第2話
「ヴァン!」
「がー、お前は無傷かよ!」
待ち合わせ場所は、セインがメルヒと住んでいた森から少し離れたところにある洞窟で、中で待っていると傷ついたヴァンがやってきた。その茶色の髪も泥と血に汚れて、全体的に痛々しくて汚らしい。
「うわあ、酷いね。ちょっと手当するよ。まずは水と薬草だね」
「あ、頼むな。俺はちょっと寝るから」
ヴァンがそう言うと、傷口が痛むはずなのに、その辺でごろりと横になってしまった。この洞窟は木々によって入口よって隠されており、崖の麓にあることもあって、見つかりずらい。
セインは軽くいびきをかき始めてヴァンを尻目に洞窟をでて、再び森に入った。
追手は巻いたはずなのだが、警戒しながら薬草を探す。
薬草と水を入れた水筒を持って洞窟に戻ると、目を覚ましたヴァンが壁に寄りかかっていた。
「今回は捕縛目的じゃなかったんだね」
彼の傍に腰を下ろして、セインは傷の手当てをし始めた。
「いててっ。ああ、あれは殺すのが目的だった」
「どうして僕のところへこなかったのかな?」
「俺のほうが大物だからだろう。黒頭巾はあくまでも俺の補佐だからな」
「そういうことにしておくよ」
セインは鼻を鳴らしてそういうヴァンにいい気はしなかったが、いつものことで聞き流すことにした。
ヴァンのおかげか、セインは年齢にしては大人びた性格をするようになっていた。
魔族には色々は種類がいるが、多くの魔族が人間の三倍の寿命を持つ。外見は様々で、繁殖力が低い。そのため数が少ないのだ。人間は魔族に比べ非力で寿命は短いが、繁殖力が高く、団結力もある。その上、魔族同様に魔力を使った魔法も使えるものがいて、その勢力は拮抗している。
「こういう時、メルヒの治癒魔法が本当ほしくなるぜ」
「……そうだね」
「すまんな」
ヴァンは珍しく素直に謝る。
メルヒのことを考えると、セインは悲しみと怒りで心が満たされる。なぜ自分を置いて、戦いにいってしまったのか、どうせなら一緒に、そう思ってしまう自身が情けなくなってしまった。こんな風に怒りではなく、感傷に浸りたくなるのは、相次ぐ裏切りのせいかと、自嘲する。
メルヒが死んだことをヴァンから聞かされ、復讐を誓った。
すでにメルヒの元で、両親が死ぬ原因となった王と王妃への復讐は誓っていた。それに、今度はメルヒのために、ある目的も生まれる。
彼女の願い、人間の王になり、人間を魔族の支配下に置く。
そのために体を鍛え、仲間を募る。
5年間、セインはヴァンと共に復讐を遂げるために過ごしていた。けれども仲間集めはうまくいっていない。魔王が反抗勢力としてヴァンたちを見なしているため、今回のように最初は仲間になっても途中裏切られることが多いのだ。
「おい、どうした?そのしけた面は?復讐はもうやめか?このまま、お前はどうするつもりだ?人間の世界に戻るのか?そしてどうする?」
「戻るわけないだろう。いや、戻る。人間の王になるために戻る。両親を見殺しにした王と王妃をぶっ殺して、人間の王になる。そして支配してやる」
「へへ。よかったぜ。なんだか、臆病風に吹かれたかと思ったぜ」
「そんなもの、吹かれるわけないだろ」
臆病風などに吹かれるはずはない。
ただ、復讐を遂げるための旅が、逃亡生活へと性質が変わりつつあり、メルヒが懐かしくなり、感傷に浸ってしまったのだ。
「おっし。手当、ありがとうな。俺は寝るからな。起きたらきっと腹へってるはずだから、食料の調達頼むな」
傷口を水で洗い、薬草を傷口に当てる治療ともいえない処置を終わらせると、ヴァンは役目だけを押し付けて再び横になった。
セインの返事などおかまいなしである。
「本当人使いが荒いな」
「ああ、お前人だからな。その言葉の通り人使いな」
「まだ起きていたのか?」
「もう、寝る……」
寝ぼけ眼でそう言って、ヴァンは再び目を閉じた。
ヴァンは強い。
ミエルと別れてから訓練をつけてもらっているが、セインは残念ながらまだ片手であしらわれる程度だ。かといって、弱いわけではなかった。ヴァンが強すぎるのだ。
そんな彼が無防備にも洞窟の中で眠りについている。
――僕が裏切り者だったらどうするんだか。そんな可能性はない、そう思っているんだろうな。確かにそうだけど。僕はまだ何もできない。ヴァンの傍にいて、黒頭巾として復讐の仲間を募るだけだ。僕は非力な人間に過ぎない
自分の無力さを考えると、セインはまた感傷に浸りたくなった。
☆
「果実だけかあ」
目覚めたヴァンは、セインが取ってきた木の実や果実を見て不平を漏らした。
「だったら食べなくてもいいよ。別に」
「食べるよ。食べる。まあ、いいや、明日にはこの洞窟ともおさらばだしな」
「明日?」
「長居するわけにもいかんだろう。ここに。当てがもうあるんだ」
魔族は人間よりも傷の治りが早い。傷口を見るとすでに血は止まっていて、セインは非力な人間の身を少しだけ恨んだ。
「僕も魔族に生まれたかったな」
「ははは。それは残念だったな」
ヴァンは面白いことでも聞いたばかり、大笑いをした。
現在は平和が休戦状態だが、人は魔族を嫌い、魔族は人を嫌う。
これは長年続いている互いの感情で、セインのようなことを思うのは稀であった。
「……そういや、メルヒも同じこと言ってたことがあったな」
「メルヒが?」
セインが聞き返すと、ヴァンは少しだけ後悔したような顔になる。
「あいつも変わっていたからな」
そう早口で言うと手一杯に木の実を掴んで、口の中に入れる。
――メルヒがそんなことを。僕の前では言ったことがなかったな。
そう思いもしたが、セインはメルヒと暮らした時間がたった1年。それも5歳から6歳までの間であり、そんな話をする余裕もなかったのだろうと寂しくなった。
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