第16話 絶望への行進曲(2) フック

 ――太古の神殿付近


 地響きを上げながら、目の前を通り過ぎる一つ目の巨人に、フックはシクシクと痛む胃に顏を顰めた。

 先ほどから通り過ぎる魔物は、全て一度耳にしたことがあるような災害級の魔物ばかり。もし見つかればDクラスに過ぎないフックたちなど一瞬で挽肉だろう。

 あのペンダント、あれには隠匿系の効果が付与されていた。しかも、ペンダントを持つものから一定の範囲にだ。この非常識なアイテムのおかげで、フックたちは、太古の神殿付近まで何の苦労もなしに来ることができた。


(なあ、ライガ、やっぱ帰ろうぜ。嫌な予感しかしねぇよ)


 さっきから胸を抉るような本能の警笛。それらは全力でこの場から立ち去るように五月蠅いくらい告げていたのだ。


(ここまで来て何言ってやがるっ! もう少し、もう少しでAランクハンターにさえも不可能とされた偉業を達成できるんだっ!)


 だめだ。ライガの奴、未だかつて誰も到達したことのない神殿前まできたことで、完全に舞い上がってしまっている。この調子では、翻意は難しかろう。

 こうなれば、神殿内に入ったら、即座に適当なものに当たりをつけて世紀の大発見だとか褒めちぎってライガを満足させて街に帰還するしかない。正直、このクエストはフックたちには荷が重すぎるんだ。

 

 遂に神殿の大扉の前まで来る。四人がかりで扉を押すとゆっくりと開く。


「いくぞ!」


 ライガのテンションの高い声に頷き、神殿内に入る。

 神殿内は全てが黒色の石で囲まれた広い空間だった。

 部屋の壁には球状の構造物が埋め込まれ青白く発光し、部屋内を不気味に照らしている。

そして部屋の中心には血のような赤色で幾何学模様が描かれた円とその中心にある円柱状の構造物。その円柱の上面には紅の鍵のようなものが埋め込まれている。


「これは鍵……か?」

「おい、ちょっと待て――」


 フックの制止の声など耳にも貸さず、ライガは無造作にその埋め込まれた鍵を手に取り精査を開始する。

 まったくこいつは、いつも慎重に行動しろと言っているだろうが。この一件がすんだら、腰を据えてライガと話し合う必要がある。この調子で怖い者知らずの状態で突き進めば、いつか遠くない将来、重大な危機に直面する。必ず納得させてみせる。仲間をこれ以上危険にさらすわけにはいかない。もしできなければ、親友だがライガとの決別すらも考えねばならない。


「鍵っていったら鍵穴だよな」


 ライガと仲間たちは部屋の探索を開始してしまう。

 この手のダンジョンには、凶悪なトラップがつきもの。本来、遺跡探索系トレジャー恩恵ギフトを有するハンターが調べねばならない。だが、そもそもフックたちにそんなギフト持ちはいない。本来、この手の遺跡の探索などできるはずがないんだ。


「お前ら、くれぐれも慎重にな!」


 ここまでくれば、どうせフックが何を言ってもこいつらは聞きやしない。運を天に任せるしかない。


「おい! これじゃん!?」


 上ずった声を上げる仲間の一人に、ライガが直ぐに駆け寄り、震える手でその穴に鍵を嵌めると、奥の壁がゆっくりとスライドしていき、通路が出現した。


「すげぇ! すげぇよ!」


 抱きあって歓喜に震える仲間たちに、フックの不安は逆に増すばかりだった。

 だってそうだろう? こんな簡単な仕掛けなら端から通路など開けておけばいいんだ。つまり、この遺跡を造った存在はそもそも隠すつもりがないということ。


(マズい! きっとこれはマズいやつだ!)


 こうしたフックの勘は必ずと言っていいほど当たる。だから――。


「今すぐ帰ろう。これはきっとヤバイやつだと思う」


 フックの恩恵ギフトは【星詠み】。つまり、預言のような能力だ。だから、普段なら全員素直に聞く。しかし、今回は目の前の利益があまりにも大きかった。


「フックさん、ここまで来て何言ってんスかっ!」

「そうだぜ、進む以外の選択肢なんてねぇだろ!」


 駄目か。こいつらの瞳の奥にある強烈な感情に鑑みれば、思いとどまる可能性は限りなく低い。というか、フックがいなければきっと暴走する。


「わかった。だが、俺が危険だと判断したらすぐに引き返す。それで構わないな?」

「だが、引き返したら、俺達の手柄が――」

「すでにここを見つけた時点で俺達の手柄だ! それとも何か? ハンターが発見から調査まで一人でやるものとお前は本気で考えているのか?」


 しばし、ライガは奥歯を噛み締めていたが、軽く息を吐き出し、


「わーたよ。お前が危ないと判断したらすぐに戻る。約束するぜ」


 今フックが一番望んでる答えを導きだす。こういうところは素直で助かる。


「じゃあ行くぞ。くれぐれも無茶はするなよ」


 皆が頷き、フックたちは通路の奥へと進む。

 さほど歩かずにフックたちは、突き当りの場所へと到達する。そこはまさに財宝の山だった。


「マジかよ……俺夢みてんじゃねぇよな?」

「ああ、さっきほっぺ抓ったが痛かった。これリアルだ」


 山のように積まれた金銀財宝に、全員が満面に喜色を湛えている。

 しかし、フックの強烈な悪寒はこの財宝を前にしても一向に消えない。むしろ、痛みすら覚えるほど激しく主張していた。


「この業界では、最初に見つけたものに所有権がある。これらは全て俺達のものだ。だから、一旦帰ろう。あとは調査隊に任せればいい!」


 必死に帰還を主張すると、


「そうだな。これ以上は藪蛇か」


 ライガも頷き他の仲間たちも名残惜しそうに頷く。よし! これでここから離れられる。その事実に闇夜に提灯を得た思いがして、大きく胸を撫でおろす。


「じゃあ、行くぞ」


 まさにその財宝のある宝物庫を出ようとした、丁度そのとき――。


「これくらいなら構わねぇよな」

「すげぇな、これ、いくらすんだろ!」


 振り返ると仲間たちの三人がリュックに財宝を入れているところだった。


『んふぅ、餌にかかったようねぇ。よかったわん。これでゲートが開くわぁ』


 頭内に響く野太い男の声。

 そして部屋中に魔法陣が出現し、回転し始める。

 その男の声が鼓膜を震わせた途端、全身の肌の産毛が逆立ち、


「そんなもの置いて早く逃げろっ!!」


 隣のライガの後ろ襟首を掴むと必死で部屋から転がり出る。

 ――バクンッ!

 一呼吸遅れて部屋の魔法陣から出た巨大な口が部屋にいる仲間たちを飲み込み、咀嚼する。その断末魔の声ととともに、フックらの仲間たちは喰われてしまった。


「うぁ……」


 ライガの口から漏れる呻き声。

 仲間が殺された。その事実を頭が認識し、刺すような顫動が背中を駆け巡る。脱力して放心状態のライガを肩に抱えると賢明に出口に向けて駆け始める。


『いいわぁ。逃げなさーい。そして盛大に恐怖し、称えるのよぉー。これからこの世界を無茶苦茶のぐっちゃぐちゃにする、強くて美しいパズズ様の御姿みすがたをっ!!』


 背中越しに野太い男の歓喜に溢れた声だけがやけにはっきりと聞こえていた。


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