第103話 やってやるさ

 テトル、ソムニの二人と城壁前で待ち構えてしばらくすると、湿原を奇妙なクネクネした踊りでこちらに駆けてくるアルデバランが確認できた。


「改めて冷静に見ると、あれって質の悪い変態集団だな」


 魔王アルデバランに対する僕の素朴な感想に、


「ああ、一糸乱れなく踊りながら走ってくるのがマジでキモイよな」


 本心なのだろうソムニが顔を顰めながら口にする。


「そうですね。なんか、軟体動物みたいだし、どこかベルゼバブ様みたいで背筋が寒くなります」


 テトルのその感想にソムニは今度こそ頬を盛大に引き攣らせて、


「テトル、マジでそれだけはやめろって! あの御方だけは思い出したくない!」


 裏返った声を上げる。


「ベルゼバブ様って、カイ様の配下かい?」

「ええ、殿下も師父に仕えるならば、絶対にあの御方だけは関わりになってはなりませんよ」


 どこか必死な形相のテトルの忠告に、


「あ、ああ……」


 何とか頷く。

 

「おい、そろそろご対面だぞ。しかも、この黒霧って?」

「きっと、ギリメカラ様の結界でしょうね。もうアルデバランたちは袋の鼠です。まったく敵には心底同情しますよ。師父の配下の中でもベルゼバブ様に次いで悪質な派閥を本気にさせたんですから」

「だよなー」


 テトルとソムニが僕にはよくわからない議論で盛り上がっている中、アルデバランは遂に僕らの前まで姿を現す。

 変だな。あれだけ脅威に感じていたはずなのに、ちっとも強いようには思えない。

 アルデバランは薄ら笑いを浮かべながら、

 

『この僕、アルデバランを待ち伏せするとはいい度胸だねぇ』


 滑稽なほど陳腐な台詞を口にする。


「へー、これがギルが絶対に勝てないっていう真の魔王アルデバランか。というか、バッタマンさんに比べたらマジで雑魚じゃね?」


 ソムニがさも期待外れとでもいうかのように隣のテトルに同意を求めると、


「こんな羽虫とバッタマンさんを比べるだなんて失礼ですよ! というか、ソムニ、本人聞いたら絶対また烈火のごとく怒ってどつき回されますよ! 僕は巻き添えは御免です!」


 テトルが慌てふためきながらも非難の言葉を口にする。


「テトル、怖いこというなって、こんな場所にバッタマンさんがいるわけ――うぉ!?」


 ソムニは両眼を細めて周囲を探し見るが、丁度背後に忽然と現れているヘンテコなコスチュームに身を包んだ二足歩行のバッタの頭部をもつ魔物と視線が合って小さな悲鳴を上げる。


『ギギギグギギギ(悪食殿とともに、主様あるじさまからお前たちのお目付け役を任された)』


 バッタの頭部をもつ魔物の口からでるのは擬音だけのはずなのに、その内容は僕の頭の中でしっかり解読できていた。


「あ、あ、悪食様……?」


 バッタの魔物の台詞を耳にしてテトルも壊れたブリキの人形のようなぎこちない動きで足元に視線を落とし、


「悪食様ぁッーー!」


 真っ白で小さなねずみを視界に入れて絶叫を上げる。

 恐れおののく二人など眼中にないのか、小さな鼠はバッタの魔物の右肩に乗ると、


『きゅーきゅ! きゅう! きゅうきゅう!(一撃でももらえば、きゅうとプラス10年の修行の刑)』


 右手を挙げて小さく鳴く。


「一撃でも食らったら悪食様とプラス10年ッ⁉ マジでそれだけは絶対に勘弁!」


 泣きべそをかきながらソムニが重心を低くしてアルデバランとは明後日の方に身構える。

 テトルも神妙な顔でソムニと反対側の向きに腰の二つの漆黒の短剣を抜き放ち、その先を両手で向けると、


「ほら、出て来いよ! 魚野郎!」

「殺してあげますから、出てきなさい、魚!」


 声を張り上げる。


「あらーん、アチキたちに気づくとは中々やるわねーん」

「身の程知らずのクズ虫風情がぁ、その生意気な口を二度と開けなくしてやるわいっ!」


 タイ頭の怪物ウロコーヌとフグ頭に真っ白なハチマキをした化け物フグオが姿を現す。

 この二者の強さはアルデバランなど問題にならない。つまり、カイ様かその配下のものたちでなければ抗うこともできまい。

 このバッタ男はあまり強そうには見えないが、仮にもカイ様が僕らのお目付け役として送ってくるほどだ。ウロコーヌやフグオをも屠る力を持った強者なのは間違いない。

 いくらカイ様に鍛えられたとしても、ソムニとテトルはただの人間だ。真っ向からこの怪物に太刀打ちできるはずがない。カイ様がソムニとテトルの二人にウロコーヌとフグオの処理を許可したのは、このバッタ男の助力を前提してのことだろう。


「もう二度と悪食様との修行は御免なんでね。お前らにはここできっちり、死んでもらう。おい、ギル、お前ひとりでアルデバランどもを殺せ! その程度の雑魚なら俺たちの助けなどなくてもできるだろ?」


 ソムニ早口で僕にそんな無理難題を押し付けると、右手に真っ赤な槍を出現させてその先をウロコーヌに向ける。

 僕が協力をもし出たのは、あくまでアルデバラン配下の魔族たち。アルデバランには結局、単独では差し違える形でしか勝利はできていない。奴にそう簡単に勝利できれば世話はないのだ。


「ちょ、ちょっとソムニ――」


 僕の翻意を促そうとする言葉は、


「そうですね。そんな雑魚は流石に殿下お一人で勝利していただかないと困ります」


 両手に握る短剣を構えるテトルによって真っ向から否定される。


「あのな、そもそも僕はアルデバランに勝てないからカイ様に助けを求めたわけなんだが……」


 納得いかぬ気持ち胸中に燻らせながら、僕もフレイムを腰の鞘から抜くと戦闘をするべく身を屈ませる。

 まあいいさ。こいつには何度も煮え湯を飲まされた。今こいつに一矢報いたいと思っているのも確かだ。やってやるさ。


「この僕をなめるんじゃないねぇ!」


 アルデバランの怒声が響き渡り、僕らは激突した。


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