第18話 絶望への行進曲(4) イルザ・ハーニッシュ

――バルセの街ハンターギルドハウス


「これで用意は万端」


 テーブルに山のように積まれた探索用の備品にBクラスハンター――イルザ・ハーニッシュは満足そうに頬を緩めた。

 調査隊のメンツは直ぐに揃った。全員、Bクラス以上のハンターであり、そのうち戦闘に特化したAクラスの二人はバルセの街でも相当な実力者だ。

 バルセを活動の拠点にするSクラスハンター――ウルフマンも誘ったが、やんわりと断られてしまう。まあ、ウルフマンは元々一匹オオカミのハンター。誰かと組むなど凡そ考えられなかったし、断られるのはわかっていた。それにイルザ達がミスってバルセの街に強力な魔物が迷い込む可能性も否定できなかった以上、むしろかえって好都合かもしれない。


「あとは、彼だけか」


 本作戦の要の人物。調べたところ現在、ルーザハルで開催されている神聖武道会へ出場しているらしい。

 この事実はイルザにとっても上々だった。

 此度の遺跡の探索には、必要最低限の人員は不可欠であり、イルザはカイ・ハイネマンのこの神聖武道会の三位以内の入賞という条件を提示して、他のハンターたちを説得した。

半信半疑ではあったが、ハンターたちはその条件の満了をもって、探索チーム入りを受け入れてくれたのだ。

 神聖武道会はアメリア王国内の武術大会ではあるが、その賞金額が高額なこととアメリア王国での爵位を与えられることからも、毎年全国から腕自慢が集まる。その大会で三位とはある意味、強さの証明。高ランクのハンターたちにとっては、まさに千載一遇のスカウトの機会。彼らの動向は、実に合理的で読みやすい。

 もっとも肝心要のカイ・ハイネマン自身の説得がまだだが、どんな手を使っても引き受けてもらうつもりだ。今まで地道に貯め込んだ貯金や貴重なアイテムはかなりあるし、それで足りないなら、この身体を使う方法だってある。イルザは女人族アマゾネス。人族より恩恵ギフトを持たぬものが高頻度で現れる種族だ。故に彼のギフトが何なのかなど、一晩ベッドを共にすることの抵抗になどなりやしない。むしろ、カイ・ハイネマンほどの強者との子なら是非とも産んでみたい。

 ま、彼がイルザを受け入れるかという問題はあるが、イルザは容姿にはそれなりに自信があるし、何とかなるんじゃないかと思っている。


「そんなに買い集めて大丈夫なの?」


 親友の受付嬢、ミアがテーブルまで近づいてくると、イルザに心配そうに尋ねてくる。


「まあね、少し値は張ったけど、命懸けの探索に出るんだし、ここでケチって命を落とすのも馬鹿馬鹿しいしさ」

「いや、そうじゃなくて、本当に探索なんてできるの? ほら、彼が神聖武道会で三位入賞するのが、探索の条件なんでしょう?」


 常識からいって、【この世で一番の無能】のギフトホルダーが、天下の神聖武道会で三位入賞などできるわけがない。ミアのこの危惧は、まっとうなアメリア人に共通の考えだろう。だが、それはカイ・ハイネマンのあの桁外れの強さを知らないことからの言葉でもある。


「うん。面倒になって途中で試合を放棄しない限り、多分優勝するんじゃん?」


 実のところ、それが一番危惧すべきこと。

 収集した情報では、カイ・ハイネマンは桃色の髪の女性と行動を共にしているらしい。あの実力だし、高位貴族令嬢の護衛の依頼か何かだろう。おそらく、今回の彼の神聖武道会の出場自体、その令嬢のルーザハル観光のついでかなにかだろうし、優勝自体そこまでの執着がない可能性がある。途中棄権も十分想定し得る事態なのだ。

 ま、その場合、必要な人数をさらに絞って探索を決行するしかないが。


「面倒になって棄権って……それ本気で言っている?」

「そのつもり。それより、今から飲みにでもいかない? 丁度、準備が終了したところだし、あとはカイ・ハイネマンをスカウトに行くだけなんだ」


 この街での根回しや下準備が終了した以上、カイ・ハイネマンのスカウトのため、明日にでもルーザハルへ向かうつもりだ。


「うん、いいよ。もう少しで業務終了だから、少しだけ待ってて」


 ミアは肩を竦めるといつもの爽やかな笑顔で頷いた。


「あいよ」


 丁度そのとき、ギルドハウスの扉が勢いよく開かれ、二人の男たちが転がり込んでくる。

 そして――。


「お、俺たち、あの遺跡に――あの神殿に行ったんだ! そしたら、変な声が聞こえて仲間たちがみんな喰われちまったっ!!」


 目つきの悪い金髪長身の男が、大声で意味不明なことを喚き散らす。

 金髪の男の髪はボサボサでその全身は泥に塗れている。

 確か、あれは新人では有力株のライガとフックのいるチームだ。探索チームに入れて欲しいと懇願してきたが、まだ彼らには今回のクエストは荷が重い。だから、今回は断ったのだが、次回あたりは同じクエストのメンバーに迎え入れてもいいと思っている。


「ギルドマスターに話をしたい! おそらく大変な事態となった!」


 隣の黒髪に短髪の男はヨロメキながらも、受付嬢のミアの元まで来ると震えてはいたがはっきりと噛み締めるような声色でそう叫ぶ。


「た、大変なことっ⁉ 何があったのっ!?」


 ミアが血相を変えて尋ねると、


「俺達は多分……嵌められたんだ! 今は早急にギルマスと話したい! だからお願いだ。取り次いで欲しい!!」


 顔を歪めて泣きながら、フックはミアの両肩を掴みそう懇願した。


「わ、わかったわ。だから少し落ち着いて!」


 ミアは今も号泣するフックを椅子に座らせると奥へと姿を消す。


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