第95話 最強の存在への直訴

 三日後のキャット・ニャー、新都市完成の式典で僕はある人物を探すべく都市の大通りを歩いていた。

とはいっても、あいつのことは僕が一番知っている。こんなときどんな行動をとるかなど手に取るようにわかる。

 咄嗟に振り返ると、白色の羽を背中から生やし黒髪の鼻根部にそばかすのある少年が、同じく白色の羽を背中から生やした赤髪の女性ラミとこちらの様子を伺っていた。


「ッ⁉」

 

 人ごみに身を隠そうとするそばかす少年に、


「やあ、テトル」


 僕は右手を上げて軽い調子で話しかける。

 そばかす少年テトルはまるで金縛りにでもあったかのように、硬直化する。

 魔王軍襲撃の直前、テトルがこの都市内にいるのはわかっていた。十中八九、テトルはカイ・ハイネマンと深いかかわりがある。彼との面会につき、テトルを説得できなければ、僕は今回も敗北する。


「全部思い出したんですね?」


 おそらく、僕を警戒しているのだろう。顔を強張らせたまま答えの分かっている疑問を尋ねてくる。


「うん。ついさっきね」

「それで、僕に何の用です?」


 僕は両膝を地面につくと、額を地面に押し付けて、


「今まで本当にすまなかったッ!」


 魂からの謝罪を口にする。


「で、殿下?」


 声に動揺が混じるテトルに僕は額を地面に押し付けたまま、


「謝ったくらいで許してもらえるとは思っていない。僕はあまりにも裏切りすぎてしまったから。でも、ペラッペラで中身のない僕にとっては、こうするしか前に進めないんだ!」


 声を力の限り絞り出す。

 しばらくの沈黙の後、


「以前の貴方は他種族、いや身分の低いものを人とすら見ていなかった。長く一緒にいた僕に対してすらそうだったように、本質は中々変われないものです。僕にはどうしても貴方の心根が変わったとは思えない」

 

 テトルは案の定、拒絶の台詞を吐く。当然だ。それだけのことを僕はしてしまったんだから。


「重々承知だ。お前の言う通り、多分、僕は臆病なクズのまま何も変わっちゃいない。それでも、今の僕にはこの糞ったれの命を賭けてでも助けたいものがある! それだけは紛れもないこの僕の真実だっ!」

「それが信じられないと言っているのさ! 王になるために色々なものを犠牲にしてきた貴方が、人族の敵たる魔物たちのためにこの僕にそんな屈辱的な行為をする!? そんなこと、認められるわけないだろう!」


 早口で巻くしてるテトルのその声には、怒気は感じられず、妙な必死さだけがあった。


『おい、あんた、新参者が勝手なことを言うでないよ!』


 すごい剣幕で肉屋のオーク族のおばさんが、右手に肉切包丁を片手に店先から出てくる。


『そうだ! ギルさんは僕らにこんな素晴らしい街を作る力をくれたんだ! よく知りもしないでギルさんを悪く言うなっ!』


 それに呼応するかのように、ゴブーザが声を荒げ、他の魔物たちからも非難の声が飛ぶ。


「……」


 それをテトルは茫然と眺めていたが、突然笑いだすと右の掌で自身の顔を覆う。そして――。


「あれほど他種族どころか同じ人族の平民すらも蔑み、家畜以下の価値しか見出していなかった貴方が、人族の敵たる魔物たちからこれほど信頼されている? こんなの質の悪い冗談だ」


 笑い声は次第に小さく、溜息のようなものに変わっていく。


「そうだ。冗談もいいところさ。なにせ、僕自身が改めて驚いているところだしね。でも、今、僕は記憶を失う前よりずっとすっきりと、居心地よく感じている」

「貴方も本来の居場所を見つけた。そういうことですか……」


 そうテトルは寂しそうにボソリと呟き、敵意を剥き出しにしてくる魔物たちを周グルリと見渡して深い深いため息を吐くと、


「何が望みです?」


 氷のような冷たい表情で僕に尋ねてくる。どうやら、交渉のテーブルには付いてくれるらしい。


「カイ・ハイネマン様にお目通りを願う」


 懇願の言葉を述べる。敬語を使ったのは別に要望を聞き入れて欲しいから媚びているわけではない。僕の口から実に自然に滑り出していただけだ。


「まったく、ここまで変わるのかよ……」


 テトルは疲れたように、僕を眺めながらそう独り言ちる。


「あの御方があの酸の湖におられることは知っている。でも、今の僕の実力ではどうやっても、あそこにはたどり着けない!」

「それはそうでしょうね。あそこを守っているのは師父側の存在ですし、この世界の理からはずれている。でも、殿下はそれにどうやって気づいたのですか?」


 まだ、信じられはしないのだろう。目を細めて尋ねてくるテトルに、


「予知能力さ。僕の能力は聞いているんだろう?」


 逆にかまをかける。あの御方は僕に試練を与え、実際にそれを観察している。とすれば、今の僕の現状を知っていてしかるべきだ。

 今から考えれば、ルーさんもあの方側の存在と解すれば実にすっきり説明がつくし。僕の予知能力についてはあの方に話していることからも、テトルたちが知っていても何ら不思議ではない。


「確かに、それなら納得はいく。よく考えればこのゲーム、殿下たちでは明らかにクリアは不可能。それにあの師父が気付かぬはずがない。もしかしたら、師父は僕がこの場に訪れることも想定済みということ? ならば、この僕の判断もゲームの一環ということか……」


 テトルは顎に右手を当てながら、一人の世界に埋没してしまう。


「師父? それって誰よ? アレス様のお知り合いかしら?」


 テトルの隣のラミがテトルに詰め寄るも、


「ゴメン、僕は少々、用ができた」


 ラミにただそう返答すると、僕に向き直り、


「殿下、今から貴方の最後の審判が始まります。この都市の広場に主要メンバーとともに集まってください」


 そう僕に重々しく告げる。

 最後の審判か。どうやら、あとはあの御方を説得するだけ。あの御仁は己の中に決して譲れないルールのようなものを持っている。失敗すれば、この都市の住民はともかく、僕は確実に死ぬし、この魔物の理想都市キャット・ニャーも果実に崩壊する。


「最後の審判って――ちょっとテトル――」


 ラミが血相を変えてテトルに説明を求めるが、まるではじめからいなかったかのように煙のようにその姿を消失させる。

 てっきり、彼女もカイ・ハイネマンの関係者かと思っていたが、どうやら違ったようだ。 

 彼女の発言には不自然な点が多い。十中八九、彼女は魔物ではあるまい。そして、この争いについて朧気ながら理解できる立場にある。少なくとも僕らよりはずっと。だから――。


「もうすぐ、あの御方と会う。君も来るかい?」

「ある御方? それって誰かしら?」


 眉を顰めて問いかけてくるラミから、しらばっくれているようには見えない。これで彼女はこの事件とは基本無関係であることは確定だ。


「そう。今から僕が合うのはこの世で最も強い絶対者さ。寛大な御方ではあるけど、怒らせると死ぬほど怖いから、無礼な態度だけは控えた方がいい。まあ、僕が言える立場ではないわけだけど……」


 人間種に過ぎない姉上のロイヤルガードになり、不敬を働いた真正の最低屑野郎の僕をも試練と称してチャンスを与えるくらいだ。あの方が超越者としてはあり得ないほど寛大であることは疑いない。

 だが、それはあくまで人という種に寛大であるだけで、一度あの御方のルールを逸脱したものに対してはどこの誰だろうととことんまで冷徹だ。実際に、僕の依頼を受けて実際に彼に牙をむいたバベルの副学院長――クラブ・アンシュタインはあっさり殺されてしまう。クラブはアメリア王国政府と対等に渡り合えるほどの地位と実力のある魔法使い。このことからも、人間族間のしがらみなど歯牙にもかけないのは明らか。

 もし、ラミが彼を真に怒らせるようなことすれば、まずただではすまないだろうから。


「そうね。この世で最も強い絶対者とやらに私も会ってみたいわ」


 ラミのその小馬鹿にした様子からも、僕の忠告など信じてはいまい。まっ、実際に彼に会えば、すぐにわかるか。過去の僕が、なぜ、ああも横柄な態度をあの御方にとれたのか、今となっては不思議なくらいだし。


「それじゃ、行こうか」


 僕はラミを促し歩き出す。

 


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