第25話 悪竜デボア討伐戦の開始


 強制に近いフェリスと風猫の説得が終了し、渋々フェリスはタイタンとともにアキナシの街へと出立した。

 無論、この周囲には領軍がしこたまいるが、基本雑魚ばかりだ。あの悪霊の力さえ借りれれば、突破の障害にすらなるまい。念のため、タイタンとかいう悪霊はギリメカラの眷属にしておいたし、もし裏切ったらすぐにわかる。その際は一切の自重なくこの世の地獄を見せてやるさ。

 そんなこんなでまずは風猫の住民、強化計画へと入る。今も目下襲撃を受けている最中なのだ。武術はもちろん、ザックのように魔法を教えている余裕もない。

 風猫の住民への試練は、自らの手で勝利を勝ち取ることにあり、そもそも強さを得ることにはない。故に、裏技のような方法で無理やり強化することにしたのだ。

 具体的には、討伐図鑑の者たちの加護を与えさせる。

 どうやら、『加護』とは、上位の存在が下位の存在に己の力の一部の使用を許可すること。

 これにより、討伐図鑑の者たちの有する特殊な能力を一部に限り使用可能となった。もっとも、所詮、能力の一部使用の許諾に過ぎない。本家の能力には足元にも及ばない。討伐図鑑の仲間たちは私よりも弱い以上、強者には全く太刀打ちもできぬだろう。

 だが、周囲の領軍は基本雑魚ばかり。策さえしっかり練れば、勝てぬまでも善戦はできよう。

 第一、此度の風猫の試練のクリア条件は、あくまで領軍どもを撤退させることであり、馬鹿正直に奴らと正面衝突することにはない。これ以上、私が戦闘につき、手を貸すのは少々やり過ぎだし、当初の趣旨に反するというものだ。

 その代わり、戦術教育、補給や治療、拠点防衛の際の改築等については、最大限のバックアップをさせてもらおうと思っている。

 そんなこんなで風猫の防衛はギリメカラに一任し、アキナシ領へと向かった。

 フェリスたちへ課した試練は、悪竜退治。これは、情報屋ムジナから得た、過去の異世界人、コテツ・アキナシのもう一つの物語。

300年前、異世界人、コテツ・アキナシは悲運にもこの世界へ迷い込んだ。慣れぬ文化、慣れぬ常識、様々な葛藤に苦しみながら、彼はその特殊な力により、このアメリア王国の数々の危機を救う。

 その中でも最大の危機、それが悪竜――デボアの襲来だった。ある意味、デボアはコテツと同じ、異世界からの来訪者。突如、アメリア王国の東側付近に出現したデボアは、街を焼き払い、年間500人の子供と500の若い女を生贄として差し出せと要求してきた。

 もめにもめた結果、当時のアメリア王国政府はこの要求を拒否。討伐隊が組織される。

 当時のコテツには、恋人がいたが討伐隊に加わらなければ、その恋人を生贄に差し出すと脅されてやむを得ず、仲間とともに参戦した。

もっとも、悪竜は強すぎた。コテツを始めとする討伐隊は全滅。そして、悪竜の報復により、コテツの恋人も死亡してしまう。

 憎悪の炎を燃やしたコテツは太陽神――スコルから、封印の力を借りて眠っているデボアを封印してしまう。

 ただし、この封印を維持するためには、その際の契約により、コテツ・アキナシの血がこの封印の地に存在し続けなければならない。

 それゆえ、この300年間、豊富な鉱山資源があるにもかかわらず、アメリア王国はアキナシ家以外の統治を決して認めなかったのだ。

 今のコテツのデボアの討伐云々の話は、混乱を避けるために、アメリア王国政府があえて流布した虚偽の噂ってわけ。まあ、山の頂上に国を滅ぼしかけた怪物が眠っていると知ればそれだけで大パニックだし、アキナシの領地からは豊富な鉱物資源が取れる。土地の効率よい利用の観点からもアキナシ家に統治させるのが最適だったわけだ。

 ただの作り話にしては、筋は恐ろしく通っている。故に、私はムジナからこの情報の真偽を確かめるべく調査をしたところ、あっさりアキナシ領の鉱山の頂上の祠に、封印が施してあり、その異空間の中に巨大蜥蜴が閉じ込められているのを発見した。

一応、討伐図鑑の一員であるフェンこと、フェンリルの眷属にこの手の結界を得意とする狼系の魔物がいたから、そいつに結界のすり抜けを命じた上で、他者の思考を読むのが得意な虚弱精霊――サトリに結界内で奴の思考を読ませた。結果、あの巨大蜥蜴――デボアは、悪質な性格の人食い蜥蜴であることが判明する。

 デボアはアメリア王国政府の文献では一応、竜となっているが、あのイージーダンジョンの討伐図鑑の竜たちとは比較ならないほど弱いらしい。らしい、とういのは、あの虚弱精霊サトリが、あれなら自分でも勝てると言っていたから。最弱のサトリにすら敗北する蜥蜴を竜とみなせば、あの血気盛んな討伐図鑑の竜たちは間違いなく臍を曲げる。下手をすれば、また妙な旗を持って、よくわからん権利主張をし始めるかもしれん。特に今回のギリメカラ派の活躍に相当対抗意識を燃やしていたし。

 あいつら、基本私とファフには忠実なんだが、どうにもプライドが高すぎるんだよな……。ともあれ、一応、討伐図鑑の竜たちにも風猫の住人に加護を与えるよう指示を出しておいたし、幾分でも奴らのプライドは満足するんじゃないかと思う。

そんなこんなで、この救いようのないクズ雑魚巨大蜥蜴を上手く利用し、我らの最大の利益を上げようとしたってわけだ。

 現在、ネメアの創り出した領域内で人類と巨大蜥蜴の戦いを観戦している最中ってわけ。これは、アキナシの街そのものを特殊な空間に収納するものであり、空には外の光景が様々な角度から観察できる。

 うーん、命懸けの戦闘は、たとえそれが未熟者同士であっても観戦し甲斐があるものだな。


「三大勢力を率いてのフェリスお姉さまによる悪竜デボアの討伐、それがカイの今回の計画の骨子だったというわけですか?」


 今も善戦しているフェリスたちを見上げながら、ローゼが震え声で答えるまでもない事を尋ねてくる。


「うむ。あの巨大蜥蜴は我らの利益を最大値とする、とびっきりの玩具だ。有効活用しない手はないさ」

「玩具ですって!? あれはかつて王国を破滅に追いやった悪竜デボアですよ!」

「破滅に追いやったねぇ。それは、あまりに大げさに過ぎるな。あの程度なら、アルノルト一人で楽々処理できるだろう」


 見た目は確かに強そうだが、私の見立てではBランク以上のハンターが総出でかかればほぼ無傷で勝利できる類の魔物だ。伝説は所詮、伝説に過ぎなかったと言う事だろうさ。


「カイ、貴方ならあれを討伐できると?」


 ローゼのこの様子からして、あの巨大蜥蜴に本気で危機意識を覚えているようだ。ま、一応、巨大だし、火も吐くし、竜に見えなくもない。戦闘に疎いローゼなら当然かもしれん。


「まあな、だから心配するな。もし危なくなったら、問答無用でこの祭りは終わらせる。なあ、フェン?」

『うんッ! 僕がぶっ殺すから大丈夫っ!』


 銀髪の獣人、九尾の腕の中のモフモフの子狼――フェンが小さな肉球を掲げて叫ぶ。

 最近フェンは遊んでやれておらず、若干欲求不満気味だったしな。あの巨大蜥蜴なら、丁度よい玩具だろうさ。


「そう……ですか。フェンちゃんでも処理が可能……ならば――」


 顎に手を当てて思案を開始するローゼに変わって、この地、アキナシ領の領主、オリバー・アキナシが増悪の表情で私に詰め寄ると、


「ふざけるなっ! あれは、悪竜デボアだぞっ! 英雄コテツ・アキナシですら倒せず、封印せざるを得なかった最悪のドラゴンだ! それをよりにもよって故意に復活させたというのかっ!」


 掌で私の胸部を叩きつけるように押すと絶叫する。

 オリバーの行為にネメアの眉がピクリと動き、九尾が爪を伸ばす。


(まてまてまて!)


 大慌てで、私は右手を上げて二人を制止した。


「その通りだ。君がそう叫ぶように、あの巨大蜥蜴には大層な伝説がついて回っている。それをフェリスたちが討伐すればどうなる?」

「悪竜討伐を、風猫の行った過去の盗賊行為に対する恩赦とするってわけか?」


 脇からザックが話に混ざってきた。


「そうだ。付け加えれば、三大勢力もな。このままローゼの配下に加えるには、アイツら、聊か問題があり過ぎるかならな。悪竜討伐くらいの功績を上げねば、一般的に認められやしないだろうさ」

「やっぱ、師父はぶっとんでるよ」

「そうかね? あれほど都合の良い駒がいれば、当然に到達する発想だと思うんだが?」

「それを本気で言っているところが、やっぱりぶっとんでんのさ」


 呆れと疲れが混じり合った表情でザックは首を左右に大きく振る。


「き、君たちは本当に……どうかしている……」


 裏返った声を上げるオリバーに、


「心配せんでも、あの土の羽虫の方が優勢である。このまま何事もなくことが運べば、フェリス嬢の勝利でこの戦いは幕を下ろす」


 やる気なく大きな欠伸をしながらも、アスタがそう宣言する。

 私も同感だ。あの喝が相当効いたと見える。終始、全力であの巨大蜥蜴に挑んでおり、タイタンの優勢で現在戦闘は進んでいる。

 私の予想では逆にあの巨大蜥蜴が優勢で、三大勢力とのコンビネーションで辛勝と読んでいたんだが、あれでは上手くやれば単独でも撃破が可能かもしれんな。

 原因は多分、タイタンの作成するあの黒色の粘土細工だろうな。空間を捻じ曲げて顕現させているようだし、貫かれた箇所はボロボロの砂と化している。闇と滅びはギリメカラの特性でもあるし、眷属化してかなり強化されたんだと思う。

ともあれ、あれではイレギュラーでもない限り、フェリスたちの圧勝だろう。


「どうやら、ホントにアスタの姉さんの予想通りになりそうだな」


 頭上の空には、地面から突き出した無数の杭に刺し貫かれて身動きが取れず絶叫を上げている巨大蜥蜴に、三大勢力と蛇血が総攻撃をかける光景が映し出されていたのだ。


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