第4話 バベルでの食事


 宿を取った後、ローゼのおすすめの店とやらを訪れる。

 そこは都市の東西に延びる大通りメインストリート沿いのレストランだった。

年期の入った建物に、様々な制服を着ている学生がみられることからも、いわゆる大衆食堂のようだ。実にローゼらしいチョイスである。まあ、私としても堅苦しい高級店よりはこちらの方がよほど落ち着くというものだ。


「では、座りましょう」


 ローゼに促されて、隅の席に座る。



「美味しいのです!」

「美味しい!」


 食いしん坊のファフとミュウが、幸せそうに肉料理を口に運んでいる。


「確かにこれは美味いな」


 九尾ほどではないが、ここのレストランのシェフは中々の腕だ。現に根が正直なファフは終始美味いという感想しか口にしていない。少なくともこの世界ではまさにトップレベルの料理人だろうさ。

 それにしても、この場所はこのレストランの中でも隅なのに、さっきからやけに注目の的なわけだが。原因は多分、ローゼだろうな。仮にも塔の在籍者で、アメリア王国の王女だ。中身がいくら残念王女でも、知名度は相当あるんだろうさ。

 そんなまさに針の筵のような状況の中、僅かな騒めきが起こり、耳が長い銀髪の少女が私たちのテーブルまで近づいてくる。紫と白を基調するプリーツスカートとベスト。そしてこのベストの上から絢爛な装飾が成されたローブを纏っている。


「カイ様、ごきげんよう」


 銀髪の少女は挨拶ともにスカートの裾を摘まんで礼儀正しく一礼してくる。この女、確か、ミルフィーユとか言ったか。ローゼ曰く、このバベルの塔のクラスメイトだったがな。


「うむ。お互い元気そうで何よりだ」

「ローゼも、ごきげんよう」


 ローゼに軽く右手を上げ、


「ええ、ミルフィー、ごきげんよう」


返答するローゼに微笑を浮かべると、銀髪の少女、ミルフィーは私に向き直り、

 

「私も同席してもよろしいですか?」


 端的に尋ねてくる。同席と聞いて騒めく室内。なんだ、こいつら? たかが学生どうしの同席だろう? なぜこんなに大騒ぎする必要がある? どうにも、ここの学生たちのリアクションについていけんな。


「ああ、別に構わんぞ。なあ、ローゼ?」


 ローゼに視線を向けて同意を求めると、うすら寒いような作り笑いを浮かべつつ、


「ええ、かまいません」


 深く顎を引く。ローゼ、その笑顔、マジでファフとミュウが怯えるからやめろって。このローゼの様子からいって、このミルフィーユという女とローゼってあまり仲が良くないんだろうか? 以前、ローゼから聞いた感じでは、仲が悪いようには思えなかったんだがな。

 少なくともアンナが、全く動じずファフの口についた汚れを拭いていることからも、この二人のやり取りはさして物珍しいものではないのだろうさ。


「それでは遠慮なく」


 丁度空いていたローゼの隣の席に座ると、ミルフィーは店員に料理を注文する。

以前は相当怯えられていたが、今回は全くそんな感じはしない。


「カイ様もこの都市に滞在されるのですか?」

「そのようだな」


 私としては甚だ遺憾だがね。


「カイは私の騎士だし、当然ですね」


 ミルフィーはローゼの言葉に答えもせず、身を乗り出すと、私の両手を握り、


「カイ様、来週の統一試験、応援しています! カイ様なら間違いなく主席合格だと思いますけど」


 そんな初耳のイベントを口にする。

 来週の試験? まったく聞いちゃいないぞ。ローゼに批難の視線を向けると、慌てたようにそっぽを向く。こいつ、あえて、私に黙ってやがったな。

 ま、いいさ。この情報の有無で私の今後の行動に差異が生まれるわけではない。


 私が口を開こうとしたとき、一際大きな騒めきが起こる。そして、それは今までとは比べ物にならないもの。

 頬杖を突きつつ視線を音源に向けると、金髪のイケメンを先頭にしてミルフィーと同じ装飾の為された制服を着用した一向がぞろぞろと入ってきていた。

 あれは王位継承権で一度見たことがある。アメリア王国の王子ギルバートだったか。


「おいおい、本当にこんなボロイ店が本当に美味いのかよ」


 ギルバートの隣にいる赤髪の少年が小馬鹿にしたように建物内を眺めまわして、そんな不躾な感想を述べる。


「は、はい! ここの料理はとっても美味しいです! きっと殿下もお気に召されると思います!」


 鼻根部にそばかすのある大人しそうな少年は不憫なくらい萎縮した状態で、震え声で叫ぶ。


「本当だろうなぁ? お前の無能さには俺達、心底うんざりしているんだ。特にこれは殿下のお食事。失態は許されねぇぞ!」


 取り巻きの少年の一人が胸倉を掴んで、凄むと少年は泣きそうになる。


「まあまあ、彼もこれが王子の食事だとはわかっていると思います。もし、不味かったら、その時は君、責任の取り方はわかっているねぇ?」


 護衛と思しき真っ白な鎧を身に纏った金髪の青年がそばかす少年の右肩に手をのせて耳元でそう囁く。

 本来咎めるべき護衛の大人が、子供を脅迫するか。やはり、アメリア王国の貴族どもには嫌悪感しか湧かぬな。


「は、はい……大丈夫……だと思います」


 消え入りそうな声で頷くそばかす少年。

 ギルバート一向はレストランの中心まで来ると、


「おい、どけ! ここのテーブルは王子がお使いになる!」


 ギルバートの取り巻きの少年の一人が、食べていた学生たちを見下ろしそう強く叫ぶ。


「は、はい!」


 面倒ごとに巻き込まれては叶わない。そんな心持なんだろう。大層慌てて、離れたテーブルに退避する学生たち。

 ふーむ、あそこまであからさまに横柄な態度の者も珍しい。というか、もしかしてあれがアメリア王国の王侯貴族の常識だったりすんだろうか。田舎出身のプチ貴族だから知らんかったわ。

 ともかく、ここはアメリア王国ではなくバベルだ。いくらアメリア王国が大国だといっても、あんな恥知らずな奴ら、よくもまあ、王国政府は放置しておくものだ。どうみても国家の汚点だろうに。

 ギリッと歯ぎしりをして立ち上がろうとするローゼの右腕をアンナが掴むと首を左右に振る。ローゼたちの様子からいってこの手のいざこざは日常茶飯事なのかもな。

 ようやく、ギルバートもローゼに気付き、顔を不愉快そうに歪めると、お付きのものが引いた椅子に踏ん反りかえる。

 あの者たちはミュウ以上に幼子のようだ。


 不自然なほど静まり返る室内。室内のほとんどが、一言も話さず料理を食べている中、ギルバートたちのテーブルに料理が運ばれる。

 ギルバートはあからさまに顔を嫌悪一色に染めると、

 

「なんだ、これは? これが料理のつもりなのか? 僕のペットの方がよほど良いものを食べているぞ」


 料理に唾を吐くと、右手で皿ごと地面に振り払う。当然、真っ白な皿は床に落下して割れて、料理はぶちまけられる。


「ここの責任者を呼べ!」


 金髪の青年騎士が激高し、


「は、はい!」


ウエイトレスの少女が慌てて、奥に駆けこんでいく。

直ぐにオーナと思しき黒服を着た小柄な男が、不貞腐れた表情のコック姿の白衣の小柄な青髪の少女の右腕を掴んでやってくると、


「申し訳ございません! ほら、お前も謝らんか!」


無理やりその頭を下げさせた上で、ギルバートに謝罪をし始めた。

悪鬼の表情で再度立ち上がろうとしたローゼの右腕を今度は私が掴む。


「カイ、なぜ――」

「いいから、ここは任せろ」


見苦しい獣どもの行為を見ているのにも飽きた。というか、不快極まりないしな。席を立ちあがると、


「師父、あまりやりすぎんなよ。苦労知らずの餓鬼どもには師父の調教は少々、刺激が強すぎる」


 ザックが不躾で人聞きの悪い忠告をしてくる。


「そうであるな。哀れな虫けらに、ミジンコほどの慈悲を賭けるのも良いのである。ほら、一日一悪ともいうし、マスターではなく、吾輩がその調教承ってもよいのである」


 アスタの意味不明な進言に、


「いやいや、言わねぇよ! 普通、一日一善だっての! アスタの姉さん、マジでそれ願望入ってるからっ! 頼むからあんただけはやめてくれ!」


 慌てて右手をブンブン顔の前で振りつつも切実な要望を口にするザックに、


「カイ様があれを成敗するんですね。すごく興味があります!」


 ウキウキ顔でミルフィーが身を乗り出す。


「カイ、ザックじゃないけど、あまりやりすぎないように」


 肩を竦めながら、皿に料理を取り分けながらも、アンナが凡そ昔の彼女では考えらえない発言をする。


「アンナ、お前、仮にも王族を守護する騎士だろ? 止めなくていいのかよ?」

「どうせ、カイの事だから止めたって無駄だし」

「そうかもしれんが……いや、違うだろ!」

「それにローゼ様を嵌めた怨み、私忘れてないよ!」


 アンナも大分、変人と奇人の中にいて変わってしまったな。少し前まではもっとこう――。


「ともかくさ。カイ、やっちゃって!」


 アンナは笑顔で親指を上げてくる。

お前ら、絶対楽しんでるよな? そうなんだよな?


「お兄ちゃん?」


唯一不安そうに見上げてくるミュウの頭を、優しくなでる。うむうむ。お前だけでもまともで嬉しいよ。


「ファフと一緒に料理を食べてなさい」


そもそも今も見向きもせずに料理をかぶりついているファフに親指を向けつつ指示を出す。

そして、テーブルに置いてあった水瓶を掴むと、私は調教するべくギルバートたちの方へ歩いていく。



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