ストリートピアノを弾いてみたら恋が芽生えた話
揣 仁希(低浮上)
第一楽章 ストリートピアノを弾いてみたら恋が芽生えた
学校が冬休みに入り、僕は2年ぶりに実家へと帰省していた。
久しぶりの生まれ故郷は学校のある都会より随分と過ごしやすく、時折駆け抜けていく風も寒さよりもどことなく軽やかさを感じる。
風光明媚とは言い難いけど、それなりに風情があり情緒豊かな故郷。
取り立てて何かあるわけでもないけど、こうして偶に帰ってくる分には丁度いいのかもしれない。
そんなちょっとした感慨に耽りながら僕は実家の門をくぐった。
両親は相変わらずで一人息子が2年ぶりに帰ってきたにも関わらず「あら?
そもそも玄関先に僕がいるのを分かっていて言っているのだから、戯れあっているとしか思えない。
「母さんも父さんも変わらないなぁ」
「あのな、爽。人間2年やそこらで変わったりするもんじゃないぞ、なぁ母さん」
「ええ。お父さんの言う通りよ、そんなに……あら?爽ってちょっと背が伸びたかしら?」
帰省した夜、そんな惚けた両親と食卓を囲み僕は久しぶりの自室で一夜を過ごした。
2年も使っていなかったはずの僕の部屋は埃っぽさもなく綺麗で、母はあんな事を言っていたけどちゃんと覚えていたことに少なからず嬉しくなった。
翌日、特にやることもない僕はぶらぶらと駅前を歩いていた。
僕がこの街を離れる頃に建て替え中だった駅は見違える様に立派になっていて少しだけ場違いな感じがして何だか可笑しい。
地下には飲食店街が出来ていたり駅前の商業施設が駅内に繋がっていたりと随分と様変わりしていた。
僕はそんな駅内を物見遊山で見て回っていた。
「……ん?」
ガヤガヤと賑やかな飲食店街を歩いていた僕の耳に馴染みのある音が聞こえてくる。
「あれ?これって……」
僕は音のする方へと歩を進める。
たどり着いた先は噴水を囲む様にして作られた結構な広さの休憩スペースで、その真ん中あたりにピアノがあって小学生くらいの女の子が母親らしき女性に教えてもらいながら弾いていた。
「へぇ、こんなところにもあるんだ」
所謂ストリートピアノというやつだ。
僕の通う高校の近くの商業施設にも置いてあり、僕も時々弾かせてもらっている。
母がピアノ教室をしていたこともあって、僕は物心ついた時には自然とピアノを弾いていた。
母譲りなのかそれなりに才能があったのか、コンクールでも入賞するくらいには上達し、縁あって今通っている音楽系の高校に進学することが出来た。
僕は近くの椅子に座って女の子の演奏を聴く。
辿々しくてまだまだ拙いけど一生懸命で、何より楽しくて仕方ない気持ちが音階を通して伝わってくる。
自然と頬がゆるんで聴いているこちらまで楽しくなる、そんな暖かい演奏だ。
歩いていく人達も微笑ましそうに見ていく。
演奏が終わり女の子が椅子から降りると周りの人達から拍手が送られる。
女の子は母親の影に隠れながらもはにかんだ様な笑顔を浮かべて帰っていった。
その後次に誰か弾くのかと見ていたけど、どうやら誰も弾く人はいないらしい。
う〜ん、せっかくだし……ちょっと弾いていこうかな。
そうして僕はピアノに向かって歩き出した。
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