第10話 適正試験


 午前中は適正試験。幸か不幸か、受験生の数が多いせいだろう。周囲にルミネとローマンの姿はなく、鬱陶しいスキンシップもなく実に平和だった。

 ただ、その中のごく一部は遠くからこちらを眺めながら、ヒソヒソと噂話に花を咲かせている。十中八九、バカボン王子の件だろうな。私もかなり無茶をしたし、この程度の認知度なら逆に少ないと考えるべきかもしれない。ま、誰にどう認識されようと知ったことではないがね。

 そんなこんなでいくつかの適正試験が終わった。

 一つが魔力量試験。もちろん、『この世で一番の無能』の私がA級ハンター並みの魔力を有していたら、大騒ぎになる。だから、【封神の手袋】によりステータス平均1に調整したので問題なくクリア。

 二つ目が魔法発動試験。私のようにギフトにより魔法自体が発動し得ないものは僅かならが存在する。これは、そんな者たちを弾くための試験であり、なんでもいいから魔法を発動せよというものだ。もちろん、魔法を使えぬ旨を告げると、試験官に同情の視線を向けられ、学生たちから嘲笑を受ける。うむ、実に予想を裏切らぬ反応だな。

 三つ目が体力測定試験。筋力、耐久力、持久力などの一般項目を見るための試験だ。【封神の手袋】により当然にステータス平均1にした上で実施したので目立たず無事に終了する。

 そして次が適性試験の最後、召喚適性試験だ。

 どうやら試験の内容はあの綺麗な白色の毛並みの大型の犬科生物に好かれるかの試験のようだ。パンフレットには、試験名――コウマとの親和度――とある。『コウマ』とはあの犬科生物のことだろう。

 坊主の学生が触れようとすると手前で、白色の犬科生物に低い声で唸られ威嚇される。

 次の学生も同じ。というか、今まで一度もあの『コウマ』とかいう犬科生物は誰も己に触れさせてはいない。触れるスレスレで威嚇がなされ、僅かに騒がしくなったことからも、これはどこまで『コウマ』に接近できるかの試験なのかもな。

 次に触れようとしているあの金髪ボブカットの少女はルミネだな。

 ルミネは昔から、大のモフモフ好き。案の定、目を輝かせてその首元に抱き着いた。

 まさか、『コウマ』もこんな反応をするとは思わなかったのだろう。暫く目を白黒させていたが、真っ白な毛並みに顏を押しつけて奇声を上げるルミネに、コウマは大きなため息を吐いて瞼を閉じる。

 ドヨメキと歓声が至る所から起きる。あれって好かれているというより、呆れてやしないいか。仕方ねぇなこの子供、きっとそんな心境だと思うぞ。ともかく、嫌いなら振り払っているんだろうし、コウマにとっても他の学生よりはルミネが気に入っているんだろうさ。

 今も引っ付いて離れないルミネを困惑気味の塔の職員が引き離して、ようやくルミネの試験は終了となる。

 そして――遂に私の番になる。


「次、【20456】番!」


 番号を呼ばれたので、一歩前に出る。

 犬科生物に気に入られるか。迷宮産の犬科生物ならフェンを筆頭に妙に懐かれてはいるぞ。所詮、イージーダンジョンの魔物だしな。

 このコウマも微塵も強そうに思えんが、仮にも塔が試験官に選ぶほどの霊獣の様だしな。何も強さだけが精霊や霊獣たちの格というわけではるまい。こいつにはフェン達にはない秘められた力がある……んじゃないのか、多分……。

 横たわりながら、心底興味なさそうに私を眺めているコウマに笑顔を浮かべて近づこうとしたとき――。


『マスター! マスター! 僕、お腹すいたぁッ!』


 私の胸に突如子狼フェンが出現すると、尻尾をブルンブルン振りつつも、そんな予定調和な催促をしてくる。そういえば、そろそろお昼の時間だったな。


「すまんな。本日、私は少々忙しい。昼飯は九尾にでも作ってもらいなさい。その代わり、夕飯はお前の好物のハンバーグを作ってやる。だから、もう少し待つように」


 そっと頭を撫でて幼子を諭すように、語り掛ける。


『うー、僕、我慢するぅ!』

「うむ、いつもフェンはいい子だな」


 抱き締めて一撫ですると、気持ちよさそうに目を細めて、


『その代わり、ハンバーグね! 約束だよッ!』


 小さな肉球を上げて、いつもの催促をした。


「わかった。わかった。約束しよう」


 私の返答に満足したのか、姿を消すフェンに苦笑しながらも、白色犬科生物コウマに視線を戻す。

 コウマはポカーンとした顔で半口を開けていたが、私と視線が合うとビクンッと全身を硬直化させる。そして、急速に血の気が引いてガチガチと歯を鳴らして後退り始めた。

 うーむ、これってどうみても怖がっているよな。変だな。犬科生物を恐怖させるような凶悪な外見はしていないはずなんだが。最近、ザックやアスタから頻繁に魔王も裸足で逃げ出す、のような冗談を言われるが、私の外見ってそんな凶悪顔になのだろうか? いや、そんなはずないさ。あいつらの感性がおかしいだけ。きっとそうだ。

 ここは、笑顔で私に敵意がない事を知ってもらう事にしよう。

 口角を上げてニカッと鉄壁の笑みを浮かべながら、


「ほーら、こわくない、こわくない」


 両腕を広げてネコナデ声でコウマに近づいていく。


『ひぃっ!』


 私の姿を視界にいれるやいなやコウマは小さな悲鳴を上げて、猛スピードでバベルの塔の試験官である紺のローブにとんがり帽子を被った女性職員の背後に隠れると伏せの状態で頭を両手で覆ってガタガタと震え出す。

 笑った状態で硬直化している私に、


「ほら! あんたのその気色悪い作り笑いで、この子怖がっちゃったじゃない! 早く、どっかに行きなさいよ!」


 部屋を出ようとしていたルミネが血相を変えてこちらに駆けてくると今も震えるコウマの前に立ち、庇うように両腕を広げて批難の声を上げる。

 んー、どうやら、完璧にスキンシップに失敗したらしい。この試験はこの犬科生物に好かれるか否かの試験のようだし、ここまで怯えさえれば、きっとこの試験も不合格だろう。

 いいさ。別にこの試験自体、ローゼがしつこいから受けているに過ぎないし。

 ま、内心を独白すればザックの笑顔が魔王のようだという私の評価に対する冗談の真実味が増した感じがして、多少なりともへこんではいる。


「試験は終わりか?」


 コウマの態度に戸惑っている女性職員に尋ねると、


「え、ええ」


 頷いたので、私は召喚適性試験の会場をあとにした。


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