第5話 情報収集その2

 とりあえず、ザックが無茶苦茶したお陰で、一人を除き、全員完璧に戦意を消失し、ガタブル状態となって正座をしている。

その唯一の例外の一人は、


「俺達は、【朱鴉あけがらす】傘下の窯堂磨かまどうまファミリーだ!」


 さっきから同じ殺し文句をぴーちくぱーちく喚いている奴らのボスらしき、背の高い髭面のスキンヘッドの男だ。


「だから?」


 私の返しに、惚けたように目を見開くと、


「だから、だとっ!? わかってんのか、あの【朱鴉あけがらす】だぞっ!?」


 唾を飛ばして捲し立てる。


「ああ、確か、【タオ家】、【迷いの森ロストフォーレスト】に匹敵する裏社会のキングだったな」


 【朱鴉あけがらす】の名は、表を生きてきた私でも知っている超有名組織だ。

なるほどな。ここまで徹底的にザックにフルボッコになって、強気でいられる理由はそれか。


「そうだ! 裏の王だ! テメエらは終わり。もう終わりだぁッ!!  テメエらだけじゃねぇ! お前らの親兄弟、恋人、テメエらに関係する全ての奴を攫って拷問の末、殺してやるッ!!」


 叶いもしない妄想を垂れ流す髭面のスキンヘッドに、


「ふーむ、キャンキャン鬱陶しいな。少々、調教が必要か」


 私は腕まくりをすると、アイテムボックスからこんな時に整理していたいくつかの器具を取り出す。


「師父、それは?」


 ザックがどこか強張った表情でさも当然のことを尋ねてくるので、


「んー、従順になんでも話したくなるような魔法の道具さ」


 床に置かれた器具から、無造作に一つを手に取って返答する。

 ファフは最近、ミュウと一緒に遊ぶことが多く、本は読まなくなったからな。迷宮産のこの手の悪質系の本は沢山熟読できたってわけだ。


「な、何をする気だ?」


 裏返った震え声を上げる髭面のスキンヘッドの男の胸倉を掴むと、


「もちろん、お前が気持ちよく話したくなるようなことだ」


 椅子に座らせて、私は口角を吊り上げる。

 小さな悲鳴が髭面のスキンヘッドの男から漏れて行く――。



「すると、お前らはこの王都のこの地区を仕切る中堅稼業者マフィアの一つ。【朱鴉あけがらす】に上納金を治めることで、存続が許されていると?」


 あの本の数ページに該当する行為を試しただけで、あっさり、自身たちの秘密を暴露し始めてしまう。

 直に目にしていた窯堂磨かまどうまファミリーの約四割が泡を吹いて意識を手放し、六割がガタガタと涙と鼻水を垂れ流しながら許しを求めて懇願の言葉を吐いている。


「へ、へい! 儂らは、【朱鴉あけがらす】については一切知りやせんっ!」

「一切しらぬ? ならどうやって上納金を治めている? 奴らと接触しなけりゃ、納めたくても納められんだろう?」

「この王都にいる仲介屋を介して納めておりやす! ほんとです! 信じてくだせぇ!!」


 遂に髭面のスキンヘッドの男は、床に額を擦り付けて声を絞り出す。

 嘘を付いているようにも思えん。真実だろうさ。ま、仮にも裏社会のキングなんだろうし、こんないかにも下っ端の奴らと直接関わりがあるはずもないか。


「ふーむ、これは使えるかもな」


 今後、目立ちたくない私としては、裏社会との関わりは必須だ。奴らは、秘匿に関しては、それなりに長けているからな。

 もちろん、危険はある。だが、今後、領地を発展させるためには、綺麗ごとだけでは話にならない。裏の奴らの力が是非とも必要となる。そしてどうせ取り込むなら、下っ端よりは、上位に君臨している奴らの方が、より利用価値がある。

 それに、いくら強くても所詮、裏社会。その強度は各国の正規軍とは比較にならんほど貧弱のはず。それは、こいつらが、ただの武器を持ったド素人であったことからも既に証明されているといってよい。キングといってもたかが知れているだろうさ。

 

「あーあ、出たよ。また師父の悪い癖が」


 ザックが肩を竦めて首を左右に振る。

ザックの奴、どんどん、私に対して遠慮がなくなっていやしないか? これではまるでローゼのようだぞ。

 まあ、いい。それよりも、本日の要件だ。


「では、さっそく、王都一の情報屋へ案内してくれ」


 私がそう命じると、


「へい。今から案内しやす」


 髭面のスキンヘッドの男は、勢いよく立ち上がると、ヨロメキながらも、歩き始める。

 ふむ、先刻の反抗的な態度から一転、極めて従順となっている。やはり、裏の人間どもは、あのイージーダンジョンの魔物たちと同様、徹底的にしばきまわし、実力差を十分熟知させて従わせるのがベストのようだ。


「師父はマジで、おっかねぇよ」


 髭面のスキンヘッドの男の怯えようを半眼で眺めつつ、ザックがそうしみじみと人聞きの悪い感想を述べる。


「そうかね? あの程度、大したことはないと思うんだがね」

「いや、普通の神経じゃ、あんなエグイこと考えつかねぇ」


 エグイことねぇ。あの拷問系の本には、もっと気持ち悪い手技が無数に記載されていた。あんなものはまだかわいいものだし、一応終わったら全快させた。何より、私としては、全員をフルボッコにしたザックだけには、言われたくはない。


「旦那ら、どこの組織でやす?」


 震え声で尋ねてくる髭面スキンヘッドの男に、


「さあ、どこだろうな。だが、きっと詮索しない方が賢い生き方だと思うぞ?」


 意味ありげな言葉を吐く。

 忽ち、髭面のスキンヘッドの男から、急速に血の気が引いていき、以来、道中、二度と口を開くことはなかった。


 王都の南西の隅のレンガ作りの一軒家に入り、


「こいつが、王都一の情報屋、ムジナでやす。では、あっしはこれで!」


 短パンに黒色の布で双丘を隠し、黒色のローブを羽織った少女を私達に紹介すると、逃げるように建物から退出してしまう。


「らっしゃーい、窯堂磨かまどうまファミリーさんの紹介だし、どんな情報でも安くしておくよ」


 短パンに黒髪の少女は、椅子に胡坐をかいて煙管をプカプカと吸いながら、しばし、興味深そうに私達二人を眺めていたが、直ぐにビジネスの話を切り出したのだった。



 結局、今回ムジナに依頼したのは、口が堅そうな安い宿とイーストエンド周辺の情報だった。

 もっとも、安い宿については、王都の南東にある古屋の購入を進められた。なんでも、窯堂磨かまどうまファミリーのボスの隣にある屋敷であり、日々、人相の悪い連中が出入りすることから、買い手が中々つかず、値段が著しく低下しているらしい。

 王都の南東地区は、比較的治安が悪い場所であり、間違っても貴族は足を踏み入れない。悪巧みをするには最適の場所だろうさ。

 それから、ムジナの仲介で、屋敷の所有者から800万オールで三階建ての屋敷を購入する。

 隣の窯堂磨かまどうまファミリーのボスの家には、今回の件の礼も兼ねて王都の美味いと評判の菓子を持って挨拶に行ったら、次の日、空き家になっていた。うーむ、なぜであろうな。

 それから、王都の建築業者に屋敷の改修と清掃を任せ、その7日後、皆で宿から目的の屋敷へ移転する。


「広ぉーーい!」

「広いのですっ!!」


 ファフとミュウが屋敷に歓声を上げてはしゃぎまくる。

 ここなら、周囲の気兼ねなく会議し放題だ。それに、そろそろ、ムジナとの約束の日。イーストエンドについて、かなり、突っ込んだ情報を得られるんじゃないかと思う。

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