第4話 次のシナリオのための布石
「お前から、この都市の開発計画について話せ」
30年もみっちりしごかれたのだ。私が納得するだけのプランは出してもらわねば困る。
「……」
フェリスは私の指示には返答すらせずに、ボロボロの布袋から不機嫌そうにテーブルにいくつもの羊皮紙の束を取り出すと、机の上に放り投げる。その汚い文字で書きなぐられた羊皮紙を手に取り、流し見る。
領地の規模に応じた税の徴収法。その税の効率の良い公共事業、新事業、技術開発への振り分け方。教育の重要性とその実施方法。いくつかの統治機構のプラン、etc。
「すごい……フェリスお姉さま、これってすごいですっ!」
「……」
火照ったような顔で叫ぶローゼに、フェリスは相変わらず不愛想に机の上にあった最後の一枚を掴むと、乱暴にテーブルの上に置いた。
その羊皮紙には――。
『イーストエンドの荒野及び【深魔の森】の大規模な開発が必要不可欠。それには前に述べた莫大な資金と領民の確保が必要。資金を生むのはマンパワー。つまりぃぃぃぃぃ――――――――』
かろうじて解読できるかのような文字で書きなぐっており、その最後はミミズがのたくったような文字が続いていき――。
『労働力がまったく足らん!』
大きくそう書かれていた。
ようやく、私の言っていた結論に到達したか。要するに、いかに立派なシステムを考案しても、理想を語っても結局、十分な民がいなければお話にもならぬ。
組織経済の強さとは構成員の数。数さえいれば、内需だけで経済を回せる。それは紛れもない事実なのだから。
「結局、そこに行き着きますか……」
ローゼがテーブルに頰杖をつきつつぼんやりと私たちの最大の難題について口にする。
「案はあるぞ」
「却下です! 今の状況で魔族は領民に勧誘できません」
「なら――」
「魔物は猶更です! 世界を敵に回すつもりですか?」
うーむ、取りつく島もないな。だが、これはローゼにとっても良い機会かもしれん。
「そこまで否定するのだ。ローゼ、人員確保についてはお前がやれ」
いつまでも、私におんぶ抱っこでは困る。人員確保が成功するにしても失敗するにしても、ローゼにとって得難いものとなるだろう。
「もとからそのつもりです」
ローゼはきっぱりと断言する。
「ならば、バベルの学院が始まるまでの半年までに人員を確保してみせろ。もし、できぬときは私が強制的に介入する。それでいいな?」
「望むところです! 絶対に見つけてみせます」
有無を言わさぬ口調で言い放つと、ローゼは思い入った決心を眉に集めて大きく頷く。
これでお膳立ては揃った。もちろん、私は既に水面下で動いているし、人員確保の撒餌も巻いている。
「アスタ、
「確認したのである」
顎を引くアスタに口角が吊り上がるのが自覚する。計画はこの上なく順調に推移している。
もし、
「
半眼で尋ねてくるローゼに、
「さあ、どうだろうな」
ただ、肯定とも否定ともとれる返答をしておく。
今のローゼに話すことは何もない。己の願望を叶えるべく、せいぜい精進してもらうとしよう。
とりあえず、先のバベルの件で私は自重してもマイナスにならんことを思い知った。下手に予想外の自体となるくらいなら、先に次の
「それはそうと、ソムニ、テトル、私が教えるにはあまりにもお前たちは基礎ができちゃいない。私の配下の者たちに徹底的にもんでもらえ」
私の言葉にローゼを除いた部屋中の者たちからぎょっとした視線を向けられる。
「ん? なんだ?」
「師父、それ、本気かよ?」
頬を引きつかせながら、ザックが尋ねてくる。
「もちろんだとも。一切の妥協は許さぬよ」
なにせ、この二人は次の舞台のメインキャスト。今のような風が吹けば飛ぶような実力では困るのだ。せめて、Cランクのハンター並みの力は得てもらわねばな。その上でこの私が戦闘に必要な技術を叩きこんでやる。
「ありえないのである……そんなことを命じれば、あの変態どもが狂喜乱舞してどんな行動にでるか……」
まるで奇怪な生物でもみるかのような目で首を何度も左右にふるアスタに、
「御方様の配下のものたちって、ギリメカラ様か?」
「配下って仰っておられるのだ! ネメア様やラドーン様もだろう!」
「嘘だろ⁉ そんなの普通に死ぬぞ!」
次々に風猫の幹部たちが驚愕の声を上げた。
全員から憐憫の表情を向けられて、ソムニとテトルは生唾をゴクリと飲み込む。
「ただし、いくつかの条件は厳守してもらう」
「じょ、条件とは?」
そのソムニの疑問に、
「それはお前たち二人が知る必要がないことだ。心配するな。お前たちに不利益があるようなことではない」
強く口調でそう断言する。
いくつかの条件にはソムニとテトルへの加護の原則禁止がある。別に他から与えられた力を否定するつもりはない。ただ、二人がいずれ向かわなければならぬ試練には己の力で立ち向かわねば意味はないのだ。だから、ノルンの領域を最大限生かすような加護のみを採用することにした。あとはそれを生かすも殺すも本人次第。
私は修行に耐えられるだけの自力を有するまでは教えるつもりはない。まあ、私の剣術はそもそも人に教えるような小奇麗なものではない。だから、ザック同様戦闘に必要不可欠なもののみを教えるつもりだ。それだけで、次の舞台は十分演じきれる……はずだ。
「わかりました。やります!」
「ぼ、僕もやります!」
ひとかたならぬ決意を漲みなぎらせた眼差しを向けつつも、大きく頷いてくる。
「いい答えだ。あとで、私の配下を紹介してやる。私たちの場所まで早く駆け上がってこい!」
大きく伝えると、ローゼに視線を向ける。
「ローゼ、お前もだ。一応の答えを出して見せろ」
むしろ、今回の件はローゼの方が遥かに難題だ。だから、実際に見つけられなくてもいい。その可能性さえ示せれば、御の字。おそらく、鍵はアメリア王国やグリトニル帝国が口散らかした場所にあると思われる。
「ええ、必ず新領民候補を探して出して見せます」
ローゼは運命に取り組むような真剣そのものの顔で噛みしめるようにそう宣言したのだ。
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