第27話 物騒な夢


――正当眷属ギルバート・ロト・アメリアの討伐図鑑の登録の申請――――拒否。

――正当眷属ギルバート・ロト・アメリアの討伐図鑑の仮登録の申請――――許諾。

――仮登録の範囲内で魂の情報から肉体、精神、コモンセンスを微小に改変させます。



 妙に無機質な声を子守唄に、沼底から意識が浮かび上がっていく感覚。

 瞼を開けるとそこはあの洞窟の中だった。


「おい、ギル、大丈夫か!?」


 あの洞窟の中でキージに全身を揺らされていた。


「ここは……」


 混濁する頭を数回振ると、


「――ッ⁉」


 あの妙に生々しい光景が脳裏に浮かび、飛び起きると周囲をグルリと見渡す。

 その不機嫌そうにこちらを見つめる赤髪にショートカットの猫女の顔。それが無残に首をへし折られている彼女の姿と重なり――。


「ターマっ!」


 弾かれるように立ち上がり、近寄ると彼女を抱きしめて、


「無事だったのかっ⁉ 怪我はないかっ⁉」


パタパタと掌でその全身を叩き、その生存を確かめる。


「ひへっ⁉」


 ターマはしばし間の抜けた顔できょとんとした顔をしていたが、次第に顔を真っ赤にすると眼球をさ迷わせて――。


「▽〇◆×――」


 よくわからない奇声を上げて僕を突き飛ばし洞窟の奥へ逃げて行ってしまう。



 ようやく今の状況を考えるだけの冷静さを取り戻していた。

 あれは一体どういうわけだ? 

 いくつか確かめたが、チャトとターマは無傷だった。何より僕と一緒に配置についていた事実を綺麗さっぱり忘れていた。いや、忘れていたというのは正確じゃない。

 

――全てなかったことになっていた。


 まさにこれが一番しっくりくる答えだろう。

 今は丁度、あの悪夢から数時間前の洞窟に僕らが戻ってきてターマと言い争いとなっていたとき。言い争いの最中、僕が突然、ぶっ倒れて意識を失ったらしい。

白昼夢というやつだろうか? それにしてはリアルすぎた。あれをただの夢と断じるのはあまりに無理がある。

 だとするとあと考えられるのは、未来視か、いや寝ていたわけだから予知夢がより正確だろうか。僕は記憶を失っており、自身の恩恵をしらない。十分ありうる話だ。

 そして、そのトリガーは多分命の危機。危機が間近に迫り、強制的に未来を見せられた。そう考えれば全てしっくりくる。

 だとすると、非常にマズイな。あの青髪の男に勝てる要素が一つもない。というか、奴の動きを視認すらできなかったのだ。今の状態ではどうやっても皆殺しになるのがおちだ。できることといえば、逃亡を図ることだが、そうすれば、シャルは二度と戻ってこない。そんな気がする。


「八方塞がりというやつか……」


 頭をガリガリと掻きむしっているとキージとチャトが近づいてきた。まあ、お互い命を懸けての戦いに挑むのだ。これだけ挙動不審な挙動していたら、それは気にくらいなるよな。

 チャトは僕の胸倉を掴むと洞窟の奥の個室まで引きずっていく。キージも後に続く。


「ギル、何があった? 聞かせろ?」


 キージが真剣な顔で尋ねてくる。

 この場所に連れてきたのは、あまり他人には聞かせたくはないからだろう。おそらくキージの指示だと思うが、今回に限り、この上なく正当だ。なにせ、絶対勝てない相手と戦うなんてしれば、混乱は必至だからな。


「信じるかどうかは、君ら次第だ」


 僕は声を顰めつつも、僕が見て感じたことを話し始める。



「予知夢か。確かにそれは最悪だな」


 キージがボソリと呟く。

 驚いたな。本気でこの話を信じるのか。どれだけ自身が荒唐無稽な話をしているかなど理解している。何より僕自身が半信半疑なんだ。まさか、こうも素直に信じてもらえるとは夢にも思わなかったのだ。


「おいおい、キージさん、本気でそんな与太話信じるのか?」


 眉を顰めながらチャトも当然の問いかけをする。チャトは信じられないようだが、激怒していないところからも、僕が洒落や冗談で言っていないことは察知しているのかもしれない。


「まあな。あいつも、そんないかれた恩恵ギフトがあった。大方予知夢はお前たち人族の神から与えられた恩恵ギフトってやつだ」

「おいおい、だとすると、俺死んじまうってのか?」


 チャトが真っ青に血の気の引いた顔でボソリとそう独り言ちる。


「心配するな。俺に考えがある。少し待っていろ」


 キージは部屋に飛び出していくと、細長い木箱を抱えて持ってきた。


「これだ!」


 木箱の蓋を開けるとそこには三つの杭のようなものが入っていた。


「それは?」

「過去にあるハンターからもらった能力制限の杭だ」

「あーあ、シャルにペンダントをあげたハンターかい?」

「そうだ。あいつに最後の最後のドンずまりのきに使えと言われたもの。その三つの杭の範囲に奴を入れて魔力とやらを込めると発動するらしい。生憎俺たちシープキャット賊はシャルム以外魔力の操作ができない。だが、此度はお前がいる。これ使えないか?」


 杭を手に取って精査する。確かにこの文字は古代語。間違いなく遺跡で発掘される古代兵器。遺跡の効果はそれこそ非常識であり、まさに国家の至宝とされるもの。まともに機能さえすればあの化け物にも十分な効果が見込まれることだろう。おそらく、あれに勝利するにはそれしかない。


「うん。それしかないね。でも一番の問題はあれがその宝物の発動までのんきに待ってくれるかってこと」


 僕には奴の挙動が微塵も認識できなかったのだ。あの化け物が大人しく発動までじっとしているとはどうしても僕には思えなかった。


「そいつはそれほど早いのか?」

「早いよ。奴の動きが僕にはまったく見えなかった」


 気が付くと奴が背後にいたのだ。あの化け物にとって僕らなど鈍重なスライムに等しい。とても成功するとは思えない。


「なんとかそいつを一定期間定位置にとどめ置く策はないか?」

「いったろ。微塵も認識できなかったと。奴の足止めなんて――」


 いやまてよ、あの時奴はなんて言っていた。


 ――あーら、殺しちゃった。メスは生きてとらえるんだったよねぇ。


 そうだ。奴はあのときそう言った。多分僕とチャトが武装していなければ、ターマは五体満足でいられたんだと思う。


「なんでもいい! 頼む! 里の未来がかかっているんだっ!」


 キージは僕の両肩を鷲掴みにすると、必死の形相で懇願の言葉を吐いてくる。隠していても不信感を与えるだけで意味はないか。キージならダメな理由を理解してもらえるだろう。


「夢で奴らが女性は殺さないと言っていたのを思い出したんだ」

「でも、ターマはしっかり殺されちまったんだろ?」

「奴の言が真実ならばターマを殺したのはあくまでイレギュラー。だが、チャトの言う通り、あっさり彼女も殺されてしまったし、絶対ではない。そんな危険な方法はとれない」

「そうか……そうだな。別の方法を探すしかないか……」


 キージが肩を落としたとき――。


「私が囮になるわ!」


 扉を開けて赤毛ショートの猫顔の女性――ターマが入ってくると腰に両手を当てて宣言する。大方、部屋の外で耳をすませていたのだろう。


「ダメだよ。あまりに危険すぎる――」

「よそ者は黙ってて!」


 ターマは僕に叫ぶとキージに近づき頭を下げる。


「キージ様私、囮になります!」

「駄目だ! 危険だとギルも行っていただろ!?」


 首を左右に振って否定する。


「そんなにその人間が強いのなら、どのみち、逃げられるとも思えない。捕まれば奴隷か死ぬかよ。だったら、たとえ危険でも里のために私も戦いたいっ!」


 運命にでも取り組むような真剣な表情でそう思いうちをぶちまける。


「キージさん、今回は俺もターマに賛成だ。奴の速さが異常なら俺たちは木偶の坊。囮の役さえなれず、即殺される。だが、女のターマならそいつも殺さずどうするか考慮するかもしれねぇ。そうなればこっちもんだ!」


「チャト、だから僕は危険だとっ!」

「ギル! ターマも行っていたろ! 奴らはお前とは違う! 俺たちを意思のある生きものとはみちゃいねぇ! だからこそ、この策は効果覿面なんだ! 違うかっ!」


 下唇を噛みしめつつも、チャトは怒声を張り上げる。

 違わない。奴がシープキャットを家畜としか見てない以上、会話はすまい。抵抗させしなければ、ただその商品としての価値を見定めようとするはず。そこに此度の戦の勝機がある。


「わかった。僕はキージの決定に従うよ」


 キージは少しの間、瞼を強く閉じていたが、


「やろう! 里を守るぞ!」


 そう言葉を絞り出したのだった。




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