由を聞きたい、何度かそんな思いに駆られたが、その度に裏切られた怒りがそんな思いを吹き飛ばしていった。

 

「裏切りは裏切りだ。僕が裏切り者を言われるように、ヴァンも裏切り者だ」


 セインの心は疲弊していた。

 心が癒されるのはメルヒとすごした1年を思い出すことだ。


 黒い垂れた犬耳に、元気よく動く尻尾。

 大きな口をあけ、笑われたことが何度もあった。

 彼女との想い出は彼にとって悲しいものであったが、生きているとわかり彼にとって希望に代わった。


「メルヒ……。絶対に助ける。待たせてごめん。助けるから……」


 セインは黒頭巾を深く被り直すと、夜の面会まで時間をつぶすためへ歩き出した。



  


 トールは週に何度か大樹の姿を確認する。

 妻で王妃のジョセフィーヌが同行を申し出るため、彼は三日ぶりに大樹の元へ彼女を伴って来ていた。

 今日も何事も変わりがないと、立ち去ろうとした瞬間、歌うような女性の声が脳に響く。


『……あなたにこの娘を託しましょう』

「……声が」

「トール様?」


 ふいに立ち止まって怪訝な顔した王に王妃は問いかける。


「声が聞こえた。きっと、リグレージュ様だ」


 トールがジョセフィーヌへそう答えると、大樹の幹が輝き変化が訪れる。浮き彫りになっていた女性の姿がさらにその輪郭を明確にしていく。

 軋む音がしながら、とうとう、一人の女性が幹から飛び出してきた。

 黒色の垂れさがった耳、大きな尻尾、それは人間とは異なる者――魔族だった。


「……まあ」


 呆然としていたトールに比べ、王妃ジョセフィーヌの動きは早かった。身にまとっていた自らの外套を取って、女性の魔族の体を覆う。半覚醒気味の魔族は、ぼんやりと目を開けた。


「……あんた?わたしは?」


 その瞳は赤色で、ジョセフィーヌはその宝石のような瞳の色に見惚れてしまう。すると急に魔族が意識をなくして、彼女に寄りかかった。そこで、トールはやっと我に返って、妻と魔族の体を支えた。


「ありがとうございます」


 外套をかけ直しながら、ジョセフィーヌは彼女の身を夫のトールに預け、己は負担にならないように彼の腕から抜け出る。


「いや、遅れてしまってすまない。とりあえず、この魔族の身柄をどうにかしないと」

「私の部屋に匿いましょう」

「何を?」


 妻で、王妃の提案にトールは驚くしかなかった。


「魔族だぞ。しかも、あの魔犬の人型だと思えば、君の身が危ない」

「記憶をなくしているようですわ。いざとなれば自分の身くらいは守れますし」

「だが……」

「陛下。このものは恐らく、カイル様とその子セイン様のことを知っています。懇意にしていたのでしょう。だからこそ、私たちを恨んでいる。私は何もできなかった。だから今度こそ」

「ジョセフィーヌ。君が悩むことはないのだ。道を誤ったのは兄上が先だ。君は悪くない」

「……わかっておりますわ。けれども」


 王妃は珍しくトールの言葉に素直にうなずこうとしなかった。


 ――『……あなたにこの娘を託しましょう』


 初めて聞いたリグレージュの言葉も思い出して、彼は決断する。


「わかった。だが君の部屋ではなく、私の部屋にする」

「それは、」

「君も今日から私の部屋で過ごすように。本来ならば君の部屋に私が住みたいのだが、それは無理な相談だからな。状況落ち着くまでは公務はすべて城内で行う。謁見の間は私の部屋の隣だ。何かあれば私が飛んでいける」

「トール様……」

「償い事など何ひとつない。けれども、君が心苦しいということであれば、その苦しさを私も分かち合うことにする。それが夫婦というものだ」

「トール様」

 

 腕に魔族の女性を抱えていなければ抱擁の一つくらいしたいところだが、トールは諦めて、微笑みだけをジョセフィーヌに向けた。

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