第9話 醜い欲望 ケッツァー
――クサール伯爵領の領主の館
絢爛な内装と至る場所に置かれた極めて高価だが趣味の悪い装飾品、そして壁に飾りつけらえた魔物の頭部の剥製。
その部屋の中心の椅子には、でっぷり太った貴族風の男が両側に人形のように生気のない美女を侍らせながら、踏ん反りっていた。
「宮廷のご使者の方、本日は何ようですかな?」
真っ白のローブを着こみ、顔を同じく白の布で隠した使者は、部屋内に立ち込め悪臭とその抑えがたい嫌悪感から口元をハンカチーフで抑えながら、姿勢を正すと――。
「ケッツァー卿、下命である」
「下命? 誰からです?」
そんなわかりきったことを尋ねた。ケッツァーに下命をできる宮廷の使者など限られているから。
「現在、鉱山都市アキナシに国家転覆を目論む女が滞在している。そして、
使者は淡々と読み上げると、逃げるように部屋を退出してしまう。
「宮廷のこの下命。なるほど、どうやら、あの噂は真実のようですねぇ」
ケッツァーは、ヒキガエルのような顔を欲望一色に染めると、嗄れた声でゲタゲタと笑う。当然だ。それは、ケッツァーにとってまさに夢にまでみた千載一遇のチャンスだったのだから。
ケッツァーがクサール伯爵領内を荒らしまわる
一つ、
約300年前、アメリア王国の東側付近で悪竜が出現する。その悪竜は都市を壊し、人々を焼き尽くし、悪逆の限りを尽くす。その悪竜は根城にしていた現在のアキナシ領で討伐される。そして、その悪竜がいた山岳地帯の鉱脈からは、豊富な金銀やら魔道具の製造に用いられる特殊な貴金属が多数発掘された。
本来なら、それは、最も領地に近いクサール伯爵家が獲得するはずだった。
しかし、そのアメリア王国は、よりにもよってその悪竜を討伐した異世界人――コテツ・アキナシをその功績により、騎士爵とその領地を与えたのだ。
もし、
二つ目、そして、現在、そのアキナシ領には、あの狂人と名高いアメリア王国第一王女ローゼマリー・ロト・アメリアが滞在していること。
ローゼマリーは、貴族制度撤廃をも目論む、いわば青い血の流れる全貴族の共通の敵。この女の排除は、アメリア王国ではある意味、あらゆる勢力が望んでいる。だから、あの自称宮廷の使者とやらが、具体的にどの勢力に所属しているは不明だが、ギルバート派のケッツァーを動かすのだ。十中八九、ギルバート王子が裏で糸を引いていらっしゃる。
ギルバート王子は、貴族社会の恒久的存続を望む覇者の気質を持つ御方。あのお方は、秩序と伝統を重んじると同時に、やさしさと冷徹さをも併せ持つ。そして、ローゼマリーとギルバート王子は敬遠の仲。ギルバート派のケッツァーに、今回の極めて重要な責務をお命じになられたのだろう。
三つ目、
「ぬふふふっ! 私向きの展開になってきましたねぇ」
あの下命、要は、ローゼマリー王女を殺害し、その罪をオリバー・アキナシ騎士爵に着せろ。そして、オリバーと結託していた逆賊のフェリス公女も同時に始末。それを成せば、アキナシをくれてやる、そういう意味だろう。
「ローゼ王女とフェリス公女、まさかあの二人を私のコレクションに加えられる事になろうとは!」
ローゼ王女といえば、王国一とも名高い美女。そして、失踪したフェリス公女も世界各国の王族から求婚者が殺到したほどの美貌。しかも、その
この二人を一介の領主にすぎぬケッツァーが奴隷にするなどこんな機会でもなければありはしない。
むろん、政府にバレれば死罪だが、そのリスクを負う価値があの二人にはある。
なーに、対象は既に死んだ娘ともうじき死ぬ娘。司法官のTOPは貴族。いわば、ギルバート王子の先兵。本気で調査などしやすまい。似た容姿の女の全身を判別できぬほど焼いて置けば難なく乗り切れるはずだ。
「
ケッツァーは、タラコのような分厚い唇を一舐めし、恍惚の表情で側近に指示を出す。
奴らを使って、王女を攫う。その上で国家反逆の罪の名目で、アキナシ領に攻め入り皆殺しにする。
これと並行してイーストエンドの【深魔の森】の風猫狩りも開始するとしよう。死んでも問題にならない裏稼業に属する使い捨ての傭兵ども、1000かき集めた。もうじき、【深魔の森】制圧の準備は整う。フェリス公女の捕縛した後で、傭兵どもも始末すれば、公女につき知るものはいなくなる。
「そそられますねぇ」
ローゼ王女は、一度王都で目にしたことがあるが、人とは思えぬほど美しかった。あの美しい顏恐怖に歪めて、泣き叫ぶ姿を見ながら、一方的に嬲る。その時期に訪れるであろう未来を想像し、快楽という電撃が全身に駆け巡るのを、ケッツァーは明確に自覚し、
「待ち遠しいですねぇ」
欲望の言葉を吐き出したのだった。
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