第97話 想定外の方向転換

 そこはゲームの終着点ゴールである酸の湖の前にポツンとたつ小さなコテージの中。

 この向かいに広がるのは硫酸でできた天然の湖。有毒ガスも常に発生しているから、通常の魔物たちはこの近くには絶対に近寄らない。

 もっとも、私には討伐図鑑の愉快な仲間たちがいる。ギリメカラの能力により、このコテージには奴の結界が張り巡らされており、たとえ湖が消し飛んだとしてもビクともしない構造になっている。

 この硫酸の湖もこのゲームをクリアし、領民を無事確保できれば産業等に有効活用しようと思っている。

 ともかく、この誰も踏み込まない地をゴールとして設定していたわけだが、


「ふーむ、面会を求めてきたか……」


 ギルから面会を求められるという想定外の事態に陥っている。

 私を認識していることからも、既に記憶は戻っているのは間違いあるまい。

 ゲームの趣旨としては、あのタイ頭の魔物を討伐してギルがこの地を訪れることだったんだがな。


「ある意味当然である。あのお猿さんではここに到達することは絶対に不可能である」

「そうはいうがな、アスタ、あの魚の魔物、正真正銘ただの雑魚だぞ? あの程度ならギルでも十分討伐可能ではないのか?」


 私の言葉は、


「あのなぁ、師父、あんたからすれば雑魚だろうが、普通の常識からすれば、あいつらはマジで強ぇよ」


 ザックの心底うんざりしたような言葉により全否定されてしまう。


「せやな! カイ様からすればあらゆるもんが取るに足らない雑魚ぉッ! これぞ、我が至上の王ッ! 絶対不可侵の存在!」

 

 オボロが熱の入った口調で根拠皆無の妄言を叫ぶと、


「ああ……最悪の悪神すらも雑魚扱い。この惚れ惚れとする最強者の思考は、我らごとき虫には決して真似できぬ」


 恍惚の表情でルーカスが両手を組んでそんな人聞きの悪い冗談をボソリと呟く。


「お前たち、まさか、まだ、あの程度魔物に後れを取るのではあるまいな?」


 あんなのは稀に家畜を襲わんと民家に出没する知能の乏しいゴブリンよりも少しばかり強い魔物にすぎぬ。もしまだあんな雑魚に苦戦するようなら、後で私が徹底的に鍛えなおさねばならなくなる。 

 

「ま、まさか! んなわけねぇだろ!」


 大慌てでザックが右手を顔の前で振ると、


「めっそうもない! 私もあの程度、すぐに屠ってお見せいたしましょう!」

「ワイも、苦戦するとは言っておらへんぜ!」


 ルーカスとオボロも自信ありげに、右拳で胸を叩く。


「悪名高い悪軍将校を下等生物にんげんふぜいが雑魚魔物扱いであるか。まったくもって世も末である」


 大きく首を左右に振るとアスタが意味ありげな視線を向けてくる。

 わかっているさ。話を元に戻そう。


「ともかく、ギルがこの場所に到達できぬのは、お前たち全員の共通認識なのだな?」


 三人はともに顎を引く。

 そもそも、ギルはまがりなりにも人だ。ならば、人であるザックたちの意見を尊重すべきであるとして、この場に三人を呼んだのだ。その意見には耳を傾けるべきだろうさ。何せ、今の私は他者、特に人の強さの判断に著しく疎いからな。


「ならば、少し計画を変更すべきか」


 ギルはこの場所には到達できていないが、私との面会を要望してきている。つまり、少なくとも過去の記憶が蘇っているはず。それでも、ノースグランドの魔物たちを救わんとして行動しているなら、最低限の条件はクリアしている。

 ギルの強さについても、クリア不可能な難題を押し付けるつもりは更々ない。そこまで私は理不尽ではない。

 だとすると――。


『既にローゼ王女、ソムニ、テトルを隣の個室に控えさせております』


 ルーカスの隣の骸骨男、デイモスが一歩前にでると胸に手を当てて好都合な事実を進言してくる。デイモス、相変わらず、気が利く奴だ。


「そうか。では、彼女らに判断してもらうとしよう」


 アスタに視線を向けると大きく頷き、隣の部屋へと入っていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る