第23話 謀反 ローゼマリー・ロト・アメリア


 外の喧噪にアメリア王国第一王女、ローゼマリー・ロト・アメリアが飛び起きて、近くの長剣を握って身構えると、護衛の女騎士――アンナがテントに転がり込んでくる。


「姫様、敵襲です! 直ぐにご用意を!!」

「て、敵襲ぅ!?」


素っ頓狂な声を上げるローゼに、アンナは顔を苦渋に染めて、


「帝国のものです! 内通者がいましたっ!」


 絶望に等しい言葉を吐く。


「誰!?」

「フラクトン卿です! 他にも数人の騎士が離反して戦闘状態にあります!!」


 フラクトン卿は伝統たる貴族至上主義を謳うギルバート派の筆頭。元々ローゼの派閥とは真っ向から対立している。そして今回のベテランの騎士は全てギルバート派。

とすると、マズイ! これは殊の外マズイ! 泣きそうな声をあげるアンナを落ち着けるべくその頭を撫でると、


「大丈夫。ここを離脱します。アルノルトは!?」


 今一番重要なローゼたちの生命線につき尋ねた。


「そ、それが近隣の民家が魔獣を襲われているとの報告を受けて……」


 そういうことか。この度のローゼのガードの大半が実戦経験はない新米騎士。魔獣の討伐などできるはずがない。もちろんベテランもいるが、全員ギルバート派の騎士。一般平民を救うために命をかけるなど、例えローゼが命じたところで断固として拒絶することだろう。故に、アルノルトなら無辜の民が襲われていたら、一人でそちらに向かうはず。

 アルノルトは責められない。此度、謀反を起こすものが混じっているなど予想できるはずもないのだから。


(ギル、そこまでするのっ!?)


 今、祖国であるアメリア王国では、王子たちの間で次期王位継承が水面下で争われている。その最有力候補が、第一王女のローゼマリーと第一王子のギルバートだ。

だけど、それはあくまで政争であって王室内での話に過ぎなかった。まさか、ギルバート側が敵国たる帝国と内通するなんて……。


「直ぐにここを離脱し、アルノルトと合流します。カイを直ぐに連れてきてください!」


 短剣を腰に括り付け、長剣を持ってテントを出るとそこには血を流し地面に倒れる無数の騎士たち。


「駄目ですよぉ。逃げられませーんって」


金髪の騎士が地面に俯せに倒れ伏す騎士を踏みつけながらも、ローゼに剣先を向けてきた。


「フラクトン卿、貴方たちは祖国を裏切ったのかっ!!」


 アンナは唸るような声を上げて、古参の同僚の騎士たちとその傍で勝ち誇った笑みを浮かべているフラクトンを睨みつける。


(最悪ですね……)


 周囲は既に黒色ローブたちに囲まれている。彼らだけならアンナもフランクトンたちが雇った傭兵くずれと判断していたはず。アンナが帝国兵と断言した理由は、あの二人だ。より正確には、赤色ローブを着用した灰色の坊主の男と頬に傷のある黒髪の青年の二人が身に着けている真っ赤な布に刻まれた双頭の神鳥の紋章にある。あれはグリトニル帝国の国章。つまり、彼らは帝国の軍人だ。

 テントは全て破壊されている。見渡すがカイは見当たらない。倒れてもいないから森の中にでも退避したのかも。ならいい。今はローゼの傍にいる方がよほど危険だし。


「謀叛とは人聞きの悪い。むしろ、裏切ったのはローゼ王女、貴方の方だ」

「私が裏切った? その根拠は?」


 この者達の理屈くらいわかっている。自分たちの利権やら特権を守るためなら国すらも売り渡す。そんな者達だ。ある意味聞くまでもないなかもしれないが。


「貴方は我ら王国貴族の伝統を――」

「あー、そういうのはいいです。それは、私と貴方たちとの信念の違いであって、私が王国を裏切った根拠にはなりません。帝国と通謀してまで私を排斥できるとする根拠を教えてくださいませ」


 救えないほど予想通りのフラクトンの台詞を遮り、再度同じ質問をぶつける。

フラクトンは暫しローゼを睨んでいたが、


「貴方が帝国の第三皇子に嫁げば、王国と帝国との不毛な争いも終わる。おまけに、ギルバート王子が即位し、我が祖国の伝統と秩序も守られるのですっ!」


 直ぐに小さく息を吐くと笑みを作り、両腕を広げて得意げに宣言する。


「ならば堂々と会議の席でそう主張すればよいでしょう? 違いますか?」

「それは、貴方が受け入れないから――」

「私が受け入れられないから敵国と通謀したと? それではただの反逆者の思考ですね」

「……」


 無言で歯ぎしりをするフラクトンに、


「貴方がアメリア王国人を傷つけた時点で、貴方が何をいってもただの薄汚い反逆者です! 恥を知りなさいっ!!」


 言葉を叩きつける。丁度そのとき――。

 樹木の奥から白色の塊が飛び込んでくると、血を流し倒れる新米騎士を踏みつけているフラクトンの部下へと衝突。フラクトンの部下はその身体をくの字の折れ曲がった状態で背後の樹木に叩きつけられて、崩れ落ちるとピクリともしなくなる。


「アルノルト!」


 油断なく大剣を構える筋骨隆々の無精髭を蓄えた青髪の男を視界に入れて、思わず目尻に涙が浮かんできた。当たり前だ。それは今一番来て欲しかったローゼの幼い頃からの英雄ヒーローだったのだから。


「ア、アルノルトッ! なぜおまえがここにいるっ!?」

「先に村があるにしては辺鄙過ぎたからな。あと、彼は一介の狩人にしては気配を消すのが上手すぎる。だから途中で悶絶させて戻ってきたが、どうやら正解だったようだ」


 そう答えるとローゼたちの前にでると大剣を構える。アルノルト一人の出現で、先ほどまで余裕の表情で眺めていた帝国の黒装束は油断なく武器を構えていた。


「どういうことだ? ここは黒豹とオーガどもの包囲が完了してるんじゃなかったのか?」


 黒髪の野性味のある青年が隣の灰色坊主の男に尋ねる。


「私も驚いている。突破――したようには見えない。とすると、伏兵がいたのか?」


 灰色坊主の男に射すような視線を向けられ、


「い、いない! そんな奴、いないはずだっ!」


 フラクトンは慌てて頭を左右に振る。


「けっ! 大方あんたの虎の子の召喚サモナー部隊がヘマやったんだろ?」

「否定はしない。調査した上、帝都に帰還した後、しっかり粛清はする。それよりも今は――」


 灰色坊主の男が頬に傷のある男に意味ありげの視線を向けると、


「わかってる。どの道、そのつもりだ」


 軽く頷き、一歩前にでると腰の長剣を抜く。


「まさか王国一の剣士と戦えるとは、つまらん任務に予想外のあたりがでたな。

 俺はジグニール・ガストレア。楽しい魂が震えるような殺し合い、しようぜ!」

「剣帝か……拒否はできそうも……ないか」


 アルノルトも大剣を構え重心を低くする。


「いざ尋常に勝負せよっ!」「尋常に勝負しようぜ!」


 その言葉を交差させ、次の瞬間二人の剣士は剣を激突する。



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