第30話 狂った常識

 ――キャット・ニャーから北西1㎞の地点


 アスタの投射系の能力により映し出された光景は、あの馬鹿王子ギルバートが念入りに燃やしつくしている光景を映し出していた。


「かはっ! くはははッ! いいぞぉ! そうでなくてはな!」


 堰を切ったように笑いだしていた。それもそうだ。あいつが私の予想を超えたパフォーマンスを見せたのだから。


「あり得ないのである……」


 対してアスタは珍しく狼狽を顔に漂わせていた。


「ほら、私の方が正しかったであろう?」

 

 アスタの奴、やけに馬鹿王子を過小評価していたが、あいつはあれでも王族。ローゼの言が正しければ、幼少期から戦闘の英才教育を受けていたし、武については中々のセンスがあったらしい。ならば、本性をみせてすらいないあの雑魚ナメクジなど瞬殺してしかるべきなのだ。


「マスター、貴方があれに何かしたのであるか?」

「うん? 何かって何をだ?」


 意味不明なことを言うやつだな。アスタの質問の意図がまったくわからん。


「ご存じない。たとすると、ギリメカラであるか? いや、奴がそんなマスターに黙ってそんなすぐばれるようなことをすわけがない。だとすると、これは……」


 形の良い顎に右手で摩りながら思考の海に飲まれているアスタに、


「ゲームは終了だ。ギリメカラにもそう伝えておけ」


 第一試練の終了宣言をする。


「あのナメクジはもういいのであるか?」

「まあな、この勝利の空気を邪魔されたくはない。私が処理しよう」


 分析能力のある図鑑の魔物に鑑定させたところ、あのナメクジ、一応あれでも私と同じ人間ではあるようだが、かなり特殊だ。だから、ちょっとやそっとのことでは死にはしないない。あの馬鹿王子はそれにうっすらと気づき、あそこまで完膚なきまでに燃やし尽くした。だから、あそこにいた奴の肉体は死んだ。それは間違いない。

 だが、あの雑魚ナメクジの最も警戒すべき特性は憑依と変質。憑依は誰にでも可能なわけではなく、いくつかの条件が必要。だとすると、今頃、あの哀れな盗賊の女にでも取り付いていることだろう。だから今から狩りにいくわけだがね。


「マスター、一ついいであるか?」

「うん? なんだ?」

「マスターはあれ・・のあの闘争を予見していたのであるか?」

「ああ、概ね予想通りだぞ」


 まあ、あの雑魚ナメクジが本性を見せる前に倒すとまでは思わなかったがね。だが、戦闘で重要なのはいかに己の得意を押し付けるか。相手に何もさせず倒す。それはある意味戦闘の理想形だ。だから、この第一試練はあの馬鹿王子の勝利でよい。


「己のその狂った常識を世界にすらも押し付けるのであるか。マスター……貴方は本当に恐ろしい御方である」


 アスタは大きな溜息を吐くと、しみじみとそんな人聞きの悪いことを呟いたのだった。

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