第3話 想定される騒乱 エドワード

――アメリア王国第一会議室


「本当にその式典、するつもりか?」

 

 このアメリア国王――エドワード・ロト・アメリアの問に、


「これはフェイスタの現国主たるギルバート総議長がバベルに調停を要請して実施される調印式。既にドワーフ国、ドヴェルブを始め、複数の国が式典の出席を表明しております。この状況ではフェイスタの宗主国である我が国が欠席するなど可能とお思いですか?」


 アメリア王国宰相ヨハネスは逆に聞き返してきた。あまりに当然の返しに怒りが沸々と沸き上がり、


「俺も王だ! 指摘されんでもわかっているさ! だがな、クヌートやあの勇者の出席まで許す必要がどこにある!? 絶対にもめるに決まっているっ!」


 クヌートは高位貴族どものような血統主義など全く信じちゃおらず、基本実力至上主義。ただし、あくまで目指しているのは人族中心の理想郷だ。他国は従属国として管理支配されなければならない、という腐った思想を持っている。この弟の思想は、人族という種族があまりに弱く、才能がない、愚かで救いようのない生物であり、だからこそ救われなければならない。そんな歪みきった発想に基づいている。この一見矛盾した思想は、なぜか当時の若い騎士や官憲たちから熱狂的ともいえる指示を得ていた。そのクヌートからすれば、この魔物の国など到底許容できるものではなかろう。

 いや、まだクヌートだけならまだいい。あの勇者はダメだ。あれは魔物や魔族に強い恨みがある。恨み、それも少し不正確かもしれない。もはやあの勇者の魔族や魔物に対する強烈な感情は、純粋な恨みすら超えた何か正体不明な執念のようなものすら感じる。勇者はフェイスタを絶対に認めまい。一波乱あるのはまず間違いない。

 何より式典にはカイ・ハイネマン側も出席するはずだ。クヌート、勇者に、カイ・ハイネマン。この三者が揃えばきっとカオスの状況になるのは目に見えている。


「そうでしょうな。ですが、このまま内密に進めても後々軋轢が残りましょう。遺恨のないように、一度はっきりさせるべきでしょう」

「決定的に決裂しようともか?」

「もとより、彼らは水と油、決して交じり合わない。端から決裂していますよ」

「それはそうかもしれんが、わざわざ、油に火を注ぐような真似をする必要がどこにある!?」


今や高位貴族たちの旗頭となったクヌートと、人類の希望たる伝説の勇者マシロ。二者とも熱狂的ともいえる支持者たちがおり、実力も頭抜けている。性格的に互いを受け入れられない両者だ。それがどういうわけか、今黙認という形で表面上は対立していない。その理由にも凡その検討が付く。この騒動の元凶、カイ・ハイネマンだ。あれは異常だ。強さはもちろんだが、行動力、思考、指導力、カリスマ性、どれをとってもただのロイヤルガードではない。まごうごとなき王の器。そして、他の二者も王の素質を十分に持ち合わせている。その三者が魔物の魔族の国フェイスタ建国の件で一同に会したら、どうなるかなど火を見るよりも明らかだ。もし、この件で三者の間で戦争にでもなったら、アメリア王国は大規模な内乱へと突入する。それにより一番危害を被るのはアメリアの民たちだ。それだけは王として絶対に許容できない。


「もちろん、王位承継戦を正式に仕切りなおすためですよ」

「なら、なぜマシロまで呼ぶ!? ギルがこの度ドロップアウトしたことで、既に王戦からは無関係となっているはずだぞ!?」

「私は仕切り直し。そうお伝えしたはずです」


いつもの鉄の表情を崩さず、ヨハネスは当然のごとくそう返答する。


「だから、その仕切り直しと、マシロを呼び出すこととどう関係があると聞いているっ⁉」

「現在、王戦はいささか力の差が大きくなってしまいました。これではゲームが成立しなくなる。ゆえに、一つ手を打たせていただきました」


 さらっととんでもないことを言い出しやがった。


「ヨハネス、お前自身が介入したというのかっ⁉」


 信じられん。この公明正大が服を着ているような男がこの王戦に介入する。それがひたすら信じられない。


「ま、特定の陣営に対するアドバイスには過ぎませんが」

「それが勇者の此度の式典参加に関わりがあると?」

「はい」

「具体的なことは教えてはくれないんだろうな?」

「申し訳ございません」


 ヨハネスは姿勢を正すと頭を垂れる。

 やはりか。だが、ヨハネスが介入するということは、真に本人の努力ではいかんともしがたいほどの戦力差が生じてしまったのだろう。

 ここで一つ疑問がある。これはずっと喉に引っかかった小骨のように引っかかっていたこと。すなわち――。


「今、やっているゲームとやらは本当に王を選ぶものなのか?」


 前にヨハネスが、王戦の趣旨、ありかた自体が大きく変わってしまっていると言っていた。現在のゲームは、王戦とは名ばかりの他の大きな目的でなされているような気がしてならない。

 ヨハネスは、ニィと口角を始めて吊り上げると、


「誓ってこのゲームは真の王・・・を選ぶ、互いの魂と誇りを掛けた真剣勝負です」


 そう断言する。


「真の王を選ぶね」


 だとしたら、解せないことがある。ヨハネスがギルを真の王と称したことだ。真の王に値するなら、なおさらギルを王戦に参加させるべきだろうから。


「王戦の趣旨とあり方が大きく変わってしまっているか……まさかな……」


 そんな馬鹿な事があるはずがない。ふと思いついた考えを大きく首を左右に振って払拭させる。

 

「陛下。では、式典の方は私の方で手配させていただいてよろしいですね?」

「あー、構わんよ」


 どのみち、この男はやるといったらエドワードが反対しようとも必ず実行する。特にヨハネスの此度の王戦にかける執着は未だかつてない程強固だ。止めるのは不可能だろうさ。

 ヨハネスが一礼すると部屋をでていくと、大臣たちも次々に礼をして退出していく。

 この貫禄にカリスマ。ヨハネスが王になって執政をすればよほどよい国になる。いつも思う。しかし、この男は結局常に裏方に徹して表には出ようとしない。


「ままならぬものだな……」


 エドワードは何度も繰り返した敗北同然の台詞を口にした。


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