第六章 凶陰謀編

第1話 動き出す狂気

 人はもちろん、生きたネズミの気配すら存在しない廃墟と化した街の一軒家。その部屋の居間に複数の男女が存在していた。

 ボロボロのソファーに腰を掛けている白色のスーツにハットをかぶった隻眼の男が読んでいた本を閉じると、二人の男女に視線を向けて、

「それで逃げて帰ってきた。そういうわけか?」

 鷹のごとき射すような視線でそう問いかける。

「あれはヤバイ! 追ってきた奴らからさえも逃げるのがやっとだったんだ! あの全身黒ずくめの奴だけは次元が違う! あれは俺たち二人には無理だ!」

 両眼にゴーグルをかけた黒服を着た小柄で猫背男、ペッパーが裏返った声を張り上げる。

「そうね。あれはきっと……精神生命体……だと思う」

 露出度の高い黒色の衣服を着た左目に眼帯をした女、ヴィネガーが血の気の引いた顔で自身の身体を抱きしめながらそうボソリと呟く。

 白色スーツの隻眼の男は両腕を組んで難しい顔で考え込んでいるターバンを巻いた長身の美青年に視線を向けると、

「ソルト、お前、どう思う?」

 話題の核心について尋ねる。

「仮にもペッパーとヴィネガーの二人にここまで恐怖を植え付けるんだ。おそらく、現段階で対抗できるとしたら、隊長くらいなものだろうよ」

 ターバンを巻いた男、ソルトは話を振ってきた隻眼な男を見据えて神妙な顔で即答する。

「未知の精神生命体か……分はかなり悪そうだな」

 そんな感想を述べる隊長の様子を眺めながら、ソルトは苦笑をしつつも、

「隊長、あんた、今どんな顔しているか気付いているか?」

 呆れたように口にする。隊長の顔は浮かべていた悪質極まりない薄ら笑い消すといつもの鉄仮面にもどして、

「ヴィネガー、ペッパー、お前たち二人のチームでイーストエンドについて探りを入れろ」

 指示を出す。

「ちょ、ちょっと待ってよ! さっきも言ったじゃん! あれは私は絶対に無理だって!」

「そうだ! ノースグランドに足を踏み入れた途端に気づかれたんだ! 下手にあの周囲を嗅ぎまわれば間違いなく捕まる!」

 必死の形相で二人がその指示に異を唱える。

「勘違いするな。イーストエンドの周囲は当分の間、立ち入りの一切を禁ずる。別にそれでも情報の収集くらいお前ら二人ならお手のものだろ?」

「それなら、構わねぇ!」

「わ、私もよぉ!」

 九死に一生を得たかのような表情で大きくヴィネガーとペッパーは頷く。

「だがよぉ、そんなバケモノのような精神生命体にどうやって勝つつもりだ? さっき、あんたがいったように、今のままでは無傷で勝利するのはかなり難しいぜ?」

「むろん、考えはあるさ。チリ、例の件、進んでいるか?」

 テーブルで果実酒を飲んでいた白衣に丸眼鏡の男に問いかける。

「エエ、大分いい感じデス。やっぱり、エルフはイイ! 精神生命体と特定の条件下で同化させたうえで取り込めば、今までの数十倍、いや下手をすれば数百倍の力を得られるでショウ!」

「数百倍って、マジかよッ!」

 弾むような声で返答するチリに身を乗り出すソルト。

「ソース、お前は精神生命体の生息地を徹底的に探し回れ!」

 両手をポケットに突っ込んでいる全身入れ墨をした細見の男に命じる。

「了解だ。で、隊長たちはどうするんだ?」

「俺とソルトはあれの捕獲だ。この世界の・・・・精神生命体としては段違いの強度だからな」

「あー、世界三大魔獣ってやつねぇ。なんでも異界からの来訪者だったかしらぁ?」

 ヴィネガーが顎に人差し指を当てながら呟くと、隊長は無言で頷くと、ぐるりとメンバーを眺め回して、

「それでは、行動に移そう! 俺たちは『凶』! 敗北は許されん! 喧嘩を売ってきたバカはその善悪構わず、一切の情けを掛けずに殺し尽くせぇッ!」

 そう叫ぶと建物の出口へ向けて歩き出し、他のメンバーもそれに倣って歩き出す。


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